第7話 彼女の涙


 翌日は入学式があり、前世の時は全く知らなかったけど、今年、同じ中学に瑠美が入学してきたはず。


 小学校は別の校区だったから知らなかったわけだけど、今は彼女の実家の場所もバッチリ分かる。


 けど、いきなり実家に押しかけて行って「将来俺達結婚するんだよ」なんて言えるわけがない。仮にそんなこと言ったら、単なるイタイ奴で終わってしまう。


 さて、どうするか。


 1週間くらいは何も行動を起こすことなく、この時代を懐かしく感じながら、俺は日々過ごしていた。


 でもこのまま何もしないという選択肢はありえない。何もしないなんて、何のためにまた中学からやり直してるのか意味不明。

 かと言って、どう動けばいいのかのさじ加減が難しい。


 特に用もないのに、新入生のクラスに入って行く度胸もないし、同じように、用もないのに瑠美の実家の辺りをうろつくのも、それは不審者認定ものだ。


 それでも、もうそろそろ4月も末に差し掛かり、ゴールデンウィークが目前となったある日、その機会は訪れた。




 うちの中学は部活動に全員参加なので、春は新入生が学校生活にもある程度慣れてきたこの時期、そう、ゴールデンウィーク明けから本格的に活動を始める。


 そしてその連休前には、上級生が1年生のクラスを回って勧誘する、というのがお決まりになっていた。


 この機会を逃す手はない。



 その勧誘に俺は名乗りを上げ、林と涼花の三人で各クラスを回ることになった。


 そして二日目、ついに見つけた。


 真新しいセーラー服に身を包む、黒髪のショートカットの女の子。幼さの残る感じだが間違いない。瑠美だ。

 中学生、しかもまだ入学したばかりの、初々しい彼女はやっぱり可愛かった。


 教室内で何人かに声を掛けた後、彼女の所へ向かう。すると、


「あれ?瑠美ちゃん」

「あ、奈緒ちゃんのお兄さん」


 おや?


「今、部活の勧誘で回ってるんだけど、入る部活もう決めた?」

「はい。私は吹奏楽に」

「そっか。残念だなあ。バスケ部なんだけど、まあ、気が向いたら見に来てみてよ」

「はい。また今度」


 ん?これは…いや、まさかな…


「えっと…林は、その…知り合いなのか?」

「ん?ああ、この子、妹の友達なんだ」

「そうなんだ…」

「おお、家もわりと近くで、奈緒とは昔から仲良いよ。な?」

「はい」

「そうなんだ…。あ、俺、林と同じバスケ部の東雲。よろしくね」

「はい。東雲先輩、よろしくお願いします」

「他の部活入るみたいだけど、見学とかいつでも出来るから」

「はい。機会があれば」


「じゃあね」と会話を終わらせ、その後何人かとも同じように話し、教室を後にする。



 でも、この時の俺は、どうしてもモヤモヤしたものが頭から離れなかった。


 それは…




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 あの日…その年の冬のクリスマス、俺と瑠美は部屋で二人で過ごしていた。


 その日はホワイトクリスマスってわけじゃなかったけど、二人で見た街のイルミネーションは凄く綺麗で、いつものように楽しく過ごし、その後そのまま俺の部屋に来てくれていた。


 狭いワンルームの部屋で、コタツに入って一緒にケーキを食べていたら、ふと会話が途切れ、暫しの沈黙。

 俺は「これはそういうタイミングかも…」なんて思って、隣に座っていた彼女の手に自分の手をそっと重ねる。

 少し驚いた様子だったけど、彼女もその空気を察したのか、頬を染め、上目遣いで俺を見つめてくれる。

 その瞳には緊張と期待、そして戸惑いのような感情が伺えた。

 見つめ合っていると、耳まで朱に染めた瑠美は、静かに目を閉じる。俺は触れていた彼女の手を握り直し、そっと彼女にキスした。


 その唇は温かく、そして柔らかくて、一緒にケーキを食べていたからなのか、甘く、俺は彼女とキス出来た嬉しさと、そして幸せな気持ちで一杯になっていた。


 ただ、なんとなく、瑠美が緊張しているのが伝わってきて、唇を離しそっと目を開けて彼女を見ると、瑠美はまだ目を閉じたまま少し震え、その頬には涙が流れていた…


(え…!…ど、どうして…)


 彼女を泣かせてしまった。

 瑠美はそんなつもりじゃなかったんだ。それなのに、俺の早とちりで彼女に辛い想いをさせてしまったんだ…!


 そう感じた俺は、直ぐさま「ごめん…!」と謝ってしまう。すると、


「ち、違うの…ごめんね…」

「え…でも…」

「本当に…私、嬉しいのに…うぅ…」

「瑠美…」




 唇を噛み締め、俯いてしまう瑠美。そしてその涙は、まだ止まることはなかった。





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