第3話 魔術と剣術
あれから、俺は訓練や勉強の日々を送っていた。
まずは自分の才能を見極める必要がある。
魔術に剣術、体術や勉強……一通り経験し、上達具合を確かめていく。
小さい頃から飲み込みが早かったように、どれもすぐにメキメキと上達していくのを感じた。
きっと、俺ならすべてをこなすことが出来る。
だが、教育は大切だ。
何からも学んでいない俺では、同年代より秀でていてもその分野のトップ層には太刀打ちできない。
俺の敵は同年代だけではなく、もっと上、リーゼを狙う上位の存在だ。
そのためには、感覚だけではどうにもできない壁がある。俺は、学ぶ必要がある。
幸いにもここは伯爵家だ。参考になる魔術師や騎士が間近にいる。
俺はひたすらに彼らの動きや作法、戦い方を傍らで眺め、夜な夜なそれを試し基礎を作った。
さらに、ここの図書館はかなり大きく、古今東西いろいろな本が貯蔵されていた。
護衛をするということもあり図書館の使用を許可されたことから、俺はとにかく様々な本を読み、魔術や剣術などいろいろな知識を集めた。
あの子は良く勉強するわね、と評判になるほどだった。
そのほとんどが、「リーゼという天才に追いつこうと頑張って微笑ましいな」程度の認識だったのは言うまでもない。
知識の吸収と訓練。その繰り返しで、俺はどんどん強くなっていくのを実感していた。
そうして俺は水面下で独学を進め、気が付けばリーゼに救われてから四年の歳月が経過していた。
「ふっ……はっ!」
「いいね、動きが洗練されてきた!」
カンカン! と木剣の弾ける音が響く。
俺の連撃は、髪の長い金髪の男性――ネロさんにより簡単に捌かれていく。
ネロさんはアーヴィン家の筆頭騎士を務めており、その体術と剣術は相当な物だ。
そして、俺の剣術指南役でもある。
ローデウスさんが、俺は剣術のセンスはあると言ってくれたことで、特別にネロさんが俺に着いて指南してくれることになったのだ。
「いい攻撃だ! けど、まだ甘い!」
ネロさんはすぐさま連撃を繰り出してくる。
右、左、左、上、左、下、フェイントからの右――。
すべて目で追える。
俺は捌きすぎないように、なるべくぎこちなさを出しながら攻撃を弾いていく。
「ははあ、良いね! 何とか反応が間に合っているか、さすがだな!」
「それは……どうも……!」
俺はネロさんの攻撃を弾くと、その隙をついて突きを繰り出す。
しかし、それも簡単に弾かれると、いよいよトドメを刺そうとネロさんが木剣を振り上げる。
俺はすぐさま体制を立て直し、木剣を下段で構える。
「やっぱり甘いね! これでおわ――……ッ!?」
瞬間、ネロさんの動きが一瞬ピタリと止まる。
顔が強張り、目が見開かれる。
――おっと、不味い。
俺はスッと肩の力を抜く。
すると、ネロさんはハッと気を取り直し、その隙を見逃さず器用に俺の構えた木剣を絡めとるとそのまま天高く弾き飛ばす。
「あっ!」
俺の木剣は、クルクルと宙を舞う。
ネロさんは落ちてくる木剣を弾くと、器用に背後でキャッチする。
「うしっ、勝負ありだね」
トントンと木剣で肩を叩き、ネロさんはニヤリと笑う。
「くそっ……降参です」
「うんうん、結構結構!」
ネロさんは満足げに腕を組み、かみしめるように頷く。
「本当強くなったね、レクス」
「そうですか? 負けてばかりですけど……」
「とんでもない!」
と、ネロさんはぶんぶんと首を横に振る。
「正直いって、魔術は微妙だが、剣術に関してはなかなかの物だよ。その年でこれほど僕に着いてこられる剣士なんてそうはいないさ」
「び、微妙ですか……」
ネロは、おっとと苦い顔をする。
「リ、リーゼ様と比較したらってことさ。悪い悪い」
ネロさんは手を合わせて軽く謝る。
「いや、良いですよ。リーゼが天才的なのはもうこの四年で痛いほど理解しましたからね」
「あはは……。けど、剣術に関しては本当さ。最初から才能があるのは分かっていたけど、ここまで成長するとはね」
ネロさんは、はははと笑いながら俺に水を差しだしてくれる。
俺はそれを受け取り喉に流し込むと、ふぅと一息つく。
「四年か……。君が良く図書室で剣術の本を読んでたのも知ってるよ。その知識のたまものかな」
