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朝の食堂に一番乗りしたのはツルハシ女だ。
外はまだ薄闇だが室内は明るい。LEDランタンが五個以上点灯している。いつもはせいぜい二つで、多くても三つだ。余計な明るさは、生ける屍の眠りを呼び覚ましてしまうようだ。
「ええーっと、ツルハシさん。早いですね」
椅子に座って一点を見つめているツルハシ女に、施設責任者であるハッキリ君が声をかけた。
「おはよ、ハッキリさん」
「おはようございます。今朝はなんだか冷えますね。でも多少寒いほうが肉の具合がいいですよ。やっぱり、ゾンビは暑さには向いてないようです」
まるで昨夜のピリピリした議論などなかったように、ハッキリ君の応答は穏やかだった。
「なにか飲みますか」
「もういただいているから」
マグカップを掲げて見せ、一口を飲んだ。熱いほうじ茶が身体に留まることなく、どこからか滲みだし湯気をたてている。寒い日に音無しオナラをしたようだと、ハッキリ君がクスッと笑う。
「なにがおかしいのかしら。わたしがお茶を飲んだらダメなの」
「いや、べつに」
女ゾンビが怪訝な目で見返すと、責任者はあっちのほうを見て誤魔化した。
「なんだよ、お二人さん。今朝はやけに早いな」
赤シャツがやってきた。よく手入れがされているライフルを見せつけながら、勢いよく椅子に座った。
「ツルハシ、俺にコーシー、くれや」
「自分で淹れなさいよ」
「あれえ、みんなどうしちゃったの」
次に姿を見せたのはセーラー服とロリっ子である。仲良しになったとはいえ、さすがに中年ゾンビと一緒の部屋に寝かせるわけにはいかないので、少女ゾンビは年頃のお姉さんゾンビの部屋で寝ていた。
「教授はどうしたの」とツルハシ女が訊いた。
「あのバカオヤジにかぎって、朝早くに起きないっしょ」
「セーラー服ちゃん、ちょっと行って起こしてきてくれる」
「ええー、あたしが」
セーラー服は露骨にイヤな顔をした。
「全員集まらないと会議にならないのよ。お願いだから」
「もう、しょうがないなあ。貸しだよ」
年上に頼まれて、しかたなく中年ゾンビが潜んでいる部屋へと行った。
「なんですか、やけに早いですよ」
まもなく、中年ゾンビが不平を言いながらおりてきた。ズボンに手を突っこんで、尻のあたりをゴソゴソとイジっている。早起きだったために、位置を手直しする暇がなかったようだ。
ロリっ子がその腕にじゃれ付き始めた。手についた臭気を嗅ぎたい中年ゾンビは、必死になって手を顔に近づけようとするが、なかなかうまくいかない。
「役に立たないんだから、たまには早く起きろよな。ってか、ニオイを嗅ぐな、ヘンタイオヤジ」
ゾンビたちがテーブルについた。
飲み物はセルフサービスとなっている。赤シャツはインスタントコーヒーをエスプレッソで、セーラー服とロリっ子は練乳の缶詰で即席のミルクセーキ、中年ゾンビは贅沢にも梅昆布茶、ハッキリ君はミネラルウォーターのペットボトルである。それぞれが口をつけるが、もれなく身体のどこかの穴から垂れ流していた。
「今朝集まっていただいたのはほかでもありません。昨夜の議題の続きです。ツルハシさんがどうしてもと言うので」
ツルハシ女は腕を組んで、相変わらず一点を見つめている。目がすわっていて話しかけにくい雰囲気だ。
「全員集まったので、会議を始めます」
議長兼施設責任者が議事進行をする。
「ちょっと待って、警備員さんがいないよ」
新ゾンビの姿がなかった。
「そういえばよう、あいつ、どこで寝てるんだ、セーラー服」
「あたしは知らねえよ。ロリっ子と一緒なんだから」
「ハッキリさんが知ってるでしょう。管理人なんだから」
「いえ、私も知らないですよ。ここは広いですからね、寝場所は自由なので、とくに指定はしていません。皆さんも勝手に寝ていますし」
赤シャツの問いかけに、正確な答えを知っている者はいなかった。
「あいつが言い出しっぺなんだから、いねえとすすめられんぞ」
「それもそうですね」
警備員を待ってから会議を始めることになった。着席したまま、ゾンビたちはまんじりと時を過ごしている。
三十分が経過した。着席したままのゾンビたちが、じれてきた。
「おい、おかしいぞ。探して来いよ。セーラー服」
「なして、いつもあたしなのよ。自分で行けばいいじゃないのさ」
「まあまあ、ここは広いですから、皆で探しに行きましょう」
全員で警備員を探すことになった。複数のゾンビたちが二階以上の居住区をウロつくが、警備員の姿はなかった。
「どこにもいないですねえ」
「責任とって、一人で偵察にいったんじゃねえか。{ソープヘルス・ヌル}によお」
「わあ、そこって天国みたい場所だなあ」
中年ゾンビがニタリ顔で夢見心地だ。新人が行方不明になっているのに、男ゾンビたちはのん気である。
「なにいってのさ。{ゾンビチキン・ニクだっての」セーラー服がすかさず訂正する。
「そういえば、{ゾンビキッチン・ゲボ}っていうカフェレストランに通ってたっけ。あそこのランチが美味しくてね、なんでもかんでもミックス雑炊が最高なのよ。微妙にすっぱい味付けで」
ゾンビ故に、ゾンビたちの記憶は定かではない。過去の経験に対し、言葉の選択が合致しないことがよく起こる。
