第7話 いざ試験へ
俺がローデウスさんの命令でラドラス魔術学院へと挑戦をすることになったその日、リーゼにもそのことが伝えられた。
どうやら一人で学院に行くことになるだろうから、寂しいな……とテンションが落ちていたようで、俺のその報告に飛び跳ねて喜んでいた。
「レクスもラドラス行くの!? やったー!!」
リーゼは満面の笑みを浮かべ、首に手を回し、飛び掛かるように抱き着いてくる。
「わっ……お、おいやめろ……!」
さすがにお互いもう14歳だ。
身体もそれなりに大人へと成長しているし、もう少し恥じらいを持って欲しいが……もしこれを他の人にもやり始めたらさすがに止めないとだめだな。
「だって嬉しいじゃん!」
「まだ試験に受かってないんだから、決まってないって」
「いやいや~、レクスなら受かるよ!」
何を根拠に……と、少し呆れながらも思わずはにかんでしまう。
リーゼは天才ゆえに何でも実現できてしまう。そして、自分が出来ることは誰でもできると思っている。まあ、さすがに程度はあるが。
だから、それがたとえ自分以外のことであっても、自分がそうあると嬉しいと思えば、出来ると信じて疑わないのだ。まあ、その常にポジティブで明かるところがリーゼのいいところでもあるんだけど。
それは天才を鼻に掛けないという良い面でもあると同時に、凡人に純然たる差を突き付ける悪い面でもある。
俺だからまだいいが、本当に才能のない奴にも同じような言葉をなげかねないのがこいつの怖いところだ。
だが、俺にとってはリーゼにそう扱われるのは心地よかった。
天才を捨てた俺にとって、平凡だと思われていても対等に接してくれるリーゼは貴重な存在なのだ。
その日の訓練は一日中リーゼのテンションが高く、鼻歌を歌いながら訓練を消化していた。
そうして一日の訓練が終わり、俺達は屋敷の中庭、リーゼのお気に入りの場所であるベンチに座り、俺達の今後について雑談をしていた。
「んん〜! きたきた~!! やっと外の世界で暮らせるね、レクス! やっと解放される!」
「そうだけど、だからと言ってあんまり羽目を外しすぎるなよ」
リーゼなら何をしでかしても不思議じゃない為、俺は先制攻撃で釘をさす。
なんせ、リーゼと来たらそのお転婆っぷりは小さい頃から何ら変わっていない。正直、この屋敷から解き放たれたリーゼが何をするかは、俺ですら想像がつかない。
あの「血の誕生日」みたいな事件だけは起こさないで欲しい限りだが。
本当に頼むぞ……。
しかしリーゼは、別にいいでしょ! と腰に手を当て胸を張る。
「毎日毎日朝から晩まで訓練と勉強に明け暮れて……まあ好きだからいいんだけど、やっぱり少しは遊びたいじゃない!」
「気持ちはわかるけどさ」
とはいえ、俺は夜な夜な抜け出して冒険者としての依頼をこなしたりもしているし、リーゼほど家に居続けている訳ではなかった。
そう考えれば、外で好きなだけ、しかも自由に縛られず生活できるというのはリーゼにとって相当楽しみなことなのかもしれない。
アーヴィン家は伯爵家だ。それなりの地位もあり、リーゼは魔術の訓練だけではなく、社交的な付き合いも求められていた。
だが、正直言ってリーゼの性格と貴族という地位や立ち居振舞いは全くと言って良いほど嚙み合わない。
貴族の屋敷で舞踏会やディナーをするより、街に繰り出して祭りに一緒に参加して騒ぎ合う……そういう方が合っている。
一時的とはいえ、その縛りから解き放たれるのだ。リーゼにとってはまさに“解放”なのだろう。
このアーヴィン家の領地を出て生活するのだ、見たことも経験したことも無いことも多くなるだろうし、そりゃワクワクで目を輝かせるだろうな。
「ラドラス魔術学院でしょ? てことは、ウェルトール! 大きな街!」
