第5話 冒険者稼業

 ――冒険者ギルド、ロンダス支部。


 俺は革袋に入れた巨大な荷物を背負いながら、冒険者ギルドの中へと入る。


 深夜、完全に静まり返っている時間だが、ここは明りがある。


 冒険者ギルドは緊急の依頼にも対応できるように一日中稼働しており、依頼の受注や受付もいつでもできる。


 とはいえ昼ほどの活気があることはなく、少数の職員と冒険者たちがいる程度だ。


 だから、その黒づくめの姿は夜の住人には嫌というほど焼き付いていた。


「……おい、あれ」


 ギルドに入ると、隅の席に固まっていた冒険者たちがこちらを見て小声で話し出す。


「Aランクの“シェイド”か……夜の番人のお出ましだな」

「まったく、この街にもとんでもないルーキーが現れたもんだよな」

「一体何者なんだろうな。ゴールド等級以上の魔術師だとかいう奴もいるが……」


 あれこれと噂をする冒険者たち。


 何か好き勝手言われてるな……。まあ、バレてないなら問題はないけど。


 やっぱり素性隠しておいて良かった。仮面が無ければ今頃とんだ騒ぎになって、アーヴィン家まで知れ渡るところだった。


 俺はそんな噂話をスルーして、そのまま受付へと向かう。


「お疲れ様です、シェイドさん!」


 受付嬢のセクシーなお姉さんが、満面の笑みで出迎えてくれる。

 胸の谷間がこれでもかとアピールされている。冒険者ギルド夜仕様なのだろうか。


「えっと、何かありましたか? 追加で情報が必要でしょうか」


 首をかしげるお姉さんに、俺は背中の革袋をカウンターに乗せながら言う。


「先ほど受けた依頼を達成したので報告に」


 俺は魔力を喉に回し、声を変声して返答する。

 お姉さんには普段の俺とは違う、落ち着いた低めの声に聞こえているはずだ。声だけで判断すれば、二十代後半に聞こえていてもおかしくない。


「タッセイ……? ホウコク……?」


 お姉さんはまるで初めて聞いた言葉かのように棒読みで言葉をオウム返しする。


「依頼をこなしたので、その報酬を貰いに。オークの群れの討伐です」

「えっ――ええ! さっき受注していったばかりですよね!? 一日で全部終わらせたんですか!?」


 お姉さんは目を丸くして、体を仰け反らせて驚く。


「というか、半日どころかまだ全然時間たってないような……」

「まあ……。何か不都合でも?」

「え、いや、そういう意味では……! ちょ、ちょっと確認しますね」


 お姉さんは慌てて俺が出した革袋からオークの牙や角を取り出し確認を始める。


 角を取り出し、一つ一つしっかりと確認する。

 数が多いが、それを流れ作業でやるという感じは一切ない。


 すると、最後の一本を確認したところで、ゆっくりと深く息を吸う。


「――た、確かに、確認とれました……。相変わらず凄い速さですね……」


 お姉さんはもはや驚きすぎて呆れてしまったような反応を見せる。


「運が良かっただけですよ」

「いやいや、さすがAランク冒険者ですね……。さすが、期待のルーキー! S級もすぐですね!」

「だと良いですけど」

「あはは、謙虚ですね。……これで家に帰って出迎えてくれる可愛いお嫁さんが居たら完璧だと思いませんか!?」


 お姉さんは目をキラキラさせてずいと詰め寄る。

 

 ち、近い……!


 俺はたまらず少し距離を離す。


「あはは、冗談ですよ、冗談! 可愛いですね、意外と。それでは、報酬はこちらです」


 お姉さんはカウンターの奥から硬貨の入った袋を取り出し、ポンと俺に手渡す。


「ありがとう。じゃあ今日はこれで」

「はい、お待ちしてます!」


 よしよし、今日も良く稼げたぞ。

 大分貯まって来たし、そろそろ裏用の武器も新調した方が良いかもしれない。


 さて、早く帰ろう。

 皆が起き始めるより前に帰らないと、見つかってしまう。そうなれば、ただでは済まない。


「急いで――」

「シェイド……か。いいね、若さってのは」


 ギルドの出口付近、壁に寄り掛かかり、腕を組んでいる茶髪の男が話しかけてくる。

 背中には大きな剣を背負い、体は相当鍛えられている。


「ちょっといいか?」

「あなたは?」


 男は俺の方を見ながら言う。


「“星断ち”メルストラ・アルデイン」

「星断ち……大層な名前ですね」

「着けたのは俺じゃないさ。それに、こう見えてもSランクだ。で、おたくはたった半年でAランクだって? 前代未聞だな」


 メルストラは興味深げに俺の顔を覗く。


「しかも、深夜にだけ活動していると。なんともまあ、面白い。興味をそそるね。噂じゃあ、おたくを吸血鬼だの、夜の帝王だの言う連中もいるらしい」

「大げさですよ。人はみんなそう言うのを付けるのが好きなんですよ」


 違いない、とメルストラは肩を竦める。


「――ところでシェイド、おたくはか?」

「いや、そんな凄いものじゃないですよ」


 色付き――魔術師は、魔術協会が発行しているライセンスを得ることで、色付きと呼ばれる公認の魔術師になれる。


 公認になれば、魔術に関する文献や研究を自由に閲覧出来たり、魔術師として国からの支援を受けられたりと、魔術師なら誰もが憧れる存在だ。


 色付きは超難関試験を突破したエリート中のエリートであり、一握りの魔術師しかなれない。その受験に際して魔術学院の卒業はほぼ必須と言っていいため、例年魔術学院の試験は倍率が凄い高いのだ。


「魔術の道に進まず冒険者か、そういうタイプも最近は多いな。なんで冒険者に?」

「言いたくない」

「そりゃ失礼。言っておくが、Sを目指すならソロは厳しい。AとSランクでは天と地の差がある」


 警告か? にしては、敵対視しているようには見えないけど。


「――でだ。俺はSSランクを目指していてな。仲間を探している。最強のパーティを作りたいんだ。どうだ、俺のパーティの魔術師として来ないか?」

「!」


 これはまた……まさかスカウトとは。

 Sランク冒険者からの誘い。冒険者をしている人間なら、これ以上なく光栄なことなのだろう。


 だが。


「あいにく、俺はソロだ。誰かと組む気はないですよ」


 俺の目的はあくまで資金稼ぎ。そして、冒険者としての顔を持っておくことで、少しでも情報を集めやすくしてリーゼを守りやすくするのが狙いだ。


 それに、夜意外にあの屋敷を出るのは無理があるしな。


「ほう……。その仮面とローブは、何らかの事情がありそうだな」

「…………」

「おたくが納品したオークの角だが、何かで削られた跡がある」

「……それが何か?」


 メルストラは楽しそうに頬を緩ます。


「魔術師は特異魔術というのを使う。術師本人しか使えない、完全オリジナルな魔術だ。あれは……その片鱗かと思ってね」

「……魔術師に詳しいですね。それなら、特異魔術を他人に簡単に話さないというのも知っていそうなものですけど」


 俺はジロリとメルストラを睨む。


「おっと、そう怖い目をしないでくれ。俺が言いたいのは、おたくの力を高く買っているってことさ。特異魔術も、相当魔術に精通していないと使えない代物だ。だから色付きだと思ったのさ。悪意はない、信じてくれ」


 言いながら、メルストラは肩を竦める。


「……わかりました。けど、パーティには入らないですよ」

「振られてしまったか。俺の理想のパーティにおたくがぴったりだと思ったんだが……まあ、しょうがないな。冒険者を続けるなら、いずれ一緒になることもあるだろう」

「ですね。その時はよろしくお願いします」

「あぁ。引き留めて悪かったな」


 俺は、それでは、と軽くお辞儀をすると、そのままギルドを後にする。


 “星断ち”メルストラ・アルデイン……か。

 剣士としての実力は、現時点の俺以上だな。世の中にはああいう剣士もいるのか、世界は広いな。


 外に出ると、空が白み始めていた。


「もう夜が明ける……」


 夜が……俺の時間が終わる。


 明日も朝からリーゼと一緒に訓練だ。

 まったく、護衛と冒険者、二足の草鞋は大変だな。


 “シェイド”という名前での冒険者稼業。

 すでに何度も依頼を受けてきたせいで、その名前は独り歩きしてしまっている。

 期待のルーキーやら、史上最速のAランク昇格やら……そんなつもりはなかったんだけど。


 決まって現れるのは深夜のみ。魔術を使い、半年足らずでEランクからAランク……か。目立つには十分すぎるか。


 冒険者ギルドでの知名度が良い例だ。スカウトまでくるようになるとは。


 とはいえ、目立たないことには情報も集まってこないから難しいところだな。

 これまで以上にばれないように気を付けないとな。


「……ふう。さて、帰ろう」


 こうして俺は、日課の冒険者稼業を切り上げて屋敷に戻るのだった。

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