一章 魔術学院試験

第6話 護衛としての命令

 それから時は過ぎ、春――。


 段々と暖かくなる気温に合わせて、庭園の植物たちも徐々にその花を咲かせ始めていた。

 

 まだ肌寒い早朝。俺はローデウスさんに呼ばれ、部屋の前を訪れていた。

 たまに訓練を見に来ていたり、会うたびに軽いお話はさせて貰っていたが、改まって呼ばれることは珍しい。かなり大事な用ということだ。


 俺は意を決して、扉をノックする。

 コンコン――とノックする音が屋敷の廊下に響く。


「入れ」

「失礼します」


 許可が下り、扉を開けて中へと入る。

 部屋には、オールバックに整えた精悍な男性――リーゼの父であるローデウスさんが待っていた。


 俺は後ろで手を組み、ローデウスさんの前に立つ。


「お呼びでしょうか?」

「レクス、よく来てくれた」


 ローデウスさんはその険しい顔をほんの少し緩める。


「いえ、当然です。それで、何かありましたか?」

「あぁ。……お前が我が屋敷に来てくれてから、もう5年か」


 ローデウスさんは窓の外を見つめながら感慨深そうにつぶやく。


「そうですね、14歳になりました。本当に感謝しています」


 感謝してもしたりない。

 あの日、死ぬはずだった俺を救ってくれたのはリーゼだ。だから俺は、リーゼに恩を返し続ける。この命はリーゼの物だ。まあ、リーゼは優しい性格だからそんなことを言えば、気にする必要はないと言ってしまうだろうから、直接は言わないけど。


 リーゼは命の恩人だが、もちろん、ローデウスさんも恩人に変わりない。

 幼いリーゼではまだ俺を養うことは出来ないが、俺を受け入れてくれたのは紛れもなくローデウスさんのその優しさゆえだ。この家には恩がある。


「気にするな。幼いお前を無視して見殺しにするほど、私は落ちた貴族ではないということだ」


 ローデウスさんはニコリと笑う。


「リーゼは最近どうだ? 魔術が天才的なことはわかってはいるが、それ以外の私生活はどうだ。私も可愛がってはいるが、お前の方が接する時間も多いだろ」

「リーゼは、凄い活発ですね。いつも笑顔で、前向きで、努力を怠らない。あれだけの才能がありながら、それでも努力するんです。普通の人では敵いませんよ」


 俺は肩を竦め、呆れてみせる。


「ふっふ、だろうな」


 ローデウスさんは嬉しそうに笑う。


「だが、リーゼの傍でお前もよく頑張っている。あれだけの天才だ、近くに居れば劣等感に苛まれてもおかしくないだろう」

「いえいえ、あれだけずば抜けていれば、嫉妬する気すら起きませんよ」


 たとえば俺以外の子供が一緒に魔術を始めたなら、きっとその才能の差に挫折したかもしれない。


 あるいは、敵対視し、ねじ曲がった執着を見せてしまっていかも知れない。


 それだけリーゼの力は突出していた。


 アマルダ先生曰く、魔術の申し子であり、賢者の原石。

 潜在能力は歴代でもトップクラスを誇り、若干14歳にして基礎性能は既にアマルダ先生を超える魔術の寵児だ。


 これに応用や実戦経験が加われば、リーゼが世界最強の魔術師となる未来は容易に想像できる。


「はは、お前はそう言うだろうと思っていたよ。だが、お前も護衛として、十分に仕事をこなしてくれている。リーゼはお転婆ゆえ、失敗や迷惑をかけることも多い。その度にお前が尻ぬぐいをしてくれていることは知っている」

「そんな大げさなことじゃないですよ。リーゼが転べば手を差し伸べたり、なくしものを探したり、迷惑を掛ければ一緒に謝ったり……護衛と呼べるほどのことはしてないです」


 ――ということにしているが、実際は何度かリーゼの危機を救ったことがあった。

 そのどれもが組織的ではなく、単独での行動だったため特に被害が広まることなく決着がついた。冒険者としての顔――シェイドがあったからこそ出来た対処だ。


 未然に防げば、そもそもリーゼやローデウスさんは知る機会もなく、俺が対処していると勘ぐる可能性も無いという訳だ。


「十分さ。あの子は自分が天才であることを自覚している。それでいてなお、頼ることが出来る存在がいるというのは貴重な財産だ。きっと、お前にしか守れないこともある。同い年だしな」

