転生RPG世界に欠けてたのはBGMだった 奏でてみたら聴くだけで超絶効果が得られる支援ツールと判明したので、ゲーム知識と音楽の力でこの世界を救ってみようかと

カズサノスケ

第1話

「そうだ、このゲームの様な世界にはBGMが欠けていたんだっ!」


 この物語の主人公ルテットがそれに気付くまで、いわゆる転生で得たはずの新たな人生は何も始まっていなかったのかもしれない。子供の頃に遊んだ事のあるRPG世界に入り込み、ちょっとくすぶり続けてしまった者がようやく飛躍の足場を得た。それがBGMが欠けていた事に気付いた瞬間であった。



 俺は普通にこの世界に生まれ育った存在だと思っていた。これと言って取柄もなく消去法で選んだだけの戦士になり傭兵ギルドに登録、しょーもない依頼をこなしていくばかの小銭を得て生き永らえる。生きてしまっているからしがない毎日が続いてしまうのか?


 そんな事を考えながら暮らしていたある日。少々手に負えない魔物に当たって死にかけた……、幸いか、不幸かはわからないが通りすがりの者の助けが入り命を取り留めた。その時のショックでそもそも日本人だった記憶が甦った。


 そして、その記憶が教えてくれた。今俺が生きている世界は昔随分とやり込んだRPG『ファイナルクエストサーガ』とそっくりなのだと。きっと転生とかで入り込む事になってしまったんだろうな。ただ、そんなものを思い出したところで何かが変わったわけじゃなかった。


 ただ、記憶を取り戻す前に何回も耳にしていた噂話の類の感じ方がちょっと変わった気がする。それは、時折、遠くの町からやって来た冒険者が酒場で語る勇者アルトの活躍。


 勇者アルトは俺が暮らしているオルザノの町出身、傭兵ギルドの腕利き数名を引きつれてこの世界を闇に染めようとしている魔王打倒の旅に出ていた。時には幹部級の魔族を討ち取り、またある時には魔王軍に占拠されていた地域を解放といった活躍ぶりだ。


 そんな話を聞いて彼の故郷である町の人々は我が事の様に歓声をあげていた。記憶を取り戻す前の俺も控えめにではあるがその中の1人、憧れすら感じていた。でも今は違う。


 元々のゲームだったら勇者は俺の分身でしかなかったのにな……、その功績だって俺が立てる様なものなのだけどな……と嫉妬に近いものを感じる様になっていた。俺が操作する事で活躍出来ていたはずの勇者アルトだが今は俺無しで充分に活躍してしまっている現実に虚しさすら感じる。


 そして、記憶を取り戻してからもう1つ感じ方の変わった事があった。


「何だろう? やっぱり何かが物足りないんだよな〜〜」


 住んでいる町の中をいつも通りに歩いていた時、町の外へ出て目的地までてくてくと歩いていた時。ダンジョンへ潜り込んだ時。そして、魔物と遭遇して戦いになった時。どこへ行っても何をやっても感じる物足りなさ。


 その正体に気付く事なくしばらく時が過ぎ。ついに、それが解消される瞬間がやって来た。それは記憶が戻ってから初のレベルアップだった。体内にほんわりとエネルギーの様な物が漲ってきた時、ほぼ無意識に鼻歌を歌っていた。


「あっ! これだ、これが無かったんだ」


 とにかく嬉しい気持ちにしかならないレベルアップBGM。残りの獲得経験値を把握しながらレベリングしている時は達成感あふれる嬉しさ。ダンジョン探索なんかをしている時に不意に鳴ってくれたら幸運を噛みしめられる嬉しさ。しょーもない日々で猛烈に嬉しさを欲していたからこそ記憶の奥底から飛び出してきてくれたのかもしれない。


 今はこの世界に足りなかったものが『BGM』だと気付けた嬉しさに、改めてレベルアップBGMを鼻歌で添えていた。そうだ、この世界の冒険には至る所でBGMが寄り添っていてくれたはずなのだ。


 音楽の専門的な事はよくわからない。でも、陽気な感じがするからここは魔物に襲われる心配がないのだろうと思えた町のBGM、何となく用心深くさせられるダンジョンのBGM。そして、何だか腹の底から力が漲ってきた高揚感ありありのバトルBGM。


 それらが『ファイナルクエストサーガ』なはずであるこの世界にはなかったから物足りなさを感じていたわけだ。



 一度そんな事を考えてからしばらく経った頃。


 散歩の帰り道でゴブリン4体に遭遇した。まあ、ちょっと時間はかかりそうだが1人で充分に片付けられる程度なので剣を鞘走らせて先頭のヤツに斬りかかる。


「♪フフフッン ツッタラ ツッタラ」


 で、そう言えば丁度いい機会という感じで『ファイナルクエストサーガ』の通常戦闘BGMのメロディを鼻歌演奏していた。やっぱり何だか戦闘にほどよい緊張感が生まれるし、戦うぞっ!という気持ちが胸の奥で熱くなる。やっぱり略してFクエの戦闘はこうじゃなくっちゃ。


