第13話 ごめんな


「ほら、分かったでしょ?」

「うん…」


 母さんはため息混じりにそう言うと、車を停めて涼花に言う。


「涼ちゃん、この子、大した事なかったから安心して」

「あ…はい…」

「ちょっと待っててね。上がっていきなよ」

「はい…」



 家に入ると、母さんは病院で言われたことをあらかた涼花に説明し、彼女の強ばった表情もようやく和らぐ。


「じゃ、ちょっと片付け物あるから、二人でゆっくりしててよ」

「え!?ちょっと、母さん…」

「お、おばさん…」


 待ってくれ。今二人きりとかにされると、何話していいか分かんないって。

 な?ほら、涼花も動揺してるじゃん。


「ん?あんた達、なんで今更お見合いで初対面みたいになってるのよ。お風呂も一緒に入ってたくせに」


 もう!!デリカシー無さすぎだよ!

 見てみろよ!涼花なんて真っ赤になっちゃって、あわあわしそうじゃないか!


「じゃ、ごゆっくり」


 ニコッ、っと笑い出て行く母。

 絶対楽しんでやってるだろ…



 視線を涼花に向けると、ちょうどこちらを見ていた彼女と目が会い、お互い慌てて顔を背ける。


 なんだよ、これ…



 俺は俯いて何も言えず、ただ母さんを呪うばかりだった。すると、


「凌くん…大した事なくてよかったね…」

「あ…うん…ありがとう」

「………」

「………」


 この沈黙はどうすればいいんだ?

 何か気の利いたことでも言えたらいいんだけど、言葉が出てこない。


「う…ぐす…」

「え?」



 顔を上げ涼花を見ると、その瞳からは涙がこぼれ、俺は慌てて


「どうしたんだよ!」

「だって…だって凌くんが…」

「俺がどうかしたのか?」

「倒れたなんて聞いたら、心配で…うぅ…」



 俺のことを想い、心配で涙を流す涼花に、もう俺もこれ以上は無理だと悟った。


 距離を置くなんて出来っこない。こんなにも想ってくれて、しかもそれが揺るぎのない好意だと俺には分かってる。

 そんな大切に想ってくれる彼女に、これ以上辛い想いをさせられるわけがない。


(ごめん…瑠美……ごめんな…)



「涼花?」

「え…?」

「ありがとう」


 そう言って彼女の頭を優しく撫でてあげる。涼花は一瞬だけ驚いたような顔をしたけど、すぐに柔らかい表情になり、さっきまで泣いていたせいか、潤んだ瞳で見つめてくる。


「もう本当に大丈夫だから」

「本当に…?」

「ああ、本当に」

「ん…」


 撫でている俺の手に、自分から頭を寄せて来るようにして、口元にはようやく笑みが見られた。


「涼花…好きだよ」

「へ?」

「うん…その、涼花のこと…好きだよ…」

「りょ、凌くん…凌くん…!」


 次の瞬間にはもう、涼花は俺の胸に飛び込んで来て、背中に手を回してぎゅっと抱き締められた。


「凌くん…私、私も…好き…」

「涼花…」


 前世のこともあるし、分かっていたこととはいえ、やっぱり嬉しくなる。


「ずっと…ずっと前から好きだったの…」

「うん…」

「小さい頃から、ずっと…」

「うん」

「私達、幼馴染みだけど、私…凌くんのこと好きなのは…誰にも負けないから…」


 そういえば、幼馴染みは負けヒロインとか聞いたことあるけど、それを気にしてるんだろうか?

 この時代にそのワードはなかったよな…


「ありがとう。俺もだよ」

「うん…うん!」


 嬉しそうにすりすりしてくる涼花の頭を、俺がまた撫でようとしたその時、


「お二人さん?もういい?」

「「えっ!?」」

「まだ中学生なんだから、それ以上はまだ駄目だよ?」

「ちょ…母さん…」

「はわわ…おばさん…」


 いつから…どこから見られてた?

 ヤバい…親にこんな現場見られるなんて、恥ずかしくて死ねる…


「まあ、よかったわね」

「「………」」


 あっけらかんと言ってくれてるけど、俺達は相当気まずいよ?分かる?




 それから少しして涼花は帰って行き、俺は自室でベッドに寝転んだ。

 今脳裏に浮かぶのは、幼馴染みの彼女ではなく、前世の妻、瑠美だった。


 俺は瑠美を前世より幸せにするために、この時代からやり直すことにした。

 でも、俺は涼花を選んでしまった。


 あんなに分かりやすく俺に好意を向けて、何も悪くない彼女を、これ以上辛い目に遭わせることなんて出来なかった。


 現状で瑠美にとっての俺は、顔と名前が分かる先輩、といった程度の認知度。

 それならば、瑠美の出来事さえ回避でき、楽しい中学校生活、そしてその後の人生を歩めるなら、それでいいんじゃないのかと考えた結果だ。


 もちろん、何も未練がないわけじゃない。

 目を閉じれば、瑠美と過ごした学生時代、その後結婚してからのことも、幸せだったこともちゃんと覚えている。

 それに俺をこの時代に送ってくれた、あの死神の女の子が言ってた糸の話。瑠美は俺にとって運命の人だったんじゃないのか?


 でも…それでも、俺はこれが…みんなが幸せになれるにはこれしかないと思ったんだ。




 もしいつかまたあの死神の子に会ったら、何て言われるかな。

 涼花も瑠美も幸せになってれば、それなら許してもらえるだろうか…




 もう、後戻りは出来ない。



 あとはもう…やれることをやるだけだ…




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