第3話 懐かしい声


 ベッドから立ち上がり、とりあえず先に着替えようと思い、学ランに袖を通そうとして動きが止まってしまった。

 さっきまでは何も思わなかったけど、この歳になって、中学の学ランを着るには抵抗があった。

 いや、「この歳」とか言ったって、今はその中学時代に戻ってるわけだけど、中身はもう40代のおじさんなんだよな。


 とりあえず、雑念を振り払い着てみると、軽くコスプレしてるような感覚になる。

 もし、見た目が元のままならかなり恥ずかしい。でも、今さっき母さんに会った時、特に怪しまれるようなこともなかったし、たぶん問題ないんだろう。


「くっ…」


 けど、やっぱり照れというか、羞恥心というか?顔が熱くなってきた気がする…


 階段を下りダイニングの前まで来ると、中 からは聞き覚えのある、懐かしい声が。


「おはよ…」

「おはよう」

「おはよー」

「はいはい、もうさっさと食べなさい?」


 部屋に入ると父さんと姉さん、そして忙しそうな母さんが出迎えてくれた


(みんな若すぎる…)


「ん?どうかしたのか?」

「いや…どうもしないけど…」

「どうでもいいけど、さっさと食べたら?」

「うん…」


 マグカップを片手に、参考書を見ながら、弟の俺に素っ気なく言ってくる姉さんの姿は、実家にいる頃に見ていた、当然だけど記憶の中のそれと全く同じで、いちいち感動してしまう。


 けど、俺が高2の時に病で亡くなった父さんとの再会は、なんともものがあった。

 出来ることなら、なんとかしたい。

 実際に、予兆はあったのだ。それならば、過去の出来事を、いや、未来を変えることは出来るはず。


 俺はやれるだけのことはやろうと決めた。





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 母さんに急かされ、朝食を済ませた俺は玄関扉を開ける。


 中学には自転車で通っていたんだけど、俺的に自転車に乗るのはかなり久しぶりだ。

 だって、最後に乗ったのなんて、子供と一緒にサイクリングに行って以来乗ってない。

 あれはいつだ?確か下の子が小学校低学年くらいじゃなかったか?

 それ…もう10年くらい前?


(乗れる…よな?)


 おそるおそるサドルに跨り、ペダルに足を乗せる。

 初めこそ緊張したけど、乗ってしまえばなんてことはない、普通に乗れる。


(だよな…体は覚えてるもんな)



 春の柔らかく心地よい風を受けつつ、俺は未来ではもう宅地になってしまった、懐かしい田んぼの景色を眺めながら、自転車を漕いでいく。

 記憶通り、15分ほどで中学校に着いたので、駐輪場にチャリを停めて、掲示板のある場所に向かった。


 新年度の新学期初日。新しいクラス分けの表示を見るために、そこは多くの生徒達で賑わっていた。


(2年の時は、確か…4組だったな)


 わいわいと掲示板に群がる同級生たちの後ろから遠目に確認し、教室へ向かおうとしたところで声をかけられる。


「東雲も4組か。またよろしくな」


 それは昨年も同じクラスだった林。中学に入学してからの付き合いだが、俺の中では、同じ部活でそこそこ話す友人、という記憶。


 こっちも「よろしく」と返事を返していると、見覚えのある、懐かしい美少女が視界に入る。ミディアムとボブの間くらいの長さの黒髪が、風でふわっと揺れている。


(くっ…そうだ、忘れてた…)


「あの…東雲くん、久しぶりに同じクラスだね。よろしく」


 少し照れくさそうに、はにかんだ笑顔で話しかけてくる彼女のその表情、その声に、俺の中で様々な記憶が甦ってくる。


「う、うん…姫宮さんも4組?よろしく…」


 ああ、そうか…


 タイムリープして過去にやって来て、俺には瑠美を守るってことしか頭になかった。



 彼女の名は姫宮涼花ひめみやすずか

 彼女とは物心ついた頃には一緒に遊んでいた仲、いわゆる幼馴染というやつ。そして、初恋の相手で、かつての俺にとっては、となる女の子なのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る