好売人

「あいあい、着きましたよーっと」


 それからしばらくして。

 俺の運転する車をシラユキのカフェに止めると、そう呟きつつ、扉を開ける。

 

 「……先輩の運転って意外と危なっかしいんですね」


 それは無論、こいつを連れてのドライブになった訳だが。

 流石に、命まで救われといて「お前に関係ない」と言えるほど俺も恩知らずでは無かった……ってちょっと待てよお前。


「嘘だろ?あれでもお前が居るから気を使ったんだぜ?」


「えっ!?あれで?」


「おう」


「先輩……いつか警察にしょっ引かれますよ?」


「むぅ……とはいってもなぁ。今更体に染みついたものは如何ともし難く……」


「それなら私が時間をかけて丁寧に教えてあげますから」


「……お前に教わるのもなんかやだな」


「何でですか!」


 そんなくだらない雑談も交えつつ、俺たちは地中に有る長い階段を下っていく。

 その一番下で、煌々と明かりを放っている扉を開けると……


 チリンチリーン


「……よぉ、今朝方ぶりだなこんにゃろう」


 いつも通り、カウンターの内側で豆を挽くシラユキの姿がそこにはあった。


「あら、お帰りなさい、真」


 何でもない様な顔しやがってコイツ……


「まぁ、そりゃいいんだよ。もう。ンで?ユキは?」


「武器庫。出てくるならもうすぐだと思うのだけど……あら、噂をすればなんとやら」


 シラユキがそう言った次の瞬間。

 

 シラユキの後ろのボトルラックをスーッと文字通りに透過して、ユキが現れた。


 出てきたユキは、その黒い布越しにこちらを視認すると……


「あぁ、もう来てたの。それじゃあ、作戦会議と行きましょうか」


 そう言って、ユキは二段分、他より窪んだソファと、テーブルのある床へ。

 そのまま進むと、テーブルを囲む3つのソファのうち、一人分のソファに腰を掛けた。


 それに続いて、俺は二人分のソファに寝転ぶと、最後に来たアイは必然的に余った一人分のソファに座った。

 うーん、落ち着く。


 そんな俺たちの様子を見渡してから、ユキはこう口を開いた。


「じゃあ先ず大前提として。今回の問題点は?」


 俺はそれにバッと片手を上げた。


「はい、真」


「はい、せんせー。今回の相手が第二の付加物アタッチメントとしか思えない様な動きをしていたことが問題です。」


  そんなふざけた返しに対して、真顔でうなずくと、ユキはこう言った。

 

「その通り。それでこっからが本題なのだけど。このことについては真たちが来る前にシラユキに聞いてたの。そしたら『まず間違いなく、最初は一つだった』って。」


 最初は一つだった?

 ってぇことは……


「なんだよ、後から付加物が増えることなんてあんのかよ」


 その疑問に対して飛んできたのは、ユキからの答えでなく、カウンターからの答えだった。


「答えは『NO』よ。真ちゃん。本来なら、どう間違っても二つなんて出来っこないの。」


 その声に顔を上げれば、カウンターの椅子で頬杖を突くシラユキの姿。

 それだけ見れば、とんでもなく絵になるのがこれまた腹立たしいのだが、それはそれとして。


「出来っこないってお前……現に出来てるから一旦帰って来たんじゃねぇか。」


 余分な苛立ちを飲み下しつつそう言うと、物憂げに溜息を吐くシラユキ。


「そう、それがアタシにとっても頭の痛い話では有るんだけど……何か出来ちゃったみたいなのよねぇ」


 えぇ……そんな「出来ちゃった」で済む話なのか?あれ。

 

「……なんか分かんねぇのかよ」


 そんな困惑半分、呆れ半分で俺は尋ねる。

 

 頭が痛いっていうくらいだし、流石に期待はしてないんだが……


「うーん、あくまで予想だけど、ある程度絞れてはいるのよ」


 んん!?


