対面
さてさて、何事もなく着いたは良いが……
「どーすっかなぁ、これ。」
ユキの開いた地図アプリを覗き込みながら、呟く。
地形的には、一見すると只の住宅街なんだが……畑が多いのだ。
奴ら悪魔の特性として、人の密集するところを嫌うという物が有るのだが、今回のターゲットは、その発生理由から鑑みて、他よりその傾向が強い事が予想される。
それ故、人の多い住宅街ならある程度、捜索範囲を絞れた筈なのだが……
「こうも無人地帯が多いとなぁ……」
こうなってしまえばあちこちを彷徨ってみるしか探す手立てが無くなってしまうのだった。
はぁー、めんどくさい……
「こればっかりはしょうがない。地道にしていくしかないよ」
そんな俺の内心を感じ取ったのか、ユキはそう呟きつつ、スマホを胸の内ポケットに突っ込んだ。
……ユキはあっさりとこう言うが、正直これは努力や根性でカバーできる問題じゃ無いと思う。
楽出来る時に楽をしなければ来るべき対面の瞬間に全力を出せないなんてこともあり得るかもしれないのだ。
そんなわけで俺は一つの案をユキに提案してみることにした。
「なぁ、二手に別れるってのはダメなのか?流石にこの範囲を二人で歩き回ってちゃキリが無いだろ」
が……
「止めておこう。真の考えも分かるけど、それは各個撃破される可能性が高い。それに……忘れたの?」
小指で顔を覆う布を下げ、黄色い瞳を覗かせながら、ユキはこう続ける。
「真は「瞳」で、私は「牙」。どちらが欠けても悪魔は倒せない」
「……そうだな、分かった。大人しく安牌を取るとしよう。」
「わかってくれて嬉しい」
正直……まだ完全に同意したわけではない。
未だ二手に別れるべきだとは思うが、ユキにはっきりと反論出来ない以上、自分の意見を無理に押し通す訳にも行かないだろう。
それに何より、ユキの言った二つ目の理由が大きかった。
俺が感知し、ユキが殺す。
今まで繰り返してきたこのフォーメーションを敢えて崩すと言うのが良く良く考えれば恐ろしく思えたのだった。
そんなわけで俺の示した懸念点は未だ残ったままなのだが……今はユキに言い負かされた身だ。
今ばっかりはあっさりとターゲットが見つかることを祈るとしよう。
「はぁ……」
それからしばらくして。
「暇だねぇ……」
辺り一帯ブラブラと。
キョロキョロ辺りを見回しながら、俺は欠伸を一つ、噛み殺した。
「もう少し気を張って。いつ何が来るか分からないのは真も良く知ってるでしょ?」
そんな俺を見かねたユキの指摘が飛んでくる。
俺としても十分そういう類いの危険性については重々理解しているつもりでは有るのだが……
「あまり気を張りすぎても余計に気疲れするだけだろ。休憩は適度に入れてかねぇと。」
「真の場合はメリハリが無いから言ってるの。一度休憩入れたらまたスイッチ入るまでしばらく掛かるでしょ」
「的確に弱点抉ってきやがって……」
そんな感じに何気ないユキとの会話を楽しんでいると……
「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
閑静な夜に響く一つの悲鳴。
「……おい」
「うん」
それを聞いた俺達は軽く目を合わせて走り出した。
それから少しして。
走り出した所から、そう離れて無い場所で俺達は足を止めた。
「どう?」
「……いや、ダメだ。全然感知しねぇ。もうちょい高所があればワンチャン有るんだが……」
その時だった。
「そ、そこのアンタ!た、助けてくれ!!」
住宅街の路地から飛び出してきた男が、すがり付かんばかりの勢いで此方へ滑り込んできたのだった。
ざっと目を走らせる。
全体的に大きな傷は無し。
整えた髪にピシッとアイロンの決まったスーツ。
だが、そんな整った服とは裏腹に、着ている当の本人はひどくやつれ、その瞳は恐怖にくすんでいた。
順当に判断すれば保護すべき対象だろう。
だが……
「フリーズ」
俺は腰から抜いた拳銃で素早く相手を牽制した。
「なっ!何を考えてるんだキミは!」
「うるせぇよ、少し黙ってろ」
……とは言ってみたものの、相手の戸惑いは尤もだろう。
なんせ命からがら逃げてきたであろう直後にいきなり銃を突きつけられたのだ。
まっとうな人間なら、人間不信になってもなんらおかしくはない。
だが、俺の方にも相応の理由が有る。
と言うのも、俺の眼が頭痛を以て囁くのだ。
「この男は嘘を纏っている」と。
「この人は?」
腰に手を伸ばしながらユキは尋ねる。
「……まだ分からねぇ。魔力を帯びてるだけか、はたまた何かが嘘なのか。分からねぇからそれで一先ず止めた。」
「分かった」
そう言うが早いか、ユキは滑るように男に近付き足を掛ける。
「ぐわっ!」
その後、瞬く間に組み敷かれた男を見て銃を下げた。
……ここまでしろとは言ってないんだがなぁ。
「な、何を考えてるんだキミ達は!!は、早く逃げな……」
そう言って精一杯暴れる男にユキはナイフを首元に滑り込ませた。
「何が有ったか説明して」
「ま、先ずはこのナイフを外せ!話すだけだろ!何でこんな……」
「要求出来る立場に有ると思ってるの?」
囁く様にユキは言う
「貴方が見た物は悪意の権化、他人を洗脳する位のことなら軽くこなす。つまり今の貴方はグレーなの。だけど私達は基本的に奴らを殺す為の組織。人を進んで殺したくはない。だから貴方は自分の潔白を示す為に、貴方が見たものを正直に話せば良い。」
ユキがそこまで言うと、男は喉を鳴らして、ポツポツと語り始めた。
男の話に依れば、飲みに行った帰り。
フラッと入り込んだ路地裏に奴は居たらしい。
胴も頭部の境目も無い程丸く、醜く膨らんだ肉に、容易く人を殺し得るほど巨大な右手。
それを見て直ぐ様、踵を返して路地を飛び出したそうだ。
んで、悲鳴を上げて、飛び出した先に俺達が居た……と。
なるほど。
「ユキ」
「何?」
「離してやってくれ」
「分かった。」
ユキは俺の言葉に従い、ナイフを外して立ち上がり、男を助け起こしてくれた。
「……もう良いのか?」
「あぁ、もう十分だ。」
「良く分からないが……アンタ等はアイツみたいな奴を殺す為の組織なんだろ?だったら俺が連れていくから奴を殺してくれないか?」
「元よりそのつもりだ。案内は頼んだ。」
「あぁ、じゃあ……こっちだ。付いてきてく……」
パシュン
男が背を向けた次の瞬間だった。
閑静な夜に響く渇いたサイレンサーの音。
ドシャッ
その後倒れた身体の頭部に銃弾を撃ち込む
二発、四発、六発、……十二発
そこまで撃った所でリロード。
再び撃とうと構えたところで……
「ってぇなぁ!」
目の前を肉の塊が通りすぎた。
咄嗟に身体を引っ込め、再び構え直す。
「バカみたいにバカスカ撃ちやがって!!俺の頭はリンゴじゃねぇんだぞ!!」
そう叫ぶ男の身体は、丸く、醜く膨れ、その中でも特に肥大した右腕は軽く人間を握り潰さんばかりの物だった。
……どうやらここばっかりは証言通りだったらしい。
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