「ツルハシ姉さん、あたし、そこでランチするのイヤだわ。なんか吐きそう」
「ゲロ雑炊の話なんかどうでもいいわ。とにかく、あいつがどこにいるのかってことだ。議題に集中しろ、しょうちゅ」
「雑炊食べながら焼酎飲むと、悪酔いしてゲボ吐きそうになるんだよね。ぼくはまあ、バーボン派なんだけども」
「ねえ、機械室じゃないの。まだ誰も探してないでしょ」
「それはありますね。あそこは不慣れなゾンビにとっては危ないですから」
「ああ、あるな。腕でも引っかけて動けなくなってんじぇねえか」
ゲームコーナーの隣がボウリング場なので、裏側には複雑な機械類が並んでいる。電源が入っていないので動かないが、虚ろなゾンビが引っかかって身動きできなくなるという可能性はあった。
「では行きましょう」
ハッキリ君を先頭に、全員が機械室へと入った。
「ここにもいないようです」
ざっと見渡すが、警備員の姿はなかった。ロリっ子が機械の中に手を入れようとするが、中年ゾンビがやんわりと注意していた。
「あ、ネズミが来るよ」
大型犬ほどもある巨大ネズミだ。ただし、ゾンビである。この設備を気に入り、住み着いていた。
「なんか咥えてるけど」
「肉かなあ。人間の肉ならうれしいなあ」
「セーラー服さん、人肉食は禁止ですから」
「わかってるって」
巨大ネズミは数メートル前でいったん止まり、右や左を見た。なにもないことに安心したのか、しっぽを振りながらゾンビたちに近づく
「ルールルルル、れーれれの、れー。ほれ、クソ駄犬、こっちにこいって」
「赤シャツ君、ヘタに触ると病原菌がうつるよ。赤痢菌や毛じらみだらけなんだから」
「教授は気にしすぎだっての。俺たち自身が病原菌の塊じゃねえか」
「なにを咥えているのかしら」
巨大ネズミは、赤シャツではなくてツルハシ女のもとへきた。そして女ゾンビの足元に咥えているモノをペッと吐き出した。
「ねえ、これ何かな」
それを拾い上げたツルハシ女が、手のひらに載せて皆に見せた。
「なんだろう」
「なんかの肉じゃね」
「肉ですねえ」
皆がツルハシ女を囲んで、その手の上にあるモノをじっくりと吟味し始めた。
「うっわ、くっせ。しかも腐ってるじゃんか。酔っ払いオヤジのゲボが腐った臭いがするう」
「セーラ服よう、オッサンの腐れゲロのニオイを知ってんのか」
「ああ、知ってるよ。あたしはなんでも知ってるさ」
「ちょっとちょっと、ゲボの話はどうでもいいけど、だからこれがなにかってことなんだけど。ヘンなものだったら、持っているのがイヤなんですけど」
悪臭が漂う不審物を、いつまでも手のひらに載せていたくないとツルハシ女は言う。「誰か持ってよ、ほらほら」とそれを差し出す。
「これは心臓ですよ。腐っているけど、間違いなく心臓です」
誰もが一歩後退するが、ハッキリ君は平気だった。ツルハシ女の手のひらからそれをつまむと、少しばかり嗅いでから結論を言った。
「心臓って、なんの心臓だよ」
「誰のといったほうがいいですね。おそらく人のですよ。さらに腐っているので、ゾンビ人間のです。つまり、我々とご同類です」
「っつうことは、俺たちのうちの誰かが心臓を落としたってことか。俺のはあるから、セーラー服のじゃねえのか。穴開いてっから落っこちたんだ。臭えからよ」
「あたしの心臓は臭くねえよ。たしかに胸に風穴があいてるけどさあ、まだ心臓はついてるって。ちゃんとあるもん」
セーラー服が人差し指を胸の穴に突っ込んで、その臓器の感触を確かめて、ややムキになっていた。
「なあなあ」と少し離れたところで、ロリっ子が下を指さしている。
「どうしたんだ、ロリや。犬のウンコでも落ちてたのか。かりんとうと間違えて食べたらダメだよ」
中年ゾンビが少女ゾンビのもとへ行って、示された場所を見た。
「おっひゃあ、なんじゃこりゃあ」
驚きが大きかったのか、大声をあげて、その場に尻もちをついてしまう。
「なんだ、どうしたんだ」
「なになに、どうしたの。ゾンビでも出たの」
「どうせ、教授が犬のうんちでも踏んだんでしょ」
皆が集まってきた。わあわあと喚いている中年ゾンビを放っておいて、少女ゾンビが指し示す先を見た。
「うっわ、なんだこれは」
「え、なに、お面?」
「いいえ、これは顔です」
それは虚ろな表情をしていた。
「おいおい、このツラ、新人じゃねえのか」
「警備員さんでしょう。どうしてこんなことに」
警備員がいた。
ただし、首から上だけである。
「きれいに剥がされてますね。とても巧いですよ」
しかも顔の皮だけであった。機械の一部に、警備員ゾンビの顔の皮が貼りつけられていたのだ。
「顔だけで、カラダはどこいったの」
「正確には顔の皮だけですよ。本体のほうはどこでしょう」
ハッキリ君が皮を手に取り、ビラビラと振って空気になじませていた。
「おい、ちょっとみんな、こっちこいや」
いつのまにか、赤シャツが機械室の向こう端へ移動していた。顔の皮を持ったままハッキリ君が行き、残りの全員が後に続いた。
「おんひゃあ、これはひどいな」
そう言って、中年ゾンビは足にしがみ付いているロリっ子の目を両手で覆った。しかしながら、人差し指と中指の間を開いてしまったので実質的に丸見えだった。小さく円らながらも、ゾンビらしい生臭い瞳が、ギョロッととび出している。
