天界ボーイと深海ガール

くるみ

第1話 “禁止”だらけな私の毎日

海花うみか!今日は何読んでるの?」

すっと髪の毛を耳にかけ、高野たかのまなは、海花の前の座席に腰を降ろし、本を取り上げた。きりっとしたショートカットがよく似合う。海花はどぎまぎしながら答えた。


「…ちょっと社会の予習を。」


「本当に海花はまじめなんだから…。紛らわしいから、こんな可愛い花柄のカバーを教科書にかけないでよね。」


まなはそう言って笑うと、教科書を海花の手の中に戻した。

まなは、海花の一番仲の良いクラスメイトで、唯一の友達。クラスの学級委員を務めている。


海花の夢は小説家になること。そのためにも、色々な経験をしたいと思っているのだけど、海花には禁止事項が多すぎる。


禁止事項

その1

・雨の日は外出してはいけない。

その2

・水泳の授業に参加してはいけない

その3

・他人が用意したものを食べたり飲んだりしてはいけない。


これらを守れないと判断されたら、学校に行く事自体を両親から禁じられてしまうのだ…。


「まだ4月だってのに暑いよね。」


そう言って、まなはペットポトルを取り出すと、ごくごくと水分をのどに流し込んだ。


「海花も飲む?スポーツドリンクなんだけど…っと、気軽にあげちゃ、だめなんだよね?」


まなは、ちらっと海花の目を見た。海花は申し訳なさそうに小さくうなずくと、自分の赤のチェック柄の水筒を取り出して、蓋を外し、透明な液体を少し注いで口に含んだ。海花は、体中にじんわりと生気が戻るのを感じていた。


❀❀❀


中学校生活が始まって、そろそろ二週間が経とうとしている。

海花は、小学校の時は学校に通っていなかった。海花本人が行きたくなかったのではなく、両親に強く止められていたからだ。


でも…


(このまま一人の世界に閉じこもっていいたらダメな気がする!)


そんな思いが海花の中でふくれあがり、両親を説得して、ようやくこの4月から登校する事を許されたのだ!


意気込んで始まった学校生活ではあったけれど…教室に入り、自分の席に座り、他の生徒には関わらないで、ひっそりと呼吸する。これが海花の学校生活だった。


(ともだち作るのって、どうすればいいんだろう。せっかく、一歩を踏み出したのに。)


しばらく、悶々とした日々が続いていた…そんなある日、


「適当に数人でチームを組んで、テーマに沿って調べ学習してくるように。」


理科の授業で先生から投げかけられた一言に、海花の脳みそは完全にフリーズしてしまった。


(どうしよう、誰かと適当に?チーム?)


海花が一歩も席を動かないで目を白黒させているのを見て、


「顔、固まってるよ?一緒にやる?」


と笑いながら海花に話しかけてくれたのが、まなだったのだ。


まなは、一見誰とでも仲良くなれるタイプに見えるのに、


「なんだか、海花と一緒にいるとホッとする。」


だそうで、海花の隣にいつもいてくれるようになった。


❀❀❀


授業も終わり、下校しようと正門に向かう。今日はまなは委員会があるとかで、久しぶりに一人ぼっちの下校だ。正門を出たところで、ひょいっと誰かが海花のショルダーバッグを取り上げた。


「お帰り、海花!」


正門で待っていたのは、神代 結かみしろ ゆう。高校2年生。海花が小学生の時の家庭教師だ。海花が小学生の時は、平日はほぼ毎日、短時間でも勉強を教えに来てくれていた。海花が中学校から学校に通う事になったので、放課後に部活のない日は、学校まで迎えに来てくれる。海花はうれしさ半分、恥ずかしさ半分の表情で言った。


「結くん。いくら学校が近いからって、そんなにお迎えにこなくて大丈夫だよ?」


結は、にやっと笑うと言った。


「はい、はい。海花ちゃんはもう一人でなんでも出来るもんね~」


結は海花の頭をポンポンとなだめるように叩いて、隣に並んで歩きだした。


「また!結くんは、すぐに子供扱いする!」


そう言いながら、海花はバッグを結から取り戻し、速足で歩きだした。


「海花!待てって。」


結は、大股ですぐに海花に追いつく。結は弓道部のエースで、背が高く姿勢がいい。きりっとした眉の下で、くりくりした黒目がちの大きな目が優しい。結はいつも笑顔で、海花の沈んだ心をひょいっと持ち上げてくれる…。海花はちらっと結の顔を見上げて言った。


「結くん…。私はもう大丈夫だから、そろそろ彼女とか作ったら?結くん、たぶん、もてるんでしょ?」


結はきょとんとした顔で海花の顔を見返すと言った。


「なんだか、落ち着かないんだよなぁ、海花の顔見ないと。今まで毎日会ってたのに、急にいらないって言われてもさ。さびしいじゃん。」


結のしょんぼりした様子に、海花はあわてて言った。


「違うよ?いらないなんて、そんな。ただ、いつまでも“子供”のおりさせたら申し訳ないなと思って…。結くん、自由にしたらいいのになって。」


「子供のお守り?」


結は立ち止まって、海花の頭に手を置いて言った。


「もうじゃないんだろ?海花がさっき言ったじゃん?『子ども扱いするな』って。」


結は海花のバッグを奪い返すと、今度は先に立って歩きだした。
















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