その後も車を走らせること約10分。


「着いた」


俺達はとある住宅街の一角に居た。


「ここが目撃者の居た場所で良いのか?」


「うん、目撃者は24歳男性で発見時刻は午前1時頃。残業帰りでお酒も飲んでなかったそうだからかなり信憑性は高いと思う。」


「『飲んでない』つったって………それ自己申告だろ?」


「……そこまで疑ってたらずっと見つけられない」


「ははは、そりゃそうだ」


 そう気軽に会話する俺達の間に、既に車内の雰囲気はまるでなかったかのように消えていた。


 お互いこういう奴なのだ。

 良い意味でも。悪い意味でも。









「ん?そういやさ、その目撃者ってのはソイツが何してるところを見たんだ?」


 それからしばらくして。

 車を近くの一時間以上千円で頭打ちという(多分?)良心的な駐車場に停め、車から降りた俺は、ふと気になったことを武装準備中のユキに尋ねてみることにした。


 まだ初めて半年くらいのこの仕事だが、毎度この時間は暇なんだよなぁ。


「えーと、ただ立ってただけみたい」


 そんな下らない動機なのを知ってか知らずにか。

 作業の片手間でこそ有ったものの、書類を確認しながらユキはそう話してくれた。


 「自分で見ろ」とか言ってこない辺り、冷たいようで存外人が良いんだよなぁ……


 そう思った事はおくびにも出さないようにしつつ俺はユキに答えた。


「ほぉ?ただ立ってただけ?」


「うん、そう。ただし血塗れで」


「おぉう、それは何と言うか……御愁傷様です」


 只でさえ残業でメンタルすり減らした所にsan値削る様な血塗れの化け物と遭遇とか……ホントに御愁傷様です……って、あれ?


「それっておかしくないか?」


 丁度その様子を想像していた俺は思わずそう尋ねた。


「おかしいって……何が?」


「いや、深夜で人目も無い上、残業終わりで疲れていたであろう人間をアイツらが襲わないことなんてあんのかなーって。気付いてないなんてことはあり得ないし……見逃すなんて理由も発想も無いだろ、アイツら」


「あぁ、なるほど」


 そう言ってユキはこう続けた。


「真は奴らがなぜ人間を襲うのか知ってる?」


「は?い、いや……正直考えたことも無かったが……」


 真っ直ぐ見つめてくるユキの瞳に一瞬どもる。

 なんと言うか……言外に「そんなことも知らずに殺してきたのか」的な圧力を感じた気がしたのだ。


「そっか。だったら良い機会なんじゃない?自分で考えると良いよ。ヒントとしては……動物とそんなに変わらない」


「動物と変わらないぃ?……うーん」


 ……実際には、そんな意図は無かった様なので、未だ不意を突かれて上がった心拍数を下げるため、なんでもないかのよう、おうむ返しにして俺は唸った。


 さて、ここは気を取り直して考えるには考えるが……大分ムズいだろ、これ。


 えーと?動物と変わらない?

 だったら動物が人間を襲う理由についてから考えた方が良いのか?

 それなら多少は分かるが……コホン。


 先ず大前提として、人間含め、動物ってのは基本的に臆病であるらしい。

 だから野良犬しかり、野良猫しかり。

 人に慣れていない動物は人間という名の「未知」を恐れ、威嚇することで近付けまいとする。

 それはあの熊ですらだ。

 だから熊の居る山に登る登山家は皆、熊鈴を着け「未知」として自らの存在を示すのだが、何事にも絶対は無いし、例外が有るのがこの世の常。

 そんな臆病な動物でも攻撃的になる時期と言うものは存在するのだ。

 例えば、寄生虫含め、病に伏せった時。

 例えば、子を孕んだ時や、幼子を連れているとき。

 これらの状態の時、動物は我が身を捨ててでも子を救ったり、自らの弱みを握られまいと異常に攻撃的になる。


 だが、それはあくまで一時的……というか不定期な物。

 免疫が万全な上で運が良ければ病になんて掛からないし、運が悪ければ雄に出会えない雌も居る。


 今回出された問題は、何故奴らが人間を襲うのか。

 加えて俺の経験上、奴らが人間を襲うのはひどくまばらで高頻度だ。

 そんな奴らが病気や、産気立って襲って来ているとは考えにくい。

 なれば答えは三つ目の選択肢。

 生きていれば高頻度で訪れる物で、攻撃的になる現象に他ならない。

 つまり……


「空腹?」


「その通り」


 頭をうんうん捻って出した答えはなんてこともなくあっさりと肯定された。


 いやまぁ、クイズ番組でもねぇんだから盛り上げる必要なんてねぇんだけど……もちっと誉めてくれても良いんでねぇの?


「アイツらは空腹を満たす為に人を襲うの」


「ふーん……ってちょっと待てよ。アイツらいったい何を食うんだ?被害者の遺体とか見たこと有るけど食われた形跡なんか無かったろ」


「あぁ、それは……ううん、勿体振る話でも無いか。魂だよ、魂。」


「へぇ、魂ってホントに有るんだな」


「……驚かないの?」


 少し目を開き、意外そうにユキは言う。


 はぁー……やっぱ、ここんとこの感覚は分かってねぇんだよなぁ、コイツ。


「そりゃそうだろうがよ、お前よぉ。驚くってんなら『悪魔』だとか『魔術』とかが実在するって知ったあの日にゃ俺のビックリメーターは振り切れてんだよ」


 そう、あの日。

 俺の中の常識が音を立てて崩れ去ったあの日。

 俺は恐れ、そして驚いたのだった。

 常ならぬ力の持ち主に。

 けれど、それと同時に喜んだ。

 これなら……この力なら、俺の夢も叶うかもしれないと。

 そう思ってこの組織に入ったのだが………


「なぁ、ユキ」


「ん?」


「お前はどう思う?奴らの魔術で人は生き返ると思うか?」


「……厳しい……と思う」


「だよなぁ」


 現状、その夢が実現する確率は限りなく低いようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る