そこには肉片が散らばっていた。独特の変色具合の腐った肉であり、それらがゾンビのものであるのは一目瞭然であった。
「なにこれ、ちょっとひどすぎるんだけど」
「肉よりも内臓のほうが多いんじゃない」
汚らしくとぐろを巻いている腸らしき肉片を、ツルハシ女はツルハシの先っぽで突っついていた。とたんに、腐った臭いがムワッと沸き上がった。
「なんか、くっさ」
「ほんと、臭いわ。っもう、あとでツルハシを洗わなきゃ」
「そこの機械の隅に手足があるぜ。なぜか胴体はないけどな」
赤シャツが示した場所に、二本の腕と二本の脚が無造作に置かれていた。まるでマネキンの部品である。
「さっきネズミが咥えていたのは、警備員さんの心臓だったということですね」
施設の責任者は、散らかされた肉片や放置された手足の主が警備員ゾンビであると断定する。皆も納得していた。
「どうしてこんなことになったの」
「ボウリングの機械に巻き込まれたんじゃね」
「違いますね、セーラー服さん。この施設には電力が供給されていませんので、たとえ自ら絡んでしまっても、こういうふうにはなりませんよ」
「そういうこったな。それに手足を見ろよ。傷口がスッパリ切られてるだろう」
赤シャツが放置された足の足首をもって、断面がよく見えるように掲げた。
「ほんとだ。太ももの太いところをズバッと切られている。これはゴアだなあ。ロリや、見ちゃいけないよ」
中年ゾンビは、少女ゾンビの両目にまだ両手をあてがっているが、すき間も相変わらず開いていた。
「ということは、これはさあ、殺人じゃね。殺人事件」
「違いますね、セーラー服さん。この方は人間ではなくてゾンビですから、正確には殺ゾンビ事件です」
「そこかよ」
機械室には窓がない。照明がなければ真っ暗となる。懐中電灯だけでは物足りないので、ハッキリ君が要所要所にランタンを置いた。
「まあ、たしかに殺しだなあ」
「え、じゃあ、誰かが侵入したってか。人間どものハンターかよ」
「まさかあ」
「どこにいるんだ。ロリに手出しはさせないぞ」
「見つけ次第、ぶっ殺してやる」
ゾンビたちが色めきだっていた。
「皆さん落ち着いてください。さっき上の階を探した時は侵入者の形跡はなかったですし、窓の防護板も破られた形跡はありませんでした」
「どうやら一階部分から入ったようだぜ。賊は近えぞ」
「手分けしてさがしましょう」
「いいえツルハシさん、それは危険です。もし一階部分から侵入されているのなら、各個撃破されてしまいます。これだけ残虐なことをするのです。相手は複数の可能性があります」
「しかも、十二分に武装してるぜ。たぶん、刀かナタを振り回すサイコ野郎だ」サイコ野郎よりも数段危険な目ん玉が、ギラリと光った。
「なにそれ、ゲロヤバいじゃんか」
金属バットやチェーンを持っていなかったセーラー服は、とりあえずシャープペンを握った。
「みんなで行きましょう。数は力です」
「うん、それがいいよ。ああ、でもロリは後方支援だから。ぼくもその後に続くから」
「やっぱゾンビは数で勝負するのが基本だな」
全員での捜索が始まった。
機械室を調べあげたが、手足と内臓と顔の皮の他は見つからなかった。給湯室や事務所、景品倉庫などもゾンビたちがウロウロしたが、彼ら以外に怪しいモノはいなかった。
「一階から侵入された形跡はないですね」
「わからんぞ。無慈悲なハンターがどこかに隠れていて、いきなり撃ってくるかもしれん」
ライフルを水平に構え、警戒感を極限まで出している赤シャツだが、他の者はわりとのんびりしていた。
「なあなあ」
「なんだい、ロリや。いま忙しいから、あとで遊んでやるからね」
「こでやるう、こで、やるう」
ロリっ子が中年ゾンビにせがんでいるのは、ゲームコーナーに置かれたクレーンゲームである。
「電源が入ってないから、動かないんだよ」
「やるうやるう」
「はいはい、わかったよ。百円あげるけど、動かなくてもしょうがないんだからあきらめるんだよ」
中年ゾンビが百円玉を渡すと、ロリっ子は嬉々として走り回り、気に入った台の前で止まるとその硬貨を入れた。途端にクレーンゲーム機が動き出した。ゆっくりと回転し、安穏なBGMを控えめな音量で流している。
「ちぇ、ガキは緊張感がねえなあ。シラけるぜ」
「まあ、いいんじゃない。どうせ誰もいないし、ヒマだし」
「あれえ、停電しているのに、なして機械が動いてるんだべ」
中年ゾンビが首をかしげる。折れているので、その傾きは九十度近くになっていた。
「教授、ゲーム機にはバッテリーが内蔵されているんですよ。省エネモードで、お金を入れれば作動するようになっているのです」
「ほへえ、それは知らんかったなあ。さすが責任者はエマニュエル夫人に詳しいねえ」
「管理マニュアルにくわしくなければ、責任者は務まりませんから」
あえて中年ゾンビの言い間違いをスルーするハッキリ君であったが、少しばかりの嘲りは忘れない。
「教授はニートでしたから、意外とモノを知らないですね」
「ハッキリ君ねえ、そういう言い方は問題あるよ。どんな職業の人間でも人権はあるんだ。地元の議員に問題にしてもらうからね」
「オッサンのニートは職業じゃなくて、ディスティニー」
「セーラー服君は黙っててくれたまえ」
「とったあ、とったあ、とったどう」