「中々ネロさんには勝ててないですけどね」
「はは、これでも僕は筆頭騎士だよ? 子供に負けたとあっては示しがつかない。最悪、ローデウスさんに首にされてしまうよ」
とネロさんは悪戯っぽく笑う。
やっぱりそうだよな、と俺は納得する。
下手に勝ってしまえば迷惑をかけると思っていたけど、魔術ではなく剣術とは言え子供に負けるとなればそうなるよな。リーゼ程期待されている天才ならばともかく。
するとネロさんはチラッと俺を見て、「けど……」と何かを考え込むように口元に手をやる。
「……時折、君の構えにヒヤッとする瞬間がある。背筋が凍るような……圧と言うのかな」
「ははは、俺が真剣にやってるからですかね? 集中してるから顔が怖いのかも。仏頂面すぎますかね」
すると、思ってもみなかった俺の返答にネロさんは一瞬キョトンとし、そしてぷっと笑いだす。
「あはは! それはあるかもね。けど、そういう圧っていうのは剣術には大事さ。相手の手元を狂わせることが出来ることもあるからね。それも才能さ」
「なるほど」
「知っての通り、リーゼ様は魔術の天才だ。最初君を連れてきた時は、何の気まぐれかと思ったけど……」
ネロさんは俺の頭にポンと手を乗せる。
「四年も地道に訓練についてこられる根性。それに、飲み込みも早い。魔術の方はそこそこみたいだが、剣術に関してはかなりの才能がある。リーゼ様は人を見る目も確かなようだ」
「期待に応えられていれば良いですけど」
「きっと大丈夫さ。……まあ、残念ながら魔術相手に剣術というのは無力に等しいところが歯痒いところではあるけどね」
と、ネロさんは苦笑いをし、肩を竦める。
「魔術の圧倒的射程と速度……それに黒魔術系統ならいろいろな効果を付与してくることもある。なかなかそれに剣術で対応するというのは難しいのが実情だ。剣聖レベルになれば違うんだろうが……」
魔術の攻撃性能は桁違いだ。それはこの四年間学んでよくわかった。
俺も、剣術で魔術に立ち向かうのは現実的ではないと思う。やはりそれだけに、魔術の天才というリーゼの価値が浮き彫りになる。
「とはいえ、護衛である以上一般人には勝てるようになる必要がある。そう言う意味では剣術も重要さ。もちろん今の君の実力があれば、騎士とかでない限りは負けることはないだろうけどね」
ネロさんは、安心しなとポンと俺の胸を叩く。
「魔術の天才であるリーゼ様と、剣術の才能溢れるレクス……うん、いいコンビじゃないか!」
「あはは、そう言ってもらえると助かります」
もちろん! とネロさんは肯定する。
「まあ、リーゼに置いて行かれないように精進しますよ」
「その意気だ!」
ネロさんは大きく頷く。
「それじゃあ、俺はこの後リーゼと魔術の訓練の時間なので、これで」
「おっと、もうそんな時間か。剣術の訓練はまた明日同じ時間に」
「はい!」
俺はネロさんに挨拶すると、訓練場を後にする。
俺は一人リーゼの待つ魔術訓練場の方へと小走りに向かう。
「……危ない危ない」
俺はさっきのネロさんとの試合を思い返す。
もしあの時、ネロさんが俺の圧で硬直していなかったら。
俺は思わずネロさんを斬り返してしまっていただろう。
そうなれば、ネロさんといえど無事では済まない。
俺は何度も独学と訓練を繰り返した結果、既にネロさんを超える剣術を身に着けていた。
なるべく剣術の才能も隠していきたいのが本音だから、あまり目立たないようにネロさんには負けるようにしている。さっきの話もあるし、下手にネロさんに勝ってもいろいろと迷惑をかけてしまうだけだ。
その結果、俺の評価としては魔術は平凡だが、剣術の才能はある護衛、というところだ。
……まあ、剣術に関しては魔術より弱いし、そこまで神経質にならなくても良さそうではあるけど。
剣術が得意な魔術師……これなら、リーゼの傍にいても違和感のない護衛、としては及第点だろうな。
「――さて、次は魔術か。剣術以上に気を付けないとな」
俺は足早にリーゼの待つ魔術訓練場へと向かった。
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