 ところが、浮かれている俺へ何かの警鐘だろうか?目の前のゴブリンは通常よりかなり素早い少々レアな個体だった。剣に合わせて絶妙なタイミングで盾を突き出して来た。むっ、これでは完全に防がれてしまう。


「グギャッ〜〜〜〜!!」


「へっ?ゴブリンが盾ごと真っ二つに縦割れしましたけど……」


 ところがいけてしまった。でも、こんな豪快過ぎる仕留め方は初めてなんですけど……。俺、そんなに腕力あったかな?ゲームの時にもたまに発生していた【渾身のブレイク】判定にでもなったのだろうか。通常の威力3倍攻撃、にしても俺のしょぼい実力を鑑みれば5倍でも納まらない様な……


 自分のやった事ではあるが予想外の事が起きてしまったせいで驚き過ぎた。その隙を衝いて残ったゴブリン3体が俺を取り囲む、顔に薄ら笑いを浮かべながら一斉に短剣を突き出してきた。正面と右側は何とかなりそうだが後ろは厳しいかっ!?


 正面のは盾を使って身体ごと押し返し、右側のは短剣をかわしつつ鳩尾の辺りに右腕の肘を入れて突き飛ばす。この2体はほんの軽くあしらう程度でいい。一番危険なのは後ろに回り込んだヤツ、一刻も早くそちらの対処をしたかったところだが。


 腰の少し上辺り、細くて鋭いものが当たった感じがした。嫌な感覚だ、この後はきっとそれがどんどん身体の中に入り込んで痛みを感じ始める。そして、そのまま押し込まれては短剣と言えど充分内臓に届く、終わった……。


 バキンっ!金属と金属がぶつかる甲高い音が響いた。更にカランっ!と音がして何かが地面に落ちた様子だ。振り返って足下を見ると根元から折れた短剣の刃が転がっていた。


「グギギギッ……」


 そして、俺を刺したゴブリンを見ると短剣を握っていた右手がなんだかおぞましい事に……、指全部ないし……。何か強い力で押し出されたかの様に肘の辺りから突き出た尺骨が腹に刺さって苦しそうだ。


「俺がやったと言うか。俺の身体に短剣があたった結果でこうなったんだよな?」


 装備しているのは獣皮の鎧、ただの衣服よりはマシだが鎧としては最低ランクな超普及品でしかない。それが短剣の刃を折るほど硬いなんてきいた事がない。


 取り敢えず残り3体の内1体はほぼ戦闘不能。しかも、俺の方から何か仕掛けたのではなく謎の自爆という幸運。さて、残る2体を仕留めにいこう。どちらも弾き飛ばした程度なので体勢を立て直したら向かってくるはず。


 素早く視線をあちらこちらに飛ばしてゴブリン2体の姿を探す。


「いや、きっと来ないかな……」


 軽くあしらっただけのはずの2体は既に。盾で押し返した方はすぐ側の大木に激突したようで……、しかも、何だかグチャグチャになっている様で……。ゴブリンだった原型はなくドロドロした感じは何と言えばいいだろうか。妙に緑色の樹液が幹を伝わって滴り落ちているかのよう……。


 肘打ちを入れてた方は随分と後退りした状態でその場に立っていた。肘を入れたのは人間なら鳩尾の辺りなのだが、そこにポッカりと大きな穴が開いていて向こうの景色が見える除き窓の様になっている。


 俺の実力と照らし合わせて少なくとも10数分間は渡り合うつもりでいたゴブリン4体だが、ほぼ一瞬で全滅させてしまったみたいだ。俺、一体どうしたんだろう?



 その日から何日間かが過ぎた。何回も魔物と戦ってみて気づいたのはこの前みたい妙に強くなっている時、そうでない時があった事。で、強くなった時に何か特別な事をやってないだろうか?と意識を凝らしてみてわかった。


「鼻歌だ。バトルBGMを流すと強くなる、のか?」


 ゲームの時に感じていた胸の奥底から湧いてくる勇気とか力みたいなもの。鼻歌BGMをやった時、それと同じ様な感覚があったかもしれない。この世界ではそれがハッキりと戦う力として付与されるという事か?


 そう言えば何かのインタビューで作曲を担当したウエスギノブイチが言ってたな。『全てのBGMは私から冒険に挑むプレイヤーへの贈り物、応援ソングです』と。まさしく、この世界では先生の想いが形になる。ウエスギノブイチ大先生様、ずっと呼び捨てだったけど今日からそう呼んで感謝だ。


 この世界は本来あったはずのBGMが欠けた世界。つまり、この世界に生きている人達は本来出せるはずの力を出せないまま生きている。人間を脅かす巨大な力に抗って戦っている人達もいる。俺はその欠けたものを取り戻す事が出来る、みたいだ。


 そう言えば、ここがFクエの世界だと気付いてからちょっと妙だなと思っていた事。ゲームの時だと何とか魔物達の侵攻に耐えていたはずの国がいくつか陥落していた。BGMが喪われている事により人間達が真の力を発揮出来ず持ち堪えられなかったという事だろうか?