大人ゾンビたちがあれこれ言っている後ろで、ロリっ子が歓声を上げていた。クレーンゲームで景品をすくい上げたようだ。
「あんなあ、あんなあ、こでえ、あげるう」
少女ゾンビは、獲得したモノを持って中年ゾンビのもとに来た。
「ありがとねえ、ロリや」と言って、それを受け取った。
「パインのアメ玉だったら、あたしにちょうだいよ、教授」
「ヤダよ。だれがやるか」
ぺっ、と女子高生ゾンビに腐った唾を吐き捨ててから握ったモノを確認した。
「う、うわあ、な、なんじゃこりゃ」
悲鳴をあげて放り投げた。自分の足元に落ちたそれを拾い上げたのは、ハッキリ君だ。
「これは耳ですね」
人差し指と親指でそれをつまみ、目の高さでまじまじと見つめている。
「人間のか」
「え、マジ。あたしにちょうだい。キクラゲみたいで旨そうじゃん」
「耳かよ。おもわずぶん投げてしまったけど、それはぼくのだからね。娘からのプレゼントなんだよ」
人間の耳なら喰ってしまおうと、ゾンビたちが目の色を変える。
「残念ながら腐っています。ゾンビのですよ。たぶん、警備員さんかと」
「警備員さんの耳が、なんであるの。おっかしくね」
「ちょっとう、そのクレーンゲーム機」
皆がゲーム機に群がった。
「うっわ、なんじゃこりゅあ」
「ひでえなあ」
回転式のクレーンゲーム機の中身は、ゾンビの肉と骨の破片でいっぱいだった。腐った肉と叩き折られた骨の残骸が、ゆっくりと回っているのだ。
「まるで、ゾンビ肉のメリーゴーランドやあ」
「教授、冗談を言っている場合じゃないですよ」
「だってえ、これはグロすぎるよ。冗談でも言ってなければ直視できないって。ロメロだって苦情を言うレベル」
「やるう、もういっかい、やるう」
いい景品が取れたので、ロリっ子がせがんでいた。
「ロリや、もう一回だけだからね。って、五百円玉しかないや」
中年ゾンビが五百円玉を手渡す。そのゲーム機は五百円を入れると六回プレイできてお得だった。
「教授、遊んでいる場合じゃないですよ」
少女ゾンビが、さっそく硬貨を投入した。
「とったでおう」
「発音がおかしかったけど、ロリや、今度はなにをとったんだい」
ロリっ子が獲得した景品を中年ゾンビに渡す。
「あははは、これはいいや。カスタネットだ」
今度は歯であった。しかも上下がしっかりと噛み合っている。中年ゾンビがふざけてカチカチさせていた。
「おい、遊んでる場合じゃねえぞ。あの警備員は誰かに殺されて、バラバラにされてから、さらに{なめろう}みたいにされたんだ。そんでゲーム機の中に放り込まれた」
「赤シャツさん、{なめろう}ってなにさ。なんかのイヤらしいおもちゃなの」
「最近の女子高生はエロいことしか頭にねえのかよ」
呆れる赤シャツに代わって、ハッキリ君が説明する。
「アジの切り身を調味料や薬味と一緒に包丁で叩くんですよ。酒のつまみにはもってこいです。ご飯なら三杯はいけますよ」
「わたしの好物だわ。端麗の日本酒の肴に最高なのよ」
「へえ、あたしも一度ナメてみたい」
「だから、その話じゃねえだろう」
その場にいると、ゾンビの残骸をロリっ子が次々とすくってしまいそうなので、一同は食堂まで戻った。各自、自分専用のお茶を入れて会議の仕切り直しとなった。
「警備員さんが死にました。外部からの侵入の形跡はありません。これはどういうことでしょうか」
進行役はハッキリ君が務めた。
「そりゃあ、この中の誰かがヤッちまったってことじぇねえのか」
赤シャツが、あっさりと結論を言ってしまう。
「えーっ、ちょっとまってよ。んじゃさあ、ここにいる誰かがシリアルキラーってことじゃないのさ」
「セーラー服ちゃん、それはアメリカ人が朝食にするやつよ」
「ああ、間違えた。シリアルナンバーだった。なんかほら、発音が似てるからさ。あたし、ネイティブじゃないし」
「シリアの大統領はカダフィ中佐なんだって。近頃の女子高生は教養がないなあ」
脳組織が半分腐っているので、ゾンビたちはいろいろと間違った解釈をしてしまう。
「これは明確なる刑事事件です。しかも犯人は外から侵入していません」
「間違いねえな。しかも、バラバラにしただけでは飽き足らず、{なめろう}にしてゲーム機にしまい込むなんざ、かなりイカレてるぜ。猟奇的な犯人だ」
「恐ろしいことですけど、どうやら事実ですね」
ゾンビたちはお茶を飲んでいるが、身体に溜めることができず、どこかの穴から流れ出ていた。臨時の会議室は、コーヒーや紅茶、抹茶やジュースの匂いが入り混じって、さらにゾンビの腐臭が加味されて独特な空気であった。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。じゃあ、なにかい、この中に人殺しがいるってことか」
「そういうことなのでしょう。正確には人じゃなくてゾンビ殺しですけど」
皆が難しい表情で黙った。ロリっ子まで眉間にしわを寄せて、うんうんと呻っている。
「誰が殺したのか知らないけど、早めに自首してよね。このままじゃあ不安で寝れないよ」
セーラー服が、さも迷惑だと言わんばかりに顔をツンとあげた。
「なに偉そうに言ってんだ。おめえが犯人かもしれねえのによ。こっちがおちおち寝ちゃいられねえぜ」
「あたしがやるわけないでしょう。そもそも理由がないよ。なして、あたしがあいつを殺さなければならないのさ」
