第10話 まだダメ


「ふふ…楽しそうね…」


 何か体から冷気でも出てるのか?と思うほど、そろそろ梅雨の季節に差し掛かり、気温も高くなってきたというのに、涼花の周りだけ温度が低いように感じる。


 一緒にいた二人も感じ取ったのか、ついさっきまで楽しそうにしてた西野の顔は青くなってしまった。


「ひ、姫宮先輩…!」

「あら、西野さん。どうかした?」

「私達…別に東雲先輩をどうこうしようとか、そんなんじゃなくて…ただ神代先輩も…いや、あの…す、すみません…!」

「ふ~ん…よく分からないんだけど?」

「っ…!」


 こら、下級生を怖がらせるんじゃない


「あの…姫宮さん?」

「…なに?」

「西野達に、総司も誘って勉強会開いてほしい、って頼まれてただけだよ」

「ふ~ん…」

「だからそんなふうに威嚇するなよ」

「威嚇なんてしてないもん!」


 してるしてる。自覚なしかよ。


「そ、そそ、それじゃあ私達はこれで!」

「え?ああ、またな」


 西野は瑠美の手を取ると、この場から逃げるように走り去って行く。

 廊下走ると先生に怒られるぞ?


(全く…)


 二人の背中を見送り、涼花に視線を戻すと「む~…」と納得できないといった様子。


「どうしたんだよ。今度一緒に勉強しよう、

 って話してただけだろ?」

「だって…」

「だって、なんだよ」

「いいじゃない、もう!分かったわよ。凌くんが何しようと私には関係ないもんね」

「まあ…そう言われればそうだな…」

「私も何しようと凌くんには関係ないよね」

「まあ、それもそうなるかな」

「くっ…」

「え?」

「じゃあ、その勉強会…私も入れてよ」

「え?なんで?」

「いいじゃない!もう!!」

「いやいや、だからなんでだよ」

「きゅ、急に成績良くなるとか、どんな勉強してるのか気になるでしょ!」

「そ、そうか…」

「そうよ!」


 まあ、そう言われるとそうだろう。

 元々は涼花の方が俺より成績は良かった。なんならテスト前なんかは、俺の方から頼み込んで一緒に勉強してたっけ。

 それが進級して初めての結果があれだと、そう思うのも無理はない。


 でも、


 本当はそれだけじゃない…よな?

 まあ、俺が色々と分かっちゃってるっていうのも考えものだ。こういうの、正直辛い。



「でも、あれはさすがにないぞ?」

「え?」

「後輩の女子相手にあれはないよ。俺でもちょっと怖かったくらいだ。でもま、俺も悪かった。ごめんな」


 そう言って、俺は無意識に涼花の頭を撫でていた。


「はぅ…」


 なんかこれ、癖だな、うん。

 子供の頃から、涼花がぐずった時や機嫌が悪い時、こうしてよく撫でてやった記憶が。


 そんな事を考えていたら、涼花は頬を染めて、俯いてもじもじし始めてしまった。


「悪い…ごめん…」


 慌てて手を離そうとしたら、


「ダメ…まだダメ…」


 そう言って、まるで子供がおねだりするような眼差しを俺に向ける。


(あ…これ、やっちゃったかも…)


「…分かったよ…」


 実際俺も悪かったとは思ってるし、それに撫で始めたのは俺だし。


(はあ…仕方ない…)


 そう思い、また撫で始めると、涼花は目を細めて嬉しそうな笑顔になる。

 そんな表情を見ていると、やっぱりその笑顔には敵わないなあ、と実感させられた。


 すると今度は、少し頬を膨らませて、その顔を朱に染めたまま、上目遣いで


「でもね…ちょっとやだったの…」

「うっ…」


(その顔は…本当にずるいよ…)



 そんなドギマギする俺を揶揄うように、前世でのとの思い出が交錯する。




 もうこれ…どうすりゃいいんだよ…




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