第2話 隣の席は転校生

ゴールデンウィークも終わり…けだるい空気の中、学校生活が再開した。

そして、海花のクラスには、新しい風が吹いた。

時期外れの転校生が二人、やってきたのだ。


名前は、天崎あまざき かい と 天崎 咲夜さくや


先生に紹介され、黒板の前に並んだ二人は、そろって自己紹介した。


「天崎 快です。」


とだけ言ってだんんまりを決めこんだ快に対して、咲夜の方は、


「天崎 咲夜です。快とは従弟同士で、一緒に暮らしています。みなさんに仲良くしてもらえたら嬉しいです。」


と言ってにっこり笑った。


快は肌の色が白く、やけに整った顔立ちで、目元は少し冷たい印象だ。それに対して咲夜は、たれ目で、大きい口の口角はいつも上向いていて、人当たりのいい雰囲気。二人とも背が高くすらっとしていて、転校生という事を除いても、ちょっと目立つ容姿をしている。

担任の仲間なかま先生(若い女の先生。少しおっちょこちょいだけど、優しいので海花は頼りにしている。)は、しばらくそんな二人をぼーっと見つめていたが、途中で我にかえったように言った。


「じゃあ、天崎君。えっと、天崎 咲夜君は廊下側の一番後ろの席に座って下さい。」


「はい。」


咲夜は、すっと後ろの席に向かった。クラスメイトの目が咲夜の後ろ姿に集中している。咲夜は席につくなり、隣の席の加藤さんに笑いかけた。


「よろしくね。」


「はい。こちらこそ、よろしくお願いします!」


そんな和やかな会話が交わされている。周りの女子たちが興味津々でその様子を見つめている。


「それから天崎 快くんは、窓際から3列目の、一番後ろの席に座って下さい。」


同じく、クラスメイトのざわめきの中を快が席に向かう。いや、こっちに向かってくる!?


ガタンッ


少し乱暴に椅子をひいて、快は海花の隣の席に座った。


(え、え、え~っ!!!)


海花は、突然の事に体が凍ったみたいに動けないでいた。


(どうしよう、どうしよう!私もまだ学校には不慣れなのに、転校生のお力になれるかしら…。)


海花は凍り付いた体のまま、顔だけを恐る恐る快の方に向けてみた。快は、右ひじを机について、その手のひらの上に顎をのせたまま黒板の方を面白くなさそうな顔で凝視している。


(咲夜君とはだいぶ違うのね…。もしかしたら緊張しているのかも。転校生なんだから、ここは、私から話しかけなきゃ!)


海花は、体中の勇気を振り絞って話しかけた。


「はじめまして。加里野かりの 海花です。よろしくお願いします!」


しかし…隣の席からは、何の反応もない。こちらを、ちらっと見る気配もない。


(あれ?私の声、聞こえなかったのかな?)


「あの、わからない事があったら、何でも聞いて下さい。」


海花はもう一度話しかけてみる。


「……。」


やはり、快は無言のまま。そこで、仲間先生が話し始めた。


「では、みなさん、転校生が早くクラスになじめるように協力して下さいね。ホームルームを終わります。」


続いて日直が大きな声で号令をかける。


「きりーっつ、れい。」


それを合図に、二人の転校生の周りには、わらわらとクラスメイトが集まってきた。

そうして海花の声が快に届くことはなかった…。


(私、早くも嫌われちゃったのかな。)


そんな海花の席に、まながやって来た。


「海花。あれ、大丈夫?」


まなはそう言って、隣の転校生の方に目線を送った。今では、生徒たちに囲まれてしまい、本体は見えない。


「まなちゃん。私、天崎君に嫌われちゃったかも。」


海花は、ちょっと泣きそうな顔で机につっぷした。まなはそんな海花の肩を軽くゆすぶりながら言った。


「は?何言ってんの。まだ何もしてないでしょ?」


「でも、話しかけたんだけど、無視されちゃって…。」


「え?何、それ?」


まなは、転校生のいるあたりを軽くにらんだ。


「それなら、放っておけばいいよ。海花が面倒みなくても、こーんなに、人がいるんだからさ。」


まなは笑いながら、海花に言った。


「海花は気にしすぎ!」


「…うん。」


海花はゆっくりと顔を上げると、気持ちを切り替えて、1時間目の英語の教科書とノートを机の中から引っ張り出した。


(もしかしたら、私の声が小さすぎて聞こえなかったのかも。また、話しかけてみよう!うん、そうしよう!)