「あの警備員は、セーラー服君をスケベな目で見てたから、それで頭にきて殺したんだ。バラバラにしたのも、キレてヒステリーを起こしたんだな。これは間違いないね。ジャンキーJKの行動パターンに当てはまるよ」
中年ゾンビが言いがかりのような根拠で断定した。
「ふざけんじゃないよ。なに言っちゃってるのさ。それだったら、真っ先に教授を殺してるって。毎日毎日エロい目で見てるくせに」
「ぼくは女子高生のようなオバサンには興味ないよ。だってロリコンだもん。♪ロリロリ、ロリ~が一番♪」
「隣にロリちゃんがいるのに、よく恥ずかしくもなく歌えるわね」
ツルハシ女は、とびっきり汚いものを見る目つきだった。さすがに調子に乗りすぎたと、中年ゾンビはシュンとなった。
「誰が犯人なのか知りませんが、正直に自首してもらえませんか。理由の如何によっては情状酌量の余地がありますよ」
責任者が警察と裁判官らしき態度をとる。
「ちょっと待ってよ、ハッキリさん。その言い方はおかしいんじゃないの」
「どこがですか」
ハッキリ君の進め方に、ツルハシ女が異議を唱えた。
「だって、容疑者はここにいる全員じゃないのさ。ということは、ハッキリさん、あなただって犯人かもしれないでしょう」
「私はここの管理人ですよ。皆さんの安全には責任があるのです。殺すわけないですよ。理由がありません」
「いんや、動機はあるんじゃねえのか」
赤シャツが立ち上がる。皮膚が二センチほど剥がれている顎に指をあてて、思わせぶりに歩き出した。
「それはどういうことですか」
「ハッキリさんはよう、ここから出ていくことに反対してたろう。あの警備員がいたら邪魔だよな。おもいっきり邪魔なはずだぜ」
「たしかに反対しましたが、だからって彼を殺したりはしませんよ。結局、出て行かないことになったでしょう。出ていくことになって殺したのならわかりますけど、出て行かなくなったのに殺しても、私の利益にはならないわけです」
「そこが怪しいんだよ」
「どこがですか」
「俺たちが{ソープヘルス・ペペ}に行かないとは決まってないんだぜ。行くか行かないかの会議を延期しただけで、結論はまだ出てないだろう」
「そうだよ。赤シャツさんの言う通りだ。昨日はなんとなく行かない雰囲気になっていたけど、今朝もう一度話し合いをするってことだったんだよ」
ハッキリ君は黙って聞いていた。
「ハッキリさんは雰囲気を作るのがうまいわ。わたしたちって、ゾンビになって脳みそが腐りかけているから、さっきまでのことを忘れてしまうのよ。そうよ、今朝の会議のお題は、{ポークチャップ・レア}に行くか行かないかってことよ」
皆が疑惑の目をハッキリ君に向けた。責任者は、皆の言い間違いをさりげなく訂正しながら無実を主張する。
「ちょっと待ってください。ゾンビパーク・ヨダの件が動機というのは無理があります。とにかく結論が出てないのですから、私が犯人と考えるのは早計に過ぎます」
「いや、怪しいぜ」
「ハッキリ君。情状酌量を考えると、素直にゲロったほうが身のためだよ」
「ゲボゲボゲボー」
「うっわあ、きたねえ。なにすんのー、セーラー服君」
セーラー服が中年ゾンビの胸元に嘔吐した。腐った血液と肉片が混じった汁から、なんともいえぬ酸っぱい臭いが突き上げてくる。
「キャハハハ」と女子高生ゾンビは楽しそうだ。
「いきなり、なんだよもー。うっわ、くっさ。女子高生のゲロが、がばい臭かあ」
渋い顔で泣きそうな中年ゾンビを見ながら、周りがゲラゲラと笑う。ただし責任者だけは真顔だ。
「私だけが疑われるのは心外です。教授だって動機はありますよ」
「ええーっ、なに言っちゃってんの。ぼくにあるわけないだろう。どっちかっていうと、ぼくは被害者だよ。いまだって、不届きな女子高生ゾンビにゲボされたんだから」
突然容疑をかけられて、中年ゾンビが焦る。
「自分とキャラが被るから、あいつはいらないって言ってましたよね」
昨日会議が終わってから、中年ゾンビはそんなことを愚痴っていた。
「そ、それは、なんというか、言葉のあやだよ。まさか本気でなんか言ってないって」
「ああ、なるほど、そういうことねえ。ふ~ん」
「な、なんだよ。ぼくは無実だからね。ふ、ばかばかしい。ぼくはね、腐っても真人間なんだよ。人道にもとる行為なんてするわけない。何年ニートで頑張ったと思ってんだよ、ったく」
疑惑の流し目をするセーラー服に、中年ゾンビは必要以上に狼狽えていた。
「ロリっ子ちゃんをとられると思ったんじゃないの。警備員さん、温和で親切だから子供になつかれそうだし」
中年ゾンビの腫れあがった眉毛がピクピクと動く。ツルハシ女の指摘が琴線に触れたようだ。
「だから、警備員さんが{ゾンビフード・ニク}に連れて行ったら、ロリっ子ちゃんにかまわれなくなるもんねえ」
「ば、バカ言っちゃいけいないよ。ぼくはロリっ子のことを一番に考えてたんだよ。{ストリップクラブ・タダ}に学校はあるのか、給食はちゃんとした生肉が出るのか、偽装人肉じゃないのか、いい友達ができるか、不良とかDQNとかだったらどうしようとか、そういうことを心配しているんだ。キャラが被るとか関係ない」
「なあなあ」
ややムキになり始めた中年ゾンビのズボンを引っぱるのは、その少女ゾンビである。
「あんなあ、うちなあ、おっちゃんでいいよ」
