第5話 その理由


 体育館に入ると、校訓の書かれた壇上に目がいき、式が始まってからは、お約束の校長の長い話。どれもこれも、全てが懐かしい。


 周りの連中は気だるそうにしてるし、俺も間違いなくそうだったんだろうけど、それでも今は、楽しくて仕方がない。



 教室に戻ってからは、ロングホームルームで簡単に皆が自己紹介をして、役員決めなどで時間を費やし、初日の今日は給食なしでここで解散。


 隣の席の奴と改めて「よろしく」なんて話していると、総司と涼花がやって来た。


「凌真。部活まではどうする?」

「え?」

「一旦帰るのか?」

「え?」

「え?じゃない。まさかお前…」


 ん?部活…?

 中学の時は確かみんなで同じ…


「ああ、バスケか」

「ああ、じゃねーよ。まさか忘れてたなんて言わないよな?」

「そうだよ、女バスも一緒にあるんだから」

「そ、そうか…」


 うちの中学は生徒全員が部活動に強制参加だった。今でこそ生徒の自主性を尊重して、なんて流れになってるけど、当時はそんなのなかったな。そういうのは、せめて高校に入ってからだった気がする。

 俺達は中学でどの部活に入るか悩んだ挙句、ちょうど流行ってるバスケ漫画の影響もあって、揃って同じ部活に入った。


 それにしても、新年度初日の、始業式の日から部活やってたっけ?


「あのさ…今日…部活ってあったっけ?」

「それ…マジで言ってんの?」


 めちゃくちゃジト目で見られてる。


 総司は3年の先輩が引退したこの2年生の夏休み以降、キャプテンになった。

 基本真面目だし、責任感もあるし、クラスの中心になるような存在感もあり、しかもフツメンの俺とは違ってかなりのイケメン。

 つくづく世の中は理不尽だ。


「えっと…昼メシの用意とかしてなかったな、って思って…」

「購買でパンでも買うか、それとも本当に一旦家に帰るか?それでもいいけど」


「俺は食べる物はあるから」とか言ってるけど、もちろん俺は持って来てない。


 どうする?

 この男は俺にとって親友だから、もちろんいい奴だ、ってことは知ってる。大人になってからもずっと付き合いもあっし、だからこそどんな性格なのか、よく知っている。

 ここで俺が「今日は休む」なんて言ったら、たぶんよっぽどの理由じゃない限り、見逃してもらえないだろう。


 体操服は制服の下に着てるからいいとして、昼メシ抜きで部活やるのはキツい。

 仕方ない、急いで家に帰って何か食べて、もう一度出て来るしかないな。


「分かった。家で適当に食べたらすぐ戻るから、部室で待っててくれ」

「ああ。気を付けてな」


 総司はそのまま教室を出て行ったけど、涼花はまだそのままここに残っている。


「あの…行かないの?」

「…お昼…おうちで食べて来るの?」

「まあそうだね。間に合うと思うよ」

「あ、あの…よかったら…」

「うん」

「…一緒に帰らない?」

「ん?」

「私もお昼持って来てなかったし、一旦帰るつもりだったから…」

「そうなの?」

「うん…」


 少し伏し目がちに、俺のことをチラチラ見ながら、ちょっと恥ずかしそうにしている。


 確かにこの年からまた仲良くなっていったのは間違いけど、こんなイベントあったか?


 涼花の家は、うちとお隣さんというわけではないけど、俺の家からも見える距離で、本当に近所なのだ。それに加え、普通に幼馴染の友達として接すると決めたんだし、断るのも違うと思う。


「いいよ。じゃあ、急ごう」

「うん!」


 心配そうにしていたその表情を、ぱあぁっと明るくさせて微笑む彼女。


(か、可愛い…)


 現役の女子中学生に、そんな嬉しそうな笑顔見せられたら、おじさん困っちゃうよ…


「どうしたの?」

「なんでもないヨ!」

「え…なんでキョドってるんだろ…」

「くっ…」

「ほら、早く行こ?」

「わ、分かってるって…」


 二人並んで、昇降口まで歩いて行く。

 気持ち距離が近いように感じるので、それとなく離れようとすると、またそれとなく距離を詰められる。


(くそぅ…グイグイ来るな…)


 実は、俺にはその理由も分かっている。


 確か『アピールしまくって、凌くんに告白してもらうために凄く頑張ったもん!』とかなんとか言ってた記憶が…

 付き合うようになってから、本人に言われたから間違いない。



 これは…いきなり前途多難だな…




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