❀❀❀


時は刻々と流れていく…。もう今は6月。海花は、今日もまたミッションを果たせずにいた。

そう、名付けて“快君に話しかけよう”ミッション!


朝、快はたいていギリギリの時間に登校してくるので、海花が早く登校して待っていても話すチャンスがない事はリサーチ済。となると、次に狙うは休み時間!

…なのだが、授業と授業の間の休み時間は、快はたいていどこかに姿を消してしまう。昼休みともなれば、快の机の周りには大勢の女子達が集まってきてしまい、話しかける隙間は全く見当たらないのだ。そして、今日も女子の皆様がやってきた…


「快くんって、前はどこに住んでたの?」


「ねえ、私の名前覚えた?」


「もしかして、彼女とかいたりするの?」


「今日の放課後って何してる?」


そうしてキャッキャと女子が騒ぎだす。誰も隣の席にいる海花の事なんて気にもとめない。海花がその様子をぼーっと見ていると、いつも通りが、人波をかきわけて現れた。咲夜だ。咲夜はにこにこしながら快の席の横にぴったりと立ち、女子達を一瞥いちべつして、こう言うのだ。


「快に用事があるなら、僕にまず話してくれるかな?」


口調も笑顔もすごく優しいけれど、目が笑っていない…気がする。咲夜が出てくると、女子達はすごすごと退散していく。


「咲夜君って、快君の保護者なの?」


「快くんって、かっこいいけど、まったく喋らないよね。何なのよ!」


女子達が、ひそひそと話している。

隣の席なので、見たくなくても、聞きたくなくてもこの光景が海花の前で毎日繰り広げられるのだった。でも、さすがの海花もこの1か月で気がついた事がある。


(快君が、咲夜君以外の人と、特に女の子と話しているところを見た事ないな。)


放課後の帰り道で、海花は小さく溜息をついた。結が言った。


「どうした?溜息なんて珍しいな。」


海花は、はっとして結の方を見た。


「あ、何でもないの。ただ、なかなかミッションが達成できないというか…」


しどろもどろする海花の様子を見て、まなが言った。


「海花?まだ、そんな事言ってるの?もう、ほっときなよ。転校生の事なんて。」


結は言った。


「転校生?なんで海花がそんなに気にしてるの?」


「うん…。天崎くんって言うんだけど、私の隣の席なんだ。でも、まだ一回も話した事がなくて。私、中学校に入学してから、なかなかみんなに話しかける事ができなかったでしょ?でも、そんな時にまなちゃんが話しかけてくれて…。それが、本当に本当にうれしかったの。まなちゃんは、私の恩人なんだ。」


そこまで言うと、海花はちらっとまなの方を見た。まなは少し赤くなって、海花から目をそらして言った。


「海花は、いつも大げさすぎ!」


「ううん。大げさなんかじゃないよ。まなちゃんのおかげで、私の世界が変わったんだから!だから…ね、私が今度は誰かの力になりたいんだ。天崎くん、すごく人気があるんだけど、友達がいるって感じじゃないし。なんだか、いつも少し寂しそうに見えるの。せっかく隣の席になったんだもん。朝、あいさつするだけの関係でもいいから、なれたらいいなって。」


結は、海花の話にちょっと左の眉をあげると、おもしろくなさそうに言った。


「そっか…。まぁ海花がそこまで言うなら、がんばったらいいけどさ。ほら、男子と女子って友達になりづらいって事もあるし、あんまり無理しなくてもいいかもよ?

案外そいつも、一人でいるのが好きなだけかもしれないし。」


結はそう言ってっから少し咳払いすると、海花の顔を見ないで口早に言った。


「なに、どんな奴なの?天崎って?かっこよかったりするの?」


海花が口を開こうとすると、遮るようにまなが言った。


「かっこよくなんかないですよ。ちょっと顔が綺麗なだけで。みんな、転校生だからって物珍しいだけだと思います。大体、毎日けなげに話しかける海花の事を無視するなんて、子供っぽいっていうか…。私はもっと優しくて、大人な感じの人の方が素敵だなって思いますけど。」


まながやけに饒舌に話すのを見て、海花が言った。


「まなちゃんは、大人な感じの人が好きなんだ?という事は、年上の男の子っていう事かな?まなちゃんの恋バナ、初めて聞いた!」


うれしそうに目をくりくりさせている海花に、まなは慌てて言った。


「違うよ。年上とは言ってないでしょ!海花!私の事はいいの!」


いつも大人びたまなが顔を赤くして話すのを見て、海花はやけに嬉しかった。

一方結は、少しむっとしたような表情で海花を見つめていた。




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