青白くもドス赤い少女顔が、ニッコリと笑った。
「ほらほら、ほら見ろ。ロリっ子はぼくと一緒にいたいんだよ。あの警備員なんか眼中にないんだ。アウト・オブ・眼中の外なんだよ」
「そうやってムキになる教授が怪しいって話じゃんかよ、イライラするなあ」
「そうそう」
中年ゾンビが容疑者に加わった。少なからずの疑惑の目が向けられる。その場の空気が徐々に硬直していた。
「そういえば、セーラー服さんも動機がありますね」
ハッキリ君の直球が不意を突いた。女子高生ゾンビが、一瞬キョトンした表情になる。
「え、なに言ってんの。そんなわけないじゃんか」
「あのあと小言を口にしていましたよ。一人分の食料が余計だって」
「ちょ、ちょっとー、告げ口みたいなことは止めてよね」
女子高生ゾンビは、半分腐った口をキツネのように尖らせた。
「それは聞き捨てならねえぞ」
赤シャツが厳しいガンを飛ばす。
「最近のガキはタガが外れてっからな。人の命を屁とも思ってねえ。とくにギャルはダメだな、ギャルは」
「あたしはJKだけど、ギャルじゃないよ。そういう言い方、あったまくるんだけど。てか、あいつ人じゃなくてゾンビだし」
「まさか、おめえが殺ったんじゃないだろうな」
「やるわけないって。なに言ってんの、なしてあたしなのさ。バカじゃないの」
「まあまあ落ち着いて、セーラー服ちゃん」
さらに口を尖らせたために、前歯がにゅっと出ていた。歯茎がゆるゆるなので、あんまり力を込めると歯が落下してしまう。否定するセーラー服を、「まあまあ」とツルハシ女が宥めた。
「ねえ、ハッキリさん。自分が第一容疑者だからって、ほかの人に罪をなすりつけるのは良くないんじゃないの。そういう性格って嫌われるわよ」
静かな口調だが、不信と疑いの声色である。
「私だけが犯人候補となっているのは納得できないってことです。動機なんて、じつは皆さんにもあるのですから」
「あら、わたしはないわよ。警備員さんに、{マヌケドック・ポチ}に連れて行ってほしかったから。つまり彼に死なれちゃ困る立場。だから、犯人候補ではないの」
どうだと言わんばかりに、ツルハシ女は胸を張る。
「ええーっと、いちおう訂正しておくと、ゾンビパーク・ヨダですね」
「だから、そう言ったでしょう。{ゾンベアニマル・カバ}って」
ゾンビたちは脳みそが腐敗しかけているので、会話にはなにかと齟齬が生じてしまう。
「じつは、ツルハシさんにも十分な動機があるのですよ」
「え、それはどういうことよ。そんなわけないでしょ」
自分はまったくのノーマークであると思っていたので、責任者からの指摘にツルハシ女は憤慨する。
「昨日の会議で、警備員さんは、最初はゾンビパーク・ヨダに行くことを進言していましたが、後半ではすごく消極的になりました。よくよく考えてみれば、自分の提供した情報が極めて不確かであると悟ったのでしょう。今日の会議では、そこへ行くことを彼自らが中止していた思います」
「そんなこと言ってたっけ」
腐臭漂う記憶の膿を、セーラー服の意識がまさぐっている。
「ああ、そういえば、そんな雰囲気だったなあ」
「ふむ、たしかに。ロリっ子の入学も無理だなあ、残念だなあって思っちゃったもんな」
赤シャツと中年ゾンビが頷いた。ハッキリ君の言説に納得しているようだ。
昨夜の会議で、警備員ゾンビがゾンビパーク・ヨダの調査を中止を言い出したのかは微妙なところである。
「ハッキリさん、なにが言いたいのよ」ツルハシ女は、あからさまに不機嫌な声だ。
「つまりですね、昨夜の流れからすると、今日の会議ではゾンビパーク・ヨダへ行くことは却下となるわけです。言い出しっぺが諦めるので仕方ありません。でも、そうすると困るのはツルハシさん、あなたです」
人差し指をビシッと突きつけられて、ツルハシ女は数センチほどのけ反った。もっとも、指差しをしたのはハッキリ君ではなくて、いい気になった中年ゾンビである。
「ちょっと待ってよ。その理屈は乱暴だわ。確かにわたしはここを出ることを願っているけど、だからって人殺しは、もといゾンビ殺しはしない。それと教授は後でぶっ飛ばしてやるからね」
ゴツンと、ツルハシ女の鋭い拳が中年ゾンビの脳天を直撃した。
「痛っ。なんで殴るの。いま後で、って言ったよね。すぐ殴るのは反則だよ。後にしてよ、後に」
衝撃で傾きがいくぶん戻った頭部で、斜め下からの抗議である。
「おいおい、犯人ばかりじゃねえか。無実なのは俺様だけか。しょうがねえ、名探偵役を引き受けてやるよ」
赤シャツが椅子に戻り偉そうに足を組んだ。
「残念ながら、赤シャツさんも例外ではありません」
責任者は追撃の手を緩めなかった。
「あん?」
彼もまた、自分は安全圏にいる傍観者だと思っていた。
「だから、あんたにも容疑がかかってるのよ」
「なんで俺が疑われねえとならねえんだ。あいつにはなんの恨みもねえ。女をとられたりしたわけでもねえ。ふざけたことぬかしてんじゃねえツルハシ。しばくぞ、ゴラア」
「わたしに怒鳴らないでよ。ハッキリさんに言いなさいよ」
さも憎々しい表情でツルハシ女にガンをつけるが、ハッキリ君へはチラッと見ただけだった。
「赤シャツさん、寝る前に私のところに来て言ったじゃないですか。あいつ、女のパンチー履いてやがる。キモいから、ぶっ殺してやりてー、って」
