思わぬ敵

「ん……」


 微かに感じた車内の揺れで目を覚ます。


 窓の外に目を遣れば、夕暮れ時の終わり時。

 真っ赤な太陽の端が、今まさに地平線へと沈もうとしている所だった。

 これで人間を守る自然のヴェールは消え去り、奴らの時間がやってくる。

 それはつまるところ……


「行くかぁ……」


 俺たちの仕事の時間だ。


 内心めんどくせぇなぁとか思いながらもドアを開く。

 すると、いつも通り先に起きてたユキが既に武装しているらしく、車の後方からガサガサと音がするのだが……何か変だ。


「ぇー、……か。」


「ん、……は……無い」


 微かにでは有るが、誰かと会話しているらしいのだ。

 電話って線もありえなくは無いが……実はユキ、かなりプライベートを人に知られることを嫌う性質の様で、手がつけられない様な時でもスピーカーで電話してるところなんて見たことが無い。

 それ故、会話している相手はこの場に居るので間違いないとは思うのだがいったい誰が……って、ちょっと待った。

 一人居るぞ、心当たり。


 ふと思い至った心当たりに嫌な予感を抱えながら俺も後ろに近付くと……


「それでですね~……あ!真先輩!おはようございます!ほら、先輩の武装も用意出来てますよ!」


 ……ほら、案の定だよ。

 はぁ~……ってか待てよ。


「……ユキ?お前なんで一般人置いてんだよ」


 そうだよ、なんで今から仕事ってときに一般人とまったり会話してんだ。

 なるべく痕跡を残さないのが俺らのモットーなんだから余計な接触なんて無いに越したことは無いだろ。


 そんな意を込めてユキに問いかけると……


「あれ?言ってなかったっけ。これ、今回の依頼主」


「……は?」


「だから……」


「私が先輩方に依頼しました!」


「はぁ!!?」


 ユキの言葉を引き継いで続けた愛犬の言葉に思わず叫ぶ。


「い、依頼って……じゃあなんだ!?お前が被害に遭ったってか?」


「あ、いえ私は見かけただけです。でも先輩方がこう言う仕事をしてるっていうのは知ってたので……」


「はぁ!?」


 再び叫ぶ。


 ……頭痛が走る頭を抱えつつ説明させて頂くと……先ず前提から話すのなら、俺が働いている会社は当然、副業は禁止。

 それ故、俺もユキも決して悟られない様に努めて振る舞ってきたのだが……


「……そんなに分かりやすかったか?俺らの振る舞い」


「あ、いえ、決してそんなことは無いですよ。きっと私以外誰も知らないと思います」


「……じゃあなんでお前は知ってんだ」


「そりゃあ、そこは私ですから。後輩たるもの、頑張ってる先輩のサポートをしない訳には行きません!そのための情報として、住所や食の好み、どんなプライベートをお過ごしになられているかまで、盗聴してでもしっかり調べ上げておきました!」


「…………」


 ……絶句……絶句である。

 前々からトチ狂った奴だとは思ってきたが……まさかこれ程とは。


「……そっかぁ」


 我ながら無意識にそんな言葉を漏らしながらコートと武器を愛犬……もといアイから受けとると、俺は再び助手席へ腰を下ろした。


 今日の仕事……ぜってぇめんどくさいじゃん。

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