悪意
「あぁー、っかし、いってぇなぁ!これ!」
そう呻くと同時に蠢きだす肉塊。
それは少し動いて止まったかと思うと……
ぺっ
そんな音を立てて、身体に埋まった銃弾を吐き出した。
「あー……うん。これでやっとスッキリだ」
んで……と。
そう続けて悪魔は嗤う。
「なんでバレたんだ?」
頭と思われる部位を傾げて、如何にも不思議そうに。
……いちいち答えてやる義理も無いとは思うが……
「……嘘ついたら分かんだよ、俺は」
後の交渉を考えれば、多少は好感を持ってくれた方が好ましいだろう。
そんな下心を元に、俺はまともに答えた。
「ほーん、なるほどなぁ。人間ってのはそうなのか」
んじゃ……と、そう悪魔は続けると……
「……」
無言でこちらへ右腕を振るう。
それに一番速く対応したのはユキだった。
素早く腕の通過地点へ滑り込み、腕だけをバネに、比較的脆い間接部を両足で蹴りあげる。
「とわっ!」
そこで大きく弾かれた悪魔を見て、俺は再び連射を開始した。
狙いは左足。
こんなアンバランスを極めた様なデザインなのだ。
ただでさえ姿勢を崩してる今、もう一押しさえしてやれば……
「ぐえっ!」
ずでーんと。
そう派手な効果音を立てんばかりに奴はスッ転んだ。
そらきた、チャンスタイムだ。
「今だ!行けッユキ!」
「ッ!」
返事をする間をも惜しんで飛び出したユキだったが、そこは流石悪魔。
いつまでも一方的にやられる訳ではなかった。
「こーなクソ!うっとぉしいんじゃい!」
そんなハエを払う様なセリフとは裏腹に、飛び出してきたのは頭部大の火球と赤い光だった。
サイズ感から見て、今回の聞き込みに有った溶けたアスファルトは、やはりコイツによる物と思ってまず間違いないだろう。
つまるところ、アスファルトを溶かす程の熱を持つあれの温度は推定100℃以上。
人間が触れれば大やけど必至の高エネルギー体だ。
だが、そんな高エネルギー体も所詮は嘘。
この世に存在せざる『嘘』なのだ。
要するに……
嘘を拒む俺の眼の前においては、今更一つの嘘なぞ文字通り無いに等しいのだった。
「ぐっ!……」
火球を視界に入れた途端に激しく脈打ち始める両目。
脳を内側から揺さぶるほどのその脈動は、不自然に加速と減衰を繰り返し……
パキィィン
そう甲高い音を立て、火球はまるでガラス細工の様に崩れ去る。
それを見て、一段とユキは速度を上げた。
そのユキのナイフが今、まさにその首もとへ届こうといった瞬間……
「はぁ!?ったくもー、これだから人間……“は!!」
聞いたことの無い発音と,「は」が重なると同時に奴の身体が大きく爆ぜた。
咄嗟に視界を腕で防ぐ。
「ぐっ……おいユキ!無事か!?」
「……なんとか。」
視界が開け、咄嗟にユキを探せば、かなり遠くに怪我一つ無いが、いつの間にか布を外したユキの姿。
おそらく、自分で後ろへ跳んで最低限威力は殺した上で、爆風に飛ばされたのだろう。
まさに攻撃しようと言う瞬間にそこまで気が回るとは……流石の身体能力と戦闘センスだ。
まぁ、それより今は……
「奴は?」
「わからない。でも気を付けて、間違いなくまだ居る」
「了解」
そう答えて、辺りを見渡していた瞬間だった。
突如疼く俺の両目。
これは……
「ユキ!上だ!」
「上?ッ!?」
ユキがチラリと上を見た瞬間、大慌てでその場から距離を取った。
その視線の先には、倍程に体積の膨らんだ奴の姿。
それが真っ直ぐに此方へ向かって落ちてきているのだ。
それはそのまま落ちて……落ちて……地に落ちた瞬間……
バイーン
そう音を立てんばかりに跳ね上がった。
「はぁ~!?」
思わずそう叫ぶ。
いや、しょうがねぇだろ!
なんであの身体で弾むんだ!
あの挙動が許されるのはスーパーボール位のモンだろ!
どうなってんだ!あの身体!
内心そう叫ぶが、どうやらそんなことを言っている場合ではないらしい。
そのままやつを注視していると、何か空中でおかしな挙動を始めたのだ。
暗い中、目を凝らし、よく見てみると……
「……なんだ?アイツ……回転してんのか?」
少し低くなった高度で奴が行っているのは空中での回転だったのだ。
だが少し考えてもみてほしい。
確かに球技においてカーブや着地後の進路の変更など、回転が重要となるのはどんな素人でも知るところだろう。
だがあれは卓越した投手の技量やあのボールの小ささだからこそ成り立つのだ。
それがあんなに大きくなってしまえば、カーブはおろか、着地後の進路変更もままならないのではないだろうか。
つまるところ、ろくな力点すらない今のやつはにできることは弾むことだけだということだ。
無論、潰されればひとたまりもないが、そこはまあ、何とかするしかないだろう。
そうと分かれば一先ずユキと合流しよう。
なにをするにせよ先ずはそこからだ。
そう考えながら俺がユキの元への第一歩を踏み出した時だった。
「真!避けて!」
そう叫ぶユキの声を聴いて、俺は反射で後ろへと飛び込んだ。
その次の瞬間……
ドゴォ!
そんなすさまじい音を立て、俺の背後で何か丸い物が跳ね上がったのだった。
慌てて立ち上がり、跳ね上がったであろう方向へ顔を向けると、そこには案の定というべきか。
再び空中で回転を加えている奴の姿が……っておい!おかしいだろ!
何で魔力も使わずに加速してんだ!
「おいユキ!あいつの
そう八つ当たりのように叫ぶが、ユキにしては珍しく、どこか焦った様子で分かり切ったことを聞いてきた。
「わからない!魔法は⁉」
「違う!発動してたら言うに決まってんだろ!」
「じゃあ何が……来る!」
そう叫ぶユキの声を合図に、俺は素早く辺りの壁に身を潜めた。
その次の瞬間……
ドゴォ!
そうして新たな破壊痕を作りつつ、跳ね上がる肉塊。
おのれぇ……一体誰が金払うと思ってんだ!
そんな苛立ちを元に、手元の銃を撃つが、サイレンサーの乾いた音が響くばかり。
この距離じゃ、当たったかどうかを判断することすら厳しかった。
ッ……
ぷぅー……よし。
一旦……一旦落ち着くとしよう。
とにかく奴の急加速の謎を理解する。
話はそれからだ。
そう切り替えて俺は考える。
まず?
そもそも付加物ってのは体が変異するまでのストレスから身を守るために身体が作った新たな部位だ。
今回の「心武装」だと、文字通りに心を守るための
シラユキの書いた
……しょうがねぇ。あいつを信じるようで癪だが、この際合っているものとして考えてみるとしよう。
だとすれば残る可能性は……
「真!」
何度目かも忘れた叫び声に思考の海から引きずり出された。
咄嗟に顔を上げた俺の視界に広がっていたのは……
落下しながら、こちらを今まさに覆いつくさんとする溶けた液状の肉塊だった。
そこから一言も発する猶予もなく、俺は嘘解の頭痛とともにソレに飲み込まれた。
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