「えーっ」と、セーラー服とツルハシ女が同時に声をあげた。
「ちょっとちょっと、なんなの、その驚愕の事実は。どういうこと」
ツルハシ女が色めきだった。もともと、ゴシップネタが大好きな女なのである。騒がずにはいられない。
「あいつなあ、あれだ、俗に言う女装趣味な奴だったんだ」
「赤シャツさん、どうしてわかったの」
「昨日、会議が終わった後、着替えているところを偶然見てしまったそうです」
赤シャツではなくて、ハッキリ君が答えた。
「あいつ、機械室の隅でパンチーを洗濯してたんだ。汚えチンコだして、鼻歌でアニメの主題歌をふんふんしながら、シミだらけのパンチーを洗ってたんだぜ。しかもよう、ブラジャーもしてたんだ。ああー、キモいぜ」
焼け爛れた腹の皮をプルプルと波打たせ、さも不快な記憶であることを見せつけていた。
「うっわ、それキツイわあ。ただでさえゾンビなのに、さらにヘンタイ属性までプラスされたら、化け物としてどうなの、って感じじゃん」
「男って中年になると必ずヘンタイになるから、ほんとに不潔。ウジ虫だわ」
「おいおい、必ずってのは聞き捨てなんねえぞ。女装趣味があるやつなんざ、滅多にいねえって」
「そうですよ、ツルハシさん。少なくとも私と赤シャツさんだけは違いますから」
「いやいや、ハッキリ君。そこにぼくも入れてくれなきゃ困るよ」
「教授は虞犯ですから」
「ぐはん、って何? ごはんの親戚かな。そういえば、前にもぼくが言ってたっけ」
「あんたは性犯罪者予備軍ってことよ」ツルハシ女の声が鋭い。
「ああーん、もう、なんかわけわかんなくなったじゃない。教授がロリコンのヘンタイだって話はいいから、本題に戻ろうよ」
「おいおい、セーラー服君。ぼくはたしかにロリコンだけども、ヘンタイではないよ。ロリコンとヘンタイは違うのだよ。紙一重の微妙な差というか」
「うっさい、ヘンタイ」
年下の女子高生ゾンビに一喝されて、調子に乗った中年ゾンビは静かになった。シュンとして下を向いている。
「話を戻します」
ハッキリ君が進行を続けた。
「そういうわけで、赤シャツさんは女装変態趣味のある新人さんを毛嫌いしていました。生理的な嫌悪は殺ゾンビの十分な動機になると思いますよ」
「たしかにその通りね。赤シャツさんは短気で粗暴で凶悪で残虐だから、カッとなってバラバラ殺人してもおかしくないわ。いえ、きっとそうよ。シリアルキラー属性なのよ」
「ツルハシよう、おまえ俺に恨みでもあるのか。ひでえ言い方だよな」
言いすぎだと思ったのか、ツルハシ女はあっちのほうを向いた。
「あの警備員は、たしかにキモかったぜ。だけど、だからって殺したりはしねえよ。なあ、ハッキリさんよう。あんたには恩義があるが、さすがにこの言いがかりはひでえぜ」
「安心してください。私は赤シャツさんが犯人だと断定しているわけではないですよ。容疑者の一人にすぎないと言っているのです」
「なんだか、それも微妙な感じだなあ」
「とにかく、これで全員に殺人の動機があることになります。容疑者がこの中にいるとしても、私だけではないことを理解してください」
「ま、しゃあねえか」
「しかたないわね」
「あたしが犯人とか、ありえねえと思うんだけど」
「ねえ、ロリは無実だよね。ロリは」
いろいろと無理があるハッキリ君の論理だが、ゾンビたちの脳みそは腐りかけているので細かいことを考えることはしなかった。なんとなく流されて雰囲気を受け入れた。
「ねえねえ、そんでどうすんの。やっぱ誰かが探偵やらなきゃ、犯人わからないんじゃなくね」
「探偵よりも警察でしょ」
「だって、ツルハシ姉さん。警察なんていないっしょ」
「いる。三丁目の角にあるアダルトショップの自販機に小銭入れ続けている子デブの警察官が。あれ、絶対オナホを買おうとしてるんだ。ぼくもね、ネットショップで買ったことあるんだけど、いまのはすごく品質がいいんだよ」
中年ゾンビのゾンビ顔が、いやらしくニタついた。
「あの警官ってゾンビじゃんか。教授は黙ってろよ。もうイラつくわ、死ね」
「ほんと、肝心なことはからっきしのくせに、ムダな情報に詳しいのはどうしてかしろ。ねえ、死ぬの。いま死ぬの」
女性ゾンビ二人になじられて、中年ゾンビはまたシュンとなった。
「とりあえず、あたしが探偵するかな。だって、女子高生探偵ってなんかいいじゃん」
セーラー服は、自分が探偵役をやりたいようである。
「頭の悪いJKが探偵をしたら、やってねえ無実のやつが犯人にされちゃうじゃねえか」
赤シャツの意見は否定的だ。女子高生ゾンビの知能について、じつに的を得ていた。
「あたしは頭が悪いけど、顔はいいんだからね。インスタ映えするって、男子に人気だったんだから」
「セーラー服ちゃんの探偵役はダメだけど、この中に犯人がいることは間違いないわね。放ってはおけない事態じゃないの」
「セーラー服さんは、探偵より傍観者のほうがいいでしょう」
「ぼくもそう思う」
一同は、女子高生ゾンビの知能については統一した合意があった。
「犯人を突き止めないと、枕を高くして眠れないよ。ロリっ子が心配なんだ」
中年ゾンビがそう言うと、悲しそうな表情で少女ゾンビを見た。
「子供がミンチにされるのは許せねえな。早いとこ犯人見つけてぶっ殺さねえと気が済まねえ」