「だったら早く言えよ!」


 思わずそう叫ぶ俺。


 しかし、当の本人はチッチと、指を左右に振ると、冷静にこう続けるのだった。


「言ったでしょ、あくまで予測だって。こう言うのを話すのは、なるべく確定させてからよ」


 あぁ、なるほど……まぁ、言わんとすることは分からんでもないのだが……


「0と0.1じゃ大分違うと思うんだけどなぁ」


「?何です?0と0.1って」


 思わず呟いた一言に反応するアイ。

 

 まぁ、経験則だから大したことは言えないんだが……


 そう前置いて、俺はアイの疑問に答えた。


「真実の含有量だよ。どんな情報でも、真実が0.1でも有れば、そこから元につながるだろうが、0をいくら探っても出てくるのは0だけって話だ。」


「あぁ、なるほど。つまり、シラユキさんのスタイルだと無駄が少ないわけですね。」


「ん-、まぁ、そうなるのか?まぁ、その分時間はかかるんだろうが。反対に俺のだと無駄は多いし、いつ見つかるかもわからないし……あぁ、これはお互い様か」


 そんな突然始まった雑談を他所に、ユキはシラユキに確認を取っていた。

 

「シラユキが話したがらない理由は分かった。けれど、それは逆も言えるよね?」


 そういうと、シラユキこちらを向き、ニッと笑って……


「えぇ、勿論。分かってないことは言えないけど、確定的なことなら言えるわよ」


 ……んだよ、そもそも0.1の下りが要らなかったってオチかよ。



 

「んで?結局なんなんだよ、その分かってることってのは」


 そんな訳で、若干拗ねた様な声で俺はシラユキに尋ねる。

 そんな俺を見て、ますます笑みを深めつつ、シラユキは指を立ててこう言うのだった。


 一つ。


「今回手を加えたのは『好売人』で間違いないわね」


 その言葉にピクリと反応するユキ。


「……それは間違いなく?」


 そこから漏れた言葉に思わず俺はユキの方へ顔を向けた。


 そこには一見すると、普段と何も変わらない様なユキの無表情。

 いつも通り目を隠しているためその表情は読めないものの、命の危機を覚える程の威圧感がその無表情から放たれていた。 

 何が有ったかは知らないが、こんなユキは初めてだ。

 

「じゃなきゃ話してないわよ」


 俺が思わず唾を飲むほどの威圧を難なく受け流しつつ、シラユキはこう返す。

 

 ……コイツのクソ度胸は一体どこから来てんだ。


 内心ヒヤヒヤしながらその遣り取りを見守る俺たちを置いて、シラユキは次の指を宙に立てる。


 二つ。


「付け加えられた付加物はまだ根付いてはないわ。今回みたいに弱点さえ突けば、その隙に剥がせるわよ」


 いやいや、さらっと進んだが……


 チラリと目を遣れば、未だ放たれる殺気に戦線恐々としているアイに、さっきからピクリとも動かないユキ。

 

 明らかに、この現状をどうにかすることが先決だろ……というか、かくいう俺も恐ろしくて仕方ないのだ。

 このままじゃ、恐怖でろくに会話の内容すら頭に入ってこねぇ。

 なんとかしてくれよ、よくわからんがお前の言葉でああなったんだろ。


そういう意図を込めてシラユキに視線を送ると……


「あぁ、それもそうね」


 そう言って、ぱちんと指を鳴らす。


 その次の瞬間には先ほどまでの怖気がまるで初めから無かったかのように消え去っていた。

 ふと気になってアイに目をやれば、アイも同様なようで、不思議そうな顔でキョロキョロしていると、不意にこちらと目が合った。


「先輩……これは……」


「わからん。わからんが……シラユキが何かしてくれたらしい。」


 その言葉とともにシラユキを見れば、したり顔でこちらを眺めるシラユキの姿。


「あら、そこまで理解してるのね。だったら……わかるでしょ?」


「貸し1……だろ?」


「そゆこと~♪」


 ……やっぱ俺、コイツ嫌いだ。


 内心そうぼやきつつも、俺は改めてシラユキに尋ねた。


「んで?お前、さっきなんて言ってた?」


「え?さっきって言うのは二つ目かしら?」


「おう、聞き間違いじゃなきゃ、お前、『今回みたいに』弱点を突けばとか言ったよな?俺、アイツの弱点なんか露にも知らないんだが」


 そう言うと、あぁ。と合点が行ったように頷き、シラユキはこう言った。


 「あぁ、そうね。真ちゃんは知らないんだった。私が話しても良いんだけど……」


 そう言って、ちらりと、横に視線を遣るシラユキ。

 突然投げかけられたその視線を浴び、コクリと頷くと、アイはこう言ったのだった。


「はい、私が話しますね。先輩が取り込まれた後に何が有ったか

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