「そうありたいと願っていますが」

「はは、お前もリーゼには及ばないが、それなりに優秀だ。自信を持て」


 特に剣術がな、と俺はローデウスさんよりお褒めの言葉を頂く。


「ありがとうございます。リーゼの存在は良い刺激ですよ」

「そう思ってくれていると嬉しい。――そこでだ。挨拶はこれくらいにして、本題に入らせてもらう」


 俺は頷き、姿勢を正す。


「私が、幼いお前を護衛に任命した一番の理由はこのためでもある」


 ローデウスさんは、机の引き出しから紙を取り出すと、すっと俺に差し出す。


 俺はその紙に目を通す。

 そこには盾を基軸とした紋章と、“ラドラス魔術学院”の文字が書き込まれていた。


 ラドラス魔術学院とは、国内トップの魔術学院だ。


 国全体から同年代の魔術エリートが集い、切磋琢磨する教育機関。

 好成績で卒業できれば、魔術師協会公認の魔術師となるための試験の大部分をスキップでき、通常の卒業でも大幅な優遇措置があるため、卒業はほぼ必須。


 この学院に入学できるかどうかが、魔術師としての未来を左右すると言っても過言ではない。


 当然、リーゼはラドラス魔術学院へ行く。

 リーゼレベルなら、黙っていても向こうから入学を懇願してくるだろう。


「ラドラス魔術学院の……入学試験の募集要項ですか」

「その通り」


 上の方に、「第228期生徒の募集」と記載がある。


「お前はリーゼの護衛だ」

「はい、承知してます」

「だから、これは私からレクス……リーゼの専属護衛への命令だ」


 そこでローデウスさんはこちらを向き、俺の目をじっと見つめる。


「レクス。――ラドラス魔術学院にて、リーゼの傍で護衛としての務めを果たせ」

「!」


 ラドラス学院で、リーゼの傍での護衛。

 それはつまり、入学試験を合格しろと言っているのだ。


「お前たちは同い年だ。だからこそ、お前こそ適任だ。学院は完全寮制、部外者の立ち入りは簡単には許可されない。そんな学院で、あいつを……リーゼを任せられるのはお前しかいない」


 ローデウスさんの目は真剣だ。


「知っての通り、あの子は二十年に一人の天才。そして、希少な魔眼を持つ特別な存在だ。魔術の深淵を追い求める者たちが集まる学院は、リーゼにとって敵だらけの場所とも言える。わかるだろ?」


 俺は頷く。


 あれだけの力だ、味方につけたいもの、始末したいもの、奪いたいもの……さまざまな思惑が絡むことは想像に難くない。

 

 生徒が自主的に狙わなくても、リーゼの年齢を想定して間者を送ってくる連中だっているだろう。何らかの手段をもって侵入してくる連中がいてもおかしくない。


 あの学院で、リーゼがしっかりと成長するまで見守り、護る存在が必要だ。


 そしてそれはもちろん――――俺以外にあり得ない。


「アマルダやリーゼ、他の者から聞くお前の魔術評価は“平凡”だ。決してエリートとは言えない。ラドラス魔術学院は魔術界最高峰の学び舎だ。その倍率は他に類を見ない。ハッキリ言って、今のお前では無理だと判断する方が賢明だろう」


 だが、とローデウスさんは続ける。


「それでも私はお前に命令する。お前の態度を見ていればわかる。お前から私達への……とりわけリーゼへの強い忠誠心が。その信念があれば、私は可能だと思っている。引き受けてくれるか?」


 ローデウスさんの言葉に、俺は即言葉を返す。

 

「願ってもない……いや、むしろ言われなければこちらから懇願するところでした」


 俺はローデウスさんの目を見つめ返し、胸を張る。

 

「俺に任せてください。必ずラドラス魔術学院に入学し、リーゼを守り通して見せます」


 俺の返事に、ローデウスさんはニヤリと口角を上げ、俺の方に歩み寄ってくる。


「それでこそ、私が護衛に任命した男だ。リーゼの傍で、折れずに成長してきたお前なら、きっとやれる。期待しているぞ」


 言いながら、トンと俺の胸に拳を押し当てる。


「レクス。何としても、入学試験を突破しろ」

「仰せのままに」


 こうして、俺はリーゼと共にラドラス魔術学院への入学を目指すこととなった。

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