赤シャツが拳でもって机をゴンと殴った。
「つうかさあ、みんなが容疑者じゃなんだから、どうしようもなくね。お手上げっしょ」
「そういうことね。ちなみに赤シャツさんも例外じゃないから。いま、そうやって怒っているのも演技かもしれないし」
「この俺が演技なんてこまけえことができるか。本気で怒ってんだよ。犯人はぶっ殺す。ケツの穴から手え突っこんで、盲腸を引きずりだしてやるんだ」
腐りかけた眉間に太いシワを寄せて、チンピラがすごんだような表情で中年ゾンビを睨みつけていた。
「どうしてぼくを見るんだよ。いちゃもんつけてるのはツルハシさんじゃないか。なんだよ、もう」
不機嫌そうにブツブツ言う中年ゾンビを、まあまあとロリっ子がなだめていた。
「これは困ったことになりましたね。犯人を捜そうにも全員が容疑者ではどうにもなりません。この状況では捜査官を配役できないです」
うーん、と皆が黙った。彼らの中に犯人がいることはほぼ確定しているが、そのゾンビを客観的に特定できる者がいない。
「あんにゃあ、あんにゃあ、うちがやっちゃるよ。めいたんぺい、とうじょうだよ」
ロリっ子が手を上げていた。
「ロリっ子が快調なんだけど、やっぱりぼくが父親になったからかなあ」
「この子、再意識化が全然だめでゾンビそのものだったのに。これはいい兆候なのかしら。まあでも、教授は関係ないわね」
「めいたん、てい。めい、たんてい。ぷいぷいぷい~、ちのう~しすうはー、ひゃくまん馬力~」
調子が上がってきたようで、少女ゾンビがテーブルの上に乗って、子供らしい振り付けを披露している。
「ねえねえ、ロリっ子にさあ、探偵をやらせてみたら面白いんじゃね」
「セーラー服君ねえ、おかしなこと言っちゃダメだよ。ロリはまだ子供なんだよう」
「なんでだよ、教授。子供が探偵しちゃあ犯罪なのかよ。子供が犯人を逮捕したら痴漢が電車に轢かれるのかよ。ロリっ子がロリロリ推理したら、エッチな女優が失業するのかよ。どうなんだってんだ、ちくしょうめ」
「いやいや、なんでそんなにムキになるんだよ。宇宙の果てまでキレなくてもいいじゃないのかいな。それに子供が探偵なんて、しょせん、マンガの世界だからね。毎日毎日、行く先々で殺人事件ばかりじゃあ、地球から殺人犯しかいなくなっちゃうって」
「てめえ、俺の尊敬するコ〇ン先生をディスってんのか。ぶっ殺してやる」
突如として激高した赤シャツが中年ゾンビに掴みかかり、鬼の形相で首を絞めつけた。
「ぐ、ぐるしい」
ただでさえ血色の悪い顔に血の気がなくなった。中年ゾンビは「たんまたんま」といいつつ、赤シャツの手を叩いていた。
「ちょっとう、やめなさいよ。そんなに本気になったら、ホントに死んじゃうわよ。あ、ちなみに本気と書いて、マジって読むから」
「るせー。こいつはもう死んでるんだ。かまいやしねえや」
ツルハシ女の制止も効かず、赤シャツは力を込めた。もともと折れていた首が千切れんばかりに細くなる。
「もう、そのへんでいいでしょう」
ハッキリ君が間に入ると、二体とも何ごともなかったようにすましている。
「見ちゃめはこども、ずのうはスルメ、そのにゃは~」
ポーズをキメて、カッコイイセリフを言っているのはロリっ子である。
「めい~た~んて~い、ろり。キリッ」
ピースサインを目線にかぶせ、ややお尻を突き出した。
ぷぴっ。
「おっひゃ、くっせ」
幼女ゾンビが力を入れるあまり、勢い余って屁を出してしまった。その直噴を間近で浴びてしまったのはセーラー服だ。
「オエー、臭すぎて涙がでるう。ゲッホゲホ」
小さな身体のくせしてかなり実が詰まっていたようで、その重量感のある放屁に思春期ゾンビの嗚咽が止まらない。
「子供のオナラって、その日の体調によって、けっこう強烈だったりするからね」
ゲボゲボと、さも臭そうに咳き込む女子高生ゾンビを、ツルハシ女は涼しい表情で見ていた。
「ツルハシ姉さん、他人事のように言わないでよ。この子の屁、ホントに、くっさいんだから。赤ちゃんのウンチおしめを百倍濃縮還元だって。空気なのに百パーセントウンチなんだから」
「セーラー服ちゃん、大げさすぎ。そんなに臭いわけないでしょう」
「ホントだって。ちょっと嗅いでみてよ」
セーラー服を着たゾンビが、爛れた顔で必死に訴える。
「じゃあ一回だけだからね。ロリちゃん、ちょっとお尻を向けてくれる」
ツルハシ女に促されて、ロリっ子が尻を向けた。
「はい、じゃあ、ちょっとオナラしてみようか」
ぷふぇ~。
「・・・」
「どう」と訊く女子高生ゾンビは、少しばかり不安げだ。
「あぎゃぎゃ。くっさ。うわーっ、なにこれー、オゲエ、バリくっさ。なまらくっさ。えろうくっさ」
ツルハシ女が悶絶していた。あまりの臭さに鼻の周囲を掻き毟ったため、その辺りの皮膚がベロリとめくれてしまった。
「ね、ね、やっぱそうでしょ。ロリっ子の屁って、人類史上最高に臭いんだって。っもう、スマホが使えたら拡散するのに」
「ネットにニオイが繋がらないでしょ。最近のJKはバカだなあ」
女たちの様子を見ていた中年ゾンビが、傾いた首ながら呆れ顔だ。
「ちょっとう、ニートに言われたくないわあ。オッサンだってバカじゃんか。教授ぶってるけど、テキトーすぎるじゃん」
「おめえら、うるせえぞ。事件は現場で起こってるんだっ。ぶっ放すぞ、コラア」