第4話 鋭い


 風に揺れる髪を耳に掛けながら、俺の顔を覗き込んでくる涼花。久しぶりにその顔を見たわけだけど…


(やっぱり可愛いな…)


 学年一の美少女と呼ばれるような、高嶺の花のような存在ではなかった。それでも、明るくて誰とでも気軽に話し、男女問わず友達が多かった。

 そんな涼花は、幼馴染であり初恋の女の子でもあり、また、初めて付き合った子であり、かつての俺にとってはファーストキス、初体験の相手だった。


 小学校の低学年くらいまでは、お互いに「りょうくん」「すずちゃん」と呼び合っていたのだけど、学年が上がるにつれて俺はそれが照れ臭くなり、名前ではなく苗字で呼ぶようになった。


 でも、小学生の頃以来に、こうして同じクラスとなったこの中学2年生の時、それまで疎遠になっていた彼女とまた少しずつ話すようになり、幼かった頃に抱いていた好意に改めて気付いた俺達は、距離を縮めていくことになった。


 だが、今回は違う。

 俺には前世の妻、瑠美がいる。


 まだこの時代に帰って来たばかりで、もちろんまだ会ってもいない。けど、そのためにわざわざ時を指定してまで戻って来たわけだから、前世と同じ選択をすることはない。



「ねえ…どうしたの?」


 たぶん試案顔になっていた俺に、少し不安そうに訊ねてくる。


「いや、なんでもない。行こうか」



 他にも同じクラスだと分かった何人かと一緒に、教室へと向かいながら考える。


 今の俺の都合を押し付けて、涼花に辛い想いをさせるのは間違っている。

 いくら後でになったとは言え、せっかくこうして会えたんだ。無理に冷たくする必要もないし、特別仲良くする必要もない。ただの幼馴染として、普通にしてればいいだけだ。


 俺の様子を伺いながら隣を歩く涼花。でもその目は、何処と無く訝しむような、思案しているような、この時の俺にはそんなふうに見えた。





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 教室に着くと、俺にとっては懐かしい顔が並んでいた。

 楽しそうに話してる姿を見ながらも、ついこの前、同窓会であったばかりの奴らもここにはいる。


「優等生だったあいつ、やっぱり医者になったな」とか、「あの二人、今はなんの接点もないのに結婚したんだよな」とか。

 どうしてもそんなことを考えてしまうけど、この先の未来を知ってる俺からすれば、逆に今のこの光景は新鮮に見えた。

 すると、


「今日はさすがに時間ギリじゃないんだ」


 不意に後ろから声をかけられたけど、「誰だ?」なんて思うことなく、声の主が誰なのかはすぐに分かった。


「総司か。早いな」

「俺はちょっとしか早く来てない」

「でもちょっとは早く来たんだ」

「そりゃクラス分け気になるじゃん」

「まあ、今日はそうだよな」

「お前だってそうだろ?」


 楽しそうに「ほれほれ」と俺の肩を押してくるこの男は神代総司かみしろそうじ

 家が近所というわけではなかったけど、小学校は同じで、というか、物心つく前の保育園の頃からの仲。

 そう考えると、幼馴染と呼んでも、あながち間違ってないかもしれない。


「姫宮も一緒だったのか」

「うん」

「今年一年よろしく」

「神代くんも久しぶりだね。よろしく」


 なので、当然この男と涼花も、俺と同じように幼い頃から知った仲になる。



 その後は俺も適当にクラスメイト達と雑談しつつ、顔ぶれを確認。

 少しするとこのクラスの担任がやって来て、新年度では定番の挨拶から始まり、ちょっとした連絡事項を伝えられた後、始業式のため体育館へ。


 廊下を歩きながら、窓からの風景を見ていると、校庭の脇の桜は見頃を終え、風に吹かれ散るその様は、正に桜吹雪といった様子。

 見蕩れていたからなのか、たぶん歩くのが遅くなった俺に総司が問いかける。


「凌真?どうした?」

「ん?いや、綺麗だな、って思って」

「ああ、桜か。でも散ってるぞ?」

「そうだな」

「…なんかお前、変わったな」

「は?」

「なんとなく、落ち着いてるっていうか、目が大人っぽいっていうか…」


 いかんいかん、つい素で見てた。


「何言ってんだよ。そんなわけないだろ」

「そうかなぁ…雰囲気が違うんだよな…」


 さすがずっと一緒に過ごして来た親友だ。

 鋭い…


「そんなわけないだろ?」

「ああ…」



 涼花もそうだけど、俺と親しかった人間には微妙な違いが分かるのかもしれない。

 今朝も、父さんと母さんはまだよかったけど、なんとなく姉さんはこちらを伺っているようにも見えたし。


(これから気をつけよう)



「早く行こうぜ」と総司の背中を押し、同じように体育館へ向かう他のクラスの生徒で賑わう廊下を、俺達は早足で歩いて行った。





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