第2話 ローブの老人

 きっとこの人、何か知ってる。

 僕はそう思って聞いてみた。

 

 「レオナという女の子を知りませんか? えっと、一緒に来たんです。ここに……」

 なんと言ったらいいのかわからないから口ごもってしまった。こんな風に違う世界から、また別の世界に行くことはないから、わかるように言うのが難しい。


「いやぁ、知らんなぁ」その老人は柵にもたれたまま、上を見てとぼけたようにそう言った。よく見るとその人は、金色の目をしていた。

 いや、何か知ってるはずだ。何かこの状況を楽しんでる風だもの。


「……僕の」と言ったとこで、その老人は地面についていた杖の先を持ち上げて、

「おまえさん、名前は?」と言ってきた。


 思わずビクッとなって身構える。


 僕は「リオ」、とだけ短く答えた。怪しすぎる。僕が目覚めた時にすでに目の前にいたし、何か知ってそうだ。何より、今僕が喋ろうとしたらさえぎった。


 僕が怪しい目で見ていると、その老人は言った。

「リオか、うん。ワシの名前は、ズズじゃ」


 ズズは続ける。

「リオよ、聞きたい事はたくさんあるじゃろうが、ワシの頼みを聞いてくれんか? 『星屑』を集めて欲しいんじゃ。それからおまえさんの質問に答えよう」


リオは眉をひそめて聞いた。

「……いいけど、『星屑』ってなんだよ? ちゃんと質問には答えてくれるんだろうな?」


「おお、もちろんじゃ、ワシのわかる限りのことは話そう。『星屑』はな、これじゃよ」そう言ってズズは、自分のまとったローブの胸元を右手でつかんだ。

 彼は重そうにガッと開いた。ジャラジャと重い音がする。ローブの内側はまばゆい光であふれていた。


 ローブの内側には、たくさんの物が収められていた。


 黄色や赤の鉱石、何やらピンク色の液体の入った瓶。何に使うのか、ピカピカの工具のようなものまで、ぎっしりと詰まっていた。


 そして腰には定規のようなものに、望遠鏡?が付いたものがぶら下がっていた。

 そしてローブの内側の足元にはなんと、黒い犬がいた。


 犬はこちらをじっと見ていて、僕は自分の口がポカンと開いていることに気づいてあわてて閉じた。


「あぁ、これじゃよ」そう言ってズズの左手には、豆くらいの大きさの透明の石があった。


 うわ、探すのが難しそうだ。光が当たってようやく輪郭がわかるくらいの透明度だ。草むらとかに落ちてたら、とてもじゃないけど探し出せそうにない。


「こんなの、どこにあるの?」そう聞いてみた。

「これはな、元は竜の卵のかけらじゃよ。『星屑』と言ってるのはな、その竜の卵は夜、空から降ってくるんじゃ。光を放ってな。だからその卵は、『星』と呼ばれている。竜が生まれたあとの、卵のカラが『星屑』なんじゃ。みなも言い伝えでしか知らない卵じゃよ。数百年に一度しか降ってこないからの、ひひひ」

 

 ズズは何かを楽しんでいるように笑った。僕に出来っこないと思ってるんだろうか? 何でもかんでも良いようにされて、彼に腹が立ってきた。


「いいよ、どこで待ってたらいいの? ここに落ちてくるの?」僕は腕を組んで聞いた。


 するとズズは右手をローブの中に入れて、

「いや、ワシが持っておる」と大事そうに出してきた。

 それは、ダチョウの卵くらいの大きさの、真っ黒の卵だった。


「ええ! もう持ってるの? だったら僕これを孵したら良いんだよね?」

 僕が卵を持とうとしたらズズはサッと引っ込めた。彼は真剣な顔をしていて、僕はドキッとして手を引っ込める。


「これはな『ステラ』というとてつもなく強い竜の卵じゃ。おまえの命なんかより大事な卵じゃ。きちんと、この子を孵すと約束できるか?」

「でも、この卵のかけらを渡さないとをレオナのこと聞いてくれないんでしょ?」


 彼の金色の目はしっかりと僕を捉えたまま、そうじゃ、とだけ答えた。たとえ質問したとしても、答えてくれなさそうな凄みがあった。


 レオナはどこにいるんだ? そもそも無事なのか? もし飼育小屋にいるだけだったら、この『星屑』を集めるのは無駄じゃないか?


 でも、レオナを巻き込んだのは僕。この世界にいるとしたら、僕が連れ戻さないといけない。すごすごと帰れるわけなんてない。今なにより大事なのは、レオナだ。


「わかった、ズズ。僕やるよ」彼の金色の目を見ながらそう言った。

「よし、ではおまえさんに渡す」そう言って彼は渡してくれた。そっと、大事に両手に抱える。


 ズズを見ると、先ほどの望遠鏡のようなものを覗き込んで、空を見上げている。そして懐中時計を見てから、彼は手帳を広げた。


「何してるの?」と僕は聞いてみた。

「うん? 移動じゃ」 彼はそう言って、杖で地面をとん、と叩いた。

 突然足元からザッと白色の壁が迫り上がってきた。いきなり白に包まれたから思わず身をすくめる。


 と、思ったら畑のようなところに出てきた。

 うお、瞬間移動したのか? きっと、あの杖で魔法が使えるんだろう。でも、あの望遠鏡とか手帳とか、なんなんだろう。瞬間移動に関係あるのかな?


 それにしてもこの人、何者なんだろう。いっぱい道具を持ってるし、めずらしい竜の卵も持ってて、瞬間移動もできる。

 なんで僕と関わってるんだろう、そう思った。


「いいか、リオ。その竜はな、この世界の物しか食べん。ここでとれた水や食料、鉱石をあげるんじゃぞ。間違えても、おまえさんが元いた世界のものはあげんように」


「あげるって言っても、何をあげたらいいの?」僕はそう言ってあたりを見回す。

 木の柵で囲まれた畑と、その横には網の扉のついた木の箱。滝と滝つぼがあって、それは川となっている。


「あげるものはワシが指示する。その竜はそろそろ産まれるはずじゃ。だから、その時のために今日ここで集めておけ」そう言って彼は畑の方に歩き出した。









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