 BGMの効果に気付いてから俺はそもそも存在したはずのあらゆるBGMを思い出す事に多くの時間を割いて過ごした。しがない戦士稼業はお休み、それだけの価値があるはず。


 そして、とてつもなく試してみたいものがあった。何か試したいプレイがある時、まずは安全策を採って最弱の魔物でやってみるのはプレイヤーの常識みたいなもの。今回はライトスライム君でいってみるとする。


「♪テケテケテー ドラリー ドラリロリロ~~」


 真のラスボス『混帝ケルヌンノス』の時にだけ流れる専用バトルBGM【光と闇の狭間にて】。序盤はおぞましい感じで始まるが途中から曲の流れをぶった切る様な勇壮なメロディが入り込む様になる。俺の解釈だと闇で覆われた世界をぶち破ろうと差し込んでは弾かれ、差し込んでは弾かれるが次第に輝きを増していく光を表しているんじゃないか?と。


「ぐっ……。だ、だめだ……、全部持っていかれたっ……」


 鼻歌を始めてから5秒も立たない内に全身からチカラが抜けていく感じがわかった。この感じは魔法力の消費だ。傭兵ギルドに入る際、自分の戦闘スタイルを確立していく参考とする為に調べたら大して容量のないのがわかった魔法力。それが一気に尽きた。


 そう言えば……。鼻歌BGMをやった後に戦うといつもより少しばかり疲れた感じがしていた。強化された身体で戦っているから少し負荷がかかり過ぎているのかな?程度に思っていたが違う。BGMを使うと魔法力を消費していたからだ。


 通常バトルBGMじゃなくラスボス戦BGMを使えば一気に化け物級の力を得られるかと思ったがそうもいかない様だ。全てを振り絞る最後の戦い専用とあって魔法力の消費量も半端ない。取り敢えず試してよかった、暫くは分相応に通常バトルBGMを使っていく事になりそうだ。


「ギュギュギュ~~!」


 しばらく俺の様子を伺っている様だったライトスライムが飛び掛かってきた。はいはい、君の存在を忘れたわけじゃないよ。君が実験相手に選ばれたのはこういう副作用的なものが起きてしまった場合に備えての事。


 ヘトヘトではあるがグーパンチ1発で撃墜。ブジュル、そんな音を残してライトスライムは潰れた。


「この潰れ方だといつも通りか。ほんのちょっとBGMのさわりをやったくらいじゃ強化効果は付かないって事かな」


 その検証も兼ねた一撃だったが結果はそういう事に。取り敢えず、当面の俺の目標はちゃんとラスボス戦BGMを奏でられるほどに魔法力を高めていくのに尽きる。



 BGMの使い方というものがわかり、少しは扱いに慣れた頃。俺は剣を置く事にした。新たな武器として選んだのはティンホイッスルという縦笛。BGMはただの鼻歌なんかよりちゃんと楽器で演奏した方が効果は高まるらしい。


 超高級なバイオリンとかピアノとかでやった方が更に高い効果を期待出来るかもしれないが色々と事情もある。まず、今の俺に高級な楽器を買うだけの金はない……。それに、幼少期からそれらを習う様な御上品育ち方をしていないから仮に手元にあっても演奏出来ない。あと、ピアノは持ち運べないから実戦的じゃない、とか。


 で、この世界に来る前の俺が何とか出来た楽器と言えば縦笛のリコーダー。義務教育、音楽の授業に感謝だ。お陰で上手か下手かは別としてティンホイッスルを演奏出来るまでになるのはそれなりに早かった。



 さて、俺はずっと通っていた傭兵ギルドの受付に来ていた。


「登録情報の変更手続きですね、職業はいかがなされますか?」


 受付のお姉さんはいつもの様にうつむいたままで紙の束をめくりながらそう尋ねてきた。クエストの依頼書やら魔物の討伐依頼、さっさと処理しなければ明日には更に厚みを増していそうな書類の山の相手をするのに忙しいらしい。


「魔奏士でお願いします」


「はい? まそうし?」


 思わず手を止めて顔を上げてズレ気味の眼鏡の位置を直しているお姉さんと初めて目が合った。


「聞いた事ありませんが、どういったものを得意とされるので?」


「俺が考えた全く新しい支援系の職業です。魔力を込めた音楽で冒険者をサポートするんです」


「はぁ? よっ、よくわかりませんがあなた様がそれでよければ、その『まそうし』とやらで登録させてもらいますね」


 こうして、俺だけの職業『魔奏士』はじめてみた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生RPG世界に欠けてたのはBGMだった 奏でてみたら聴くだけで超絶効果が得られる支援ツールと判明したので、ゲーム知識と音楽の力でこの世界を救ってみようかと カズサノスケ @oniwaban

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