「そうだな。ロンダスなんかよりずっと大きいだろうな」
「楽しみ~! 祭りとか、買い物とか! 勉強に魔術に、友達も出来るだろうし……!」
興奮気味にそう捲し立てるリーゼの目は、未だキラキラと輝いている。
「レクスが学院での私の護衛よね?」
「あぁ。まあ、お前より弱い不甲斐ない護衛だけどな」
「そんなことないよ!」
リーゼはぐいっと俺に寄る。
「剣術と体術だったらレクスの方に分があるし、座学はちょっと苦手だし……。レクスは頭もいいし、それに優しいし!」
「前半は分かるが、後半のは別にそこまで護衛と関係ないだろ。……さては、宿題とか出たら教えて貰おうとか考えてるな」
「うっ!」
リーゼはビクッと身体を震わせ、まあまあと苦い顔をする。
「まったく……」
「あ、でもそんななんでもできると、レクスがモテちゃったりして……」
と、リーゼは不意に少し不安そうな表情を浮かべる。
「ないない。俺は至って平凡な男だよ」
「そうかなあ……。まあとにかく! 魔術学院に行けば、最高の青春が待ってるはず! しかもレクスと一緒に! いや~楽しみだね!」
ルンルン気分のリーゼ。
ベンチに座り、脚をパタパタさせながら来年からの学院生活に想いを馳せている。
とは言え、試験は今年の夏だ。それを越えなければ、来年の春は俺達には訪れない。
「今朝も言ったけど、先に試験があるだろ。俺はまだ受かると決まってないんだが」
「ううん、きっと受かるわよ!」
食い気味に、リーゼは否定する。
俺はふっと笑みをこぼす。
「まったく、お前ってやつは……」
すると、リーゼが「あっ」と何かを思いついてポンと手を叩く。
「もし試験がダメでも、ほら私が魔術で上手いことレクスを——」
「絶対やめろよ、マジで洒落にならないからなそれやったら」
「……えへへ、冗談冗談~……なんちゃって」
リーゼはテヘッと舌を出しておどけて見せる。
全く、どこまでが本気でどこから冗談なんだか。
なまじ天才のせいでなんでもできるから、冗談かと思っていても本気だったりするし……。
見た目はこんなに美少女で、黙っていれば彫刻のように美しいのに、その中身は年相応の少女ときた。外面に騙される奴がいないといいが。……まあ無理か。何かあったら俺が止めよう……いや、止めなくては。
「とにかく、楽しみだなあ。レクスと一緒なら、きっとどこでも楽しいよ。だから――きっと受かってね?」
当然だ。
俺はリーゼを守るために生きている。恩を返すために。
必ず受かって、リーゼの傍で守るさ。
だが、俺はその覚悟をグッと飲み込み、そしていつもの通り、凡才の俺で答える。
「善処するよ」
こうして俺たちは、ラドラス魔術学院へ合格することを目標に、今年の夏の試験に向けて実戦と勉強に勤しんだ。
◇ ◇ ◇
――半年後、都市ウェルトール。
ウェルトールにはラドラス魔術学院が存在することから、その至る所に魔術の匂いが立ち込めている。
ウェルトールは第二の魔術都市ともいわれている。
一般的な街には魔術関連の店など殆ど存在しないが、この都市の商店街には魔術の店がいくつも並ぶ。
魔術師は全体で見てもかなり数が少ない存在であるため、魔術師が何かを探すときは、このウェルトールか、魔術協会のある王都へと赴くのだ。
俺たちは、とうとうラドラス魔術学院の入学試験を受けるため、この地に足を踏み入れた。
リーゼはウェルトールに足を踏み入れると、持ってきた荷物をドサッと地面に降ろし、両手を広げて思い切りウェルトールの空気を吸い込む。
「魔術の匂い! さあ、ここから始まりだよ!」
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