第4話 魔術訓練と裏の日課

 魔術とは技術だ。


 それが、俺が四年間独学と家庭教師の講義を受けて理解したことだ。


 魔術師が体内に持つ、魔術の元となる“魔力”。

 身体の中に沈殿するその魔力を身体全体に回し浸透させる、“循環”と呼ばれる技術。


 そして、循環した魔力から魔術に使用するだけの魔力を取り出す“練成”。


 魔術の発動までにそういった様々な工程があり、それらを訓練や実戦にてより洗練していく。


 魔術はただ何となくで発動する超能力ではなく、技術によって組み立てられる結果だ。


 そしてその技術が初めからずば抜けている存在……それが、二十年に一人の天才であるリーゼリア・アーヴィンという訳だ。


「魔力の循環を意識して、その状態を保つ! 揺らいできてるわよ!」

「はい……!」


 魔術の家庭教師であるアマルダ先生は、パンパンと手を叩きリーゼに発破をかける。

 リーゼは険しい表情を浮かべているが、その立ち姿は相変わらず美しい。


 四年の間で、リーゼはすらっと手足が伸び、背も伸びた。

 相変わらず綺麗な金色の髪を携え、肌は透き通る程白く美しい。

 胸もそれなりに出てきて、スタイルまで良いと来た。まさに美少女だ。


 どうやら、神は二物を与えるようだ。


 もし魔術の天才として生まれていなくても、きっとリーゼには様々な選択肢があったことだろう。


 一方の俺は、まあ平凡といったところだろう。

 強いて言えば、身長は結構伸びてリーゼと頭一個分ほどの差が出来た。


 筋トレや走り込みも欠かさずしていたから、着痩せしてしまうが筋肉も着いてきた。


「むむむ……!」


 リーゼは隣で唸りながら、魔力を保っている。


 今日の授業は放出した魔力の維持。


 魔術の基本三工程である、循環・練成・放出。

 その中でも、放出に焦点を当てた訓練だ。


 魔術は奥深い。四種類の魔力属性や、魔術体系なんかもいろいろとあるのだが、アマルダ先生の方針ではそれら応用は魔術学院に入ってからじっくり学ぶものだという。


 だから、こうして魔術学院入学までの間はみっちり基礎を叩き込むという訳だ。


 魔術には魔力が不可欠だ。

 体内魔力量は多ければ多いほど、多く魔術を発動できる。


 一方で、一度に放出できる魔力量も個人で差があり、体内魔力量が多くても放出魔力量が少なければ大きな魔術は使えない。


 魔力を放出する技能が低ければ、燃費は悪くなって行き、すぐに魔力が枯渇する。

 上手く放出量やペースを調整し、魔力量を出来るだけ持続させる。


 それが魔術を使う基本であり、今日の訓練は、魔力の放出を持続させることで体内魔力量の底上げや魔力の放出感覚を養うためのものだ。


 体内魔力量が少なくても、上手くコントロールして長時間戦える魔術師もいるし、逆に体内魔力量が多くてもコンロトールが下手で一瞬で最大火力を出して終わってしまう魔術師もいるらしい。


 隣で唸っているリーゼは、かれこれ40分この状態を維持していた。

 もし、俺がリーゼに張り合って40分も放出魔力を保ち続けてしまえば、すぐさま天才だと騒がれてしまうだろう。


 ――と言う訳で、俺は10分そこらで早々にギブアップを宣言し、こうして腕を組みながらリーゼを見守っていた。


 そしてそこから三十秒ほどたったところで。


「――ぷはあ!! つ、疲れた……!」


 リーゼは放出していた魔力を止め、肩で息をしながら両膝に手を突く。


「大丈夫か?」

「うん……。いやあ、えへへ、疲れたよ」


 リーゼはぜえぜえと息を荒げながらも、どこかスッキリした様子で満足気に笑顔を浮かべる。

 垂れた髪を耳に掛けながら、ふーっと体を起こし、深呼吸する。


 すると、アマルダ先生が感心した様子でパチパチと拍手を送る。


「いやはや……さすがとしか言えないわね」


 アマルダ先生はその大きな胸のしたで腕を組む。


「シルバー等級の私でさえ放出魔力の維持はせいぜい35分が限度……。それを40分保ち続けるなんて……まったく、リーゼには驚かされてばかりね。この四年余りで、基礎能力はとっくに私を超えてしまっているわ」


 アマルダ先生は呆れた様子で、笑いながらやれやれと肩を竦める。


「えへへ、いい感じでしょ!」


 リーゼはニコッと笑い、ピースをする。


「まあ、長さだけが全てではないけどね。固有魔術を習得すればそれに合わせて出力も変わってくるし、魔力の効率的な運用法も変わってくる。とはいえ、多いに越したことはないわ。それで――」


 アマルダ先生は俺の方に向き直る。


「――もちろん、レクス。あなたも及第点よ。10分も保てれば、若い魔術師としては上々よ」

「ありがとうございます」


 ついでのお褒めの言葉、心遣い痛み入るな。

 本によれば、一般的な魔術師の魔力維持は20分が平均だ。そう考えれば、俺は低い部類だろう。


 そんなそっけない俺を見て心配してか、アマルダ先生はじっと俺の目を見つめる。


「……レクス。天才が隣に居て、自分が進んでいないように思えるかもしれないけど、気にしなくていいわ。あなたはあなたのスピードで成長すれば良いんだから。安心して、確実にあなたも成長しているわ」

「そうそう! レクスも凄いから!」

「あはは……ありがとう」


 二人して俺を慰めてくれる。


 見慣れた光景だ。

 天才の影に隠れ比較され、慮られる凡才。やはり、憐れまれてしまうのは仕方がない。


 これを、リーゼに向けさせてはいけない。そのためにもやはり俺は、陰に徹するべきなのだ。


「さて、今日の演習はこれくらいね。しっかり身体を休めて魔力を回復しておきなさい。次回はより持続時間を伸ばす方法について解説するわ。今回は全力で放出してもらったけど、実際そういうケースは滅多にないから、そこら辺で魔力の操作が重要になってくるわ」

「なるほど……」

「ふふ、楽しみにしておいてね。それじゃあ、解散! お疲れ様」

「「はい、お疲れさまでした!」」


 こうして日課の魔術の訓練も終わり、日は暮れ始めていた。


 最近は、俺はリーゼと同一のメニューをこなしていた(剣術の個別指南を除いてだが)。

 リーゼは天才的な魔術の才能とは裏腹に、座学や剣術はやや弱い。その辺りもバランスの良いコンビだと言われる所以だ。


 そんなこんなで俺たちはそれぞれの時間を過ごし、夕食時。

 定刻に俺たちは夕食の間の前で遭遇し、二人で他愛もない話をしながら歩く。

 すると。


「そういえば」


 と、リーゼが夕食の間に入る前にこちらを振り返る。


「? どうした?」


 リーゼは俺とほぼ密着するほど近づき、じーっと顔を見上げてくる。

 そして、少し眉を細めて言う。


「昨日さあ、夜……どっかいってた?」

「!」


 おっと、これは……。

 俺は平静を保ち、何でもない風に返答する。


「……さあ、リーゼと雑談した後は、そのまま部屋に戻ったけど。気になるなら、アマンダさんに聞いてみると良いよ。最後に彼女に挨拶して、俺は部屋に戻ったよ」


 嘘は言っていない。


 するとリーゼはむむむと眉間に皺をよせ、腕を組みながら首をかしげる。


「おっかしいなあ……。うーん……まあそうだよね」


 と、リーゼはあははと笑う。


「どうかしたのか?」

「何かね、昨日夜寝る前にレクスの魔力の揺れみたいのを感じた気がしたんだけど……気のせいだったのかな」

「はは、なんだよそれ。俺が夜に魔力を使ったって? 部屋を抜け出したって言いたいのか?」


 小ばかにするように笑うと、むきになってリーゼは反論する。


「そ、そうだよ! 有り得るかもしれないじゃん!」

「はは、ないさ。むしろ、リーゼが屋敷を夜に抜け出す方があり得そうだろ。お転婆なんだし」

「うう、さすがにそれはしないって! ばれたらまたお父様に怒られるから!」


 イーっと威嚇するリーゼに、俺ははいはいと笑ってたしなめる。


「もう……。はあ、まあわかったよ。気のせいみたいだし。夢でも見たのかなあ……」


 リーゼは少し納得いっていない様子で、口を尖らせる。


「そうだろうよ。さ、早く飯食ってゆっくりしようぜ」

「だねえ。今日も疲れたよ。それじゃあ、また後でね」


 そこでリーゼと別れ、俺は使用人の食堂で夕食を食べ、そうして一日が終わっていく。

 これが、俺の今の日常だ。


 ――表での。


◇ ◇ ◇


「……魔力の揺れか。リーゼの奴、日に日に魔術的な勘が化物じみてくな」


 俺は皆が寝静まったのを見計らい、部屋の東側についた窓を開ける。

 涼しい夜風が部屋に吹き込み、ブワっとカーテンやシーツが舞う。


 夜の静けさだ。


「もう少し極限まで魔力の放出を絞って……出すときも瞬間的に、だな。じゃないとこのままじゃいずれリーゼにバレてしまいそうだ」


 言いながら、俺は窓から地面を見下ろす。

 ここは四階、普通に降りれば良くて骨折、下手すれば死んでしまう高さだ。


「さて……」


 俺は今後もリーゼを守るために裏で動くことになる。


 その時、俺がリーゼの護衛をしている少年だとバレる訳にはいかない。

 バレてしまえば俺の力が広まり、すぐにでもローデウスさんやリーゼの耳に入るだろう。


 それだけは、絶対にあってはいけない。

 だが、力を隠すために裏でも力を抑えていては意味がない。


 だから、俺は裏で暗躍するときに正体をバレないようにする必要がある。


 そのために必要な物を、いろいろと揃える必要があり、お金が必要だった。


 もちろん、護衛として使用する剣や防具はローデウスさんから下賜されているが、それを使えばすぐさま身元は割れてしまうから、迂闊には使えない。


 だから、自分用の物が必要なのだ。


 ローデウスさんから頂いているお金を使えば、すぐに帳尻が合わなくなって怪しまれる。結局、自分で稼いで自分で揃えるしかない。


 そこで俺は、内密にアルバイトを始めていた。

 夜な夜な抜け出しているのはそのためだ。お金を稼ぐためもあるが、裏で情報を集めやすいようにを作っておく意味合いもある。


 俺は手に持っていた黒いローブを羽織り、黒いローブ、ブーツ、そして仮面を身に着ける。


 闇夜に紛れる隠密装束だ。


「行くか」


 俺は窓から飛び出す。

 そして着地の瞬間、足元に魔術で風を起こし、その衝撃を和らげる。


 瞬間的な発動なら、恐らくリーゼも察知できないだろう。


 昨日までは安全を考えて飛び降りるときから魔力を練成して足に回し、墜落しても問題ないようにケアしていたが、どうやらその程度でもリーゼには感づかれるようになってしまったらしいからな。


 まったく、二十年に一人の天才は底が知れないな。


 そんなことを独り言ちながら、俺は目的地へと走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る