束の間の休息
「おわっ!」
そこで目が覚め跳ね起きた。
慌てて辺りを見回すと、直ぐ脇に低いテーブル。
それを乗り越えた先に有る46インチの大型テレビ。
それらを四角く囲むように二段低く作られた段差。
そして____
「ふぁーあ………まだ直してねぇのかよこの段差。只でさえ客が少ないってのに年寄り層にアピールしとかないと直に潰れるぞ」
「あら、開口一番それかしら。急に倒れたアンタをそのソファに寝かせて毛布まで掛けてやったのに?」
その段差の向こうにあるカウンター。
その内側に立つ明らかに不健康そうな、顔の良い色白長身黒髪ポニテ。
名を白州 雪と言う。
………とまぁ、名前といい、口調といい、特徴だけ並べたなら、いかにもって感じの美人に思えるコイツだが、1つ。
俺からすれば、致命的な欠点がある。
実はコイツ……男なのだ。
男……そう、男。
俺と同じ存在。
その癖、俺より『美しい』
あの時、美に魅入られて以来価値観が変わってしまった俺からすると、その事実に思うところが無いと言えば嘘になるが……
俺にはどうしようもないことだし………まぁ慣れた。
「あぁ、そりゃどーも。………ってかやっぱ倒れたじゃねぇかユキの野郎。なーにが『人間3日は寝なくても大丈夫』だよ無事倒れたわ」
かといって仲良く出来るかと言えば、そうでもないのだが。
そんなわけで、シラユキへの礼を雑に返しつつ、俺は立ち上がって伸びをした。
「あ、やっぱりユキちゃんに連れ回されてたの?」
そう尋ねつつ、コーヒーを注ぎ始めるシラユキ。
因みに現在時刻午前5時。
開店前だ。
そんな時間にも関わらず看病してくれたシラユキには実は感謝していたりする。
……まぁ、口が裂けても口にはしないが......
「おう、まさしく三日三晩あちこちへ……寝ずにな。」
「あぁなるほど。それで店のドアに倒れる様にして入ってきたのね……御愁傷様。」
「御愁傷様じゃねぇよお前なぁ………大体、お前があいつに情報渡さなかったら俺も振り回されること無かったろ」
「うーん……それを言われると弱いのだけれど……っと、ほらコーヒー出来たわよ」
そう言いつつ、コン と軽い音と共にカウンターにマグカップが置かれる。
それに俺は眉をひそめた。
「あ?それ俺のかよ……ってかなんでコーヒーなんだ。やっとできた休憩だってのにお前まで俺の安眠妨害でもしようってのか?」
「いやいや、まさかそんなことは無いわよ。でもほら………」
そういってシラユキは耳に手を当て、耳を澄ますようなジェスチャーをした。
真似して静かにしてみる。
「?何も聞こえねぇじゃねぇか」
「シッ」
口元に指を当て、窘められた。
なんなんだよもう。
内心そうぼやきつつ、傾聴を再開する。
すると……
………ツーン カツーン
それから、そんな音が聞こえるまでに2秒も掛からなかった。
「…………おい、これって」
「……まぁそういうことでしょうね」
「おいおいおい!うっそだろアイツ!まだ十分も休んでねぇぞ!」
「睡眠時間も入れたら10時間位だけどね」
「それは人間の取るべき最低限の休息だからノーカンだ!ノーカン!!こちとら三徹だぞ!」
そんな俺の悲痛な叫びを嘲笑うように段々大きくなるヒールの音。
「と、取り敢えず俺隠れるから!バラすんじゃねぇぞ!」
そう言うが早いか、俺はカウンターを乗り越え、その陰へと飛び込んだ。
それと同時に____
チリンチリーン
「おはようシラユキ」
「あら、お早うユキちゃん」
「…………」
「ん?どうかした?」
「……なんでもない」
「ふぅん?変な娘」
「知ってる………ところで真は?」
「あぁ、あの子。さっきまでそのソファで寝てたけどもう居ないわよ」
「ホント?」
「えぇ、ホントよ」
「わかった、どうもありがとう」
「いーえ、どういたしまして」
「………じゃ、行こうか」
「ぐえっ!!」
突然引っ張られた襟元に喉を絞められ、思わず見上げると、襟を掴んだ手の主であるところのユキの無表情がカウンターから飛び出ていた。
「なっなんで!」
「手話」
手話……つまりは「話」
話で有る以上、相手は必ず必要な訳で……
「おぉい!裏切り者!テメー許さねぇからな!」
ユキに担ぎ上げられながらも精一杯の負け惜しみを口にするがそれはまるで聞こえないかのように話は進んでいく。
「じゃ、ありがとう シラユキ」
「はいはーい けど、たまには休ませてあげてね?あんまり無茶ばっかりしてもさせても壊れちゃうわよ」
「ん……じゃあ、今回の件が終わった一週間位は一人でする。」
「……無茶してもさせてもって言ったはずだけど?」
「私は大丈夫」
それだけ言うと、カツカツと音を立て、ユキは出口へと向かった。
チリンチリーン
ドアが閉まる隙間にやれやれと大袈裟に肩をすくめ、コーヒーを飲む裏切者を見た。
お前それ俺のじゃなかったのかよ。
「…………おい、そろそろ下ろせよ」
少し長めの階段(そういえばあそこの段差以前にお年寄りお断りになっていた)を上りきったユキに俺はそう声を掛けた。
ん。 と、
いつもの様にそう言ってユキは俺を下ろす。
「はぁー なんでこんなに働かなきゃならんのだ。こちとらちゃんと税も納めてんだぞ。働け警察。なぁ、そうは思わんかねユキさんや」
頭に手をやり、ガシガシとする俺を一瞥すると、ユキはカツカツと歩き始めた。
「車はこっち」
………どうやらこの現状に不満は無いらしい。
そんなユキについてしばらく進むと、コンビニに置いてある黒のセダンが目に入った。
この仕事を始める前より持っているらしいユキの愛車だ。
「どうぞ」
そんな車の鍵を開け、助手席を薦めるユキ。
俺はそれにしたがってユキの隣に乗り込んだ。
「んで? 今回のターゲットは?」
「これ」
セダンのエンジンを掛けながら、一切目を遣ること無く片手でバックから数枚の書類を取り出し、それをこちらに寄越すユキ。
相変わらず無駄に器用だな。
内心そう呟きながら俺は書類を受け取り、ざっとそれに目を通した。
「えーと?なになに?『心武装』……別名ファイアウォールで
「良い例え……じゃなかった……もう少し下も読んでて」
「ん?なになに『対象は重度の人間恐怖症を患っているものと思われる。症状としては、強度の他害行為や、排他的な態度。それを正当防衛と言う自己認識の元、酷く高頻度に行っている』ねぇ……なんちゅー迷惑な。人間の時に会うことが無くて良かったよ」
「そう……かも」
「ん?なんだよ、珍しく煮え切らねぇ」
「まだ人間……かも」
その時、自分でも何故だか分からないが……本当に心に当たりも掠りもしなかったのだが、何故だかその言葉が無性に腹が立った。
「…………それじゃあアイツらは生きてても良いってのか?殺さ無くても良いって……そう言えるのか?」
「……そうは言って無い。アイツらは死ぬべきで、殺すべき。それは分かってる……でも……やっぱりいい、何でもない。きっと只の気の迷い。」
そんな俺の何故だか冷たくなった声色を受け、少し狼狽える様にして、ユキはそう返した。
その狼狽え様に、申し訳なく思って、謝ろうと思ったのだが………結局俺の重い口が開くことは無かった。
ったく、なにやってんだよ俺はよぉ………
がらんどうが何に怒るってんだ。
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