第6話 名前
一緒に駐輪場までやって来て、二人してチャリで帰ることに。
「ねえ、お昼食べ終わったらさあ、また一緒に行こうよ」
「え?」
「ね?食べ終わったら待っててよ。迎えに行くから」
どうせ目的は同じなわけだし、問題はないように思うけど、何かが違う気がする。
「分かった」
けど、俺はそう答えてしまった。
いくら前世のことがあったとは言え、涼花は幼馴染で、しかも初めて付き合った初恋の女の子。その彼女がにこにこと、笑顔で話しかけてきてくれてるのに、それを無下になんて出来るわけがない。
家に帰り、母さんが用意してくれてたごはんを食べ、自室で制服を脱ぎながら今日のこと、そして記憶の中の中学生時代を俺は思い出していた。
1年の時は、部活は同じバスケ部に入ったけど、涼花も総司も別々のクラスだった。
部活中は男女分かれて練習してたから、涼花と話す機会はあまりなかったし、一緒に帰るようなこともなかったと思う。
2年生になって二人とも同じクラスになり、総司は元から仲良かったけど、涼花はあんな感じで距離を縮めてきた…のか?
うん。たぶんそうなんだろう。
もう30年近く前の話だ。いくらなんでも、俺も詳しくは覚えてない。ただ、涼花との最後のやり取りだけは、あの時の情景と共に、今でも鮮明に覚えている。
高校3年生の、受験を間近に控えたあのクリスマスの日に、俺は別れを告げられた。
『私達…ただの幼馴染みのままがよかったのかもね…』
あの時の彼女の、泣き出しそうなのを必死に堪え、精一杯の笑顔を俺に向けるその姿を、そんなの忘れられるわけがなかった。
ピンポーン♪
二階の部屋までチャイムが聞こえてきた。
涼花が迎えに来たんだろう。
玄関を開けると、やっぱり彼女がそこにいて、セーラー服から体操着に着替えられてるけど、そのせいで体のラインが余計にはっきりと分かる。
運動部に入ってるというのもあるけど、引き締まった腰や脚、それなのに出るところはしっかりと強調されていて、この先のことも色々と知ってる俺としては、どうしても目のやり場に困ってしまう。
「準備出来てる?」
「あ、ああ、いつでも行けるよ」
「………」
「ん?どうしたの?」
「なんか…」
「なんか?」
「…ううん、なんでもない。行こ?」
「う、うん…」
どうしたんだ?
まさか…俺がそういう目で見てたってこと、バレてるのか?
「あの…」
「え?」
「その…ごめん…」
「え?いきなりどうしたの?」
キョトンとして俺の顔を覗き込むその感じは、特に不審な目で見てるふうでもなく、それならいったい何が言いたかったんだ?
帰って来た時と同じように、また二人でチャリを並べて漕いで行く。
「ねえ…」
「うん?なに?」
「その…また…昔みたいに呼んでもいい?」
俺の方をチラッと見て、すぐまた前に向くんだけど、その後もチラチラとこちらの様子を伺ってる涼花。
(こ、こんなの…!)
「いいけど…」
ああ…俺ってどうしてこんなに意思が弱いんだろう。ズルズルと彼女のペースに嵌っていってる気がしてならない。
「りょ…凌くん…」
「う、うん…」
「凌くん…私のことは…?」
「え?」
「私も…」
はいはい…
分かるよ。自分のことも名前で、ってことだよな?
「涼花…」
「はぅ…!」
涼花はいきなりブレーキをかけて、チャリを止めて俯いてしまった。
「え?どうした?」
「ちょ、ちょっと待って…」
「だからどうしたんだよ」
「いきなり呼び捨てとか…」なんてゴニョゴニョ言ってるけど、言われてみればそうだ。ある程度また仲良くなるまでは、ずっと苗字で呼んでた気がする。
「ご、ごめん…」
「いや、いいんだけど…心の準備が…」
「ごめん…」
「もう!!だからいいってば!」
「は、はい…」
再びチャリを走らせ、少し雰囲気を変えたかった俺は、涼花に聞いてみることに。
「そういえば、さっきは何を言おうとしてたの?」
「さっき?」
「うん。「なんか」って言って、何か言いたそうだったから」
「それは…」
「いや、特に何もないならいいんだけど」
「うん…」
少し悩んでる様子だったけど、俺の方に視線を向けると、
「なんかね…今朝も思ったんだけど、急に大人っぽくなったな、って…」
え?そこ?
「え…」
「うん…久しぶりにちゃんと話したと思うんだけど、なんか雰囲気がね…落ち着いてるっていうか、大人っぽい、っていうか…」
やっぱりそこか…
「そ、そりゃあ、俺も中2になったんだし、少しくらいは大人っぽくなるだろ?」
「それだけかなぁ…」
「そうそう!気にするなよ」
「うん…」
どこかまだ腑に落ちないような、そんな涼花とチャリで走っていると、もう中学校は視界の先に入っていた。
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