数百年に一度、それは降る

鳥野空

第1話 はなればなれ

 夜の暗闇の中で、うさぎの巣穴は明るかった。

 僕たちは、自分たちの通う小学校の飼育小屋にしのびこんだ。


 そこの地面にななめに掘られた巣穴の正面に立つと、少し奥まったところがキラキラと光っている。


「あいつ、ここから出てきたのかな?」出てきたのは、ウサギではなかった。


 横に立つ幼なじみのレオナは、僕のそでをつかんで答えた。

「う、うさぎじゃなくて、あれ鬼だったよね? ちっちゃな」手にしているライトは震えていた。


「ちょっと待ってて」僕はその穴にずんずんと近づいていく。不思議と僕は怖くなかった。それよりも、あれはなんだったのか、と興味がわいていた。きっとそれが小さくて、何かされても大きな怪我はないだろう、と思っていたから。


 レオナは普段おとなしくて、あまり自分の意見を言わない。でもその時は珍しく、「夜のウサギが見たい」と僕に言ってきた。でもうさぎは僕たちがきたことに気づいたのか、いなかった。

 

 そして暗闇の中、穴の横でウサギが出てくるのを待っていた。

 音がしたのでライトを当てたら、ちっちゃな鬼がいたんだ。そいつは今、そのキラキラしたとこに消えていった。


「あ、危ないよっ」そう言ったレオナは後ろの方で見ている。


 きっとこのキラキラしたとこは、ゲートのようにどこかに通じているのだろう。


 僕は巣穴のところでしゃがんで手をつく。息を吐いてから、グッと頭をそこに入れる。

 キラキラと光るとこを抜ける時、すこし暖かかった。

 まず目に飛び込んできたのは、空飛ぶ島だった。


 その横には大きな気球。視界の横から、尻尾が大きくてカラフルな色をした鳥が飛んできた。そしてその後ろには、その子どもだろう小さい鳥が数羽ならんで飛んでいる。

「な、なんだこれ!」今までこんな世界、アニメでしか見たことがない。


 すると、後ろからレオナに引っ張られて穴から抜けた。

「な、何してるのっ 危ないよっ」とレオナに小声で問い詰められた。


「いや、すっごいキレイ! レオナも見てみなよ!」いきなり暗闇に出たので眩しくて、目をしばしばさせながら僕は言った。


「ええ? どういうこと?」


「なんかね、違う世界が広がってる! 気球とか飛んでたりね、島が宙に浮いたり、あとすっごい綺麗なお花畑もあったよ! きっとこれ、レオナ気に入るよ」


「……ほんと? 綺麗だった?」レオナは眉をよせて、疑った顔をしている。

「すっごい綺麗だったよ、ほんとにほんと。しゅっと帰ってこれるから行ってみなって」


 うー、と横を見ながら彼女は悩んでいる。

 叫んだら引っ張ってね、そう言ってレオナは穴の前にしゃがんだ。


 彼女は、フーッと息を吐いてから頭を穴の中に入れる。

 

 レオナは5秒くらいその体勢のままだった。

(ふふ、きっと今ごろ見惚れてるぞ)

 

 僕がそう思って見ていると、


「きゃあああ!」

 

 と叫びながらレオナが顔を上げる。


「どうしたレオナ!」

「む、む、向こうから鬼が走ってきたの」

「な、何!?」

 鬼? 僕が見た世界じゃない? このゲート、いろんな所につながってるのか?



 すると、校舎の扉が開いた。

「誰かそこにいるのか?」


「げ、あの声はゲンゾー先生だ」あの人に見つかるわけにはいかない。

 僕は昨日もゲンゾー先生にこっぴどく怒られたばかりだ。

 それに、彼にここにいることが見つかるとまずい。


 最近では動物愛護や、生き物がウイルスを運んでしまうのを恐れて、小学校で飼育することは少ないそうだ。

 でも、彼がもともと獣医をしていたことから、この学校でもうさぎを飼うことが出来たらしい。


 うちの学校にもいなかった。でもうさぎを飼って欲しいと言い出したのは、レオナだった。

 その本人が見つかると、うさぎを飼うことがもう出来なくなってしまうかもしれない。


「ど、どうしよう。ごめん、私叫んじゃった」

「ううん。でも困ったな、扉開けたらここにいるってバレちゃう」


「うう、でもしょうがないよ。扉から出よ」しゅんとした顔でレオナは立ちあがろうとした。


「いや、まった。ここに入ったらいいんじゃないか?」

 リオは巣穴のゲートを指差した。ちらっと先生の方を見ると、こっちに向かってきている。

 レオナは小声で、「いやだよっ、いいわけないでしょっ」と抗議してきた。


「きっと手を握ってれば一緒のとこに行けるよ。すぐ帰ってくればいいんだし」とリオは言った。


「空飛ぶ島が見れるかもよ」

 僕はそう言って彼女の手を握った。

「……う、うん」

 レオナは不安そうだった。でも時間がない。僕は彼女の手を引いてその穴の中に体を押し込んだ。

 



 リオは寝転んだ体勢のまま、ゆっくりと目を開けた。

 ゆっくりと体を起こすと、木の柵に体をあずけている老人が、僕の方を見ていた。

 その人は茶色のローブを体に纏っていて、杖に手を乗せてこちらを見ていた。

 ギョッとしたけど、その老人はぴくりとも動かない。危険な人ではなさそうだ。それにしても、変わった服装をしている。


 そして、さっき僕が見た、空飛ぶ島の世界ではなかった。

 

「目が覚めたな」と老人は言った。


「レオナは!?」思い出してあたりを見回すけど、彼女はいない。

 僕の周りには、背の低い草と花が、ただどこまでも続いていた。人影どころか、何もない。


「ヒヒ、お前はここに1人じゃったぞ」とその老人は笑いながら言った。

 嘘だろ?


 レオナは飼育小屋にいるのか? それだったらまだいいけど、こっちの世界で離ればなれになっちゃったのか?

 手をつないだ時の、あの不安そうな顔を思い出す。

 レオナを、1人にしてしまった。


 でも、ふと気づく。

 この人何か知ってる? なぜかわからないけど、僕はそう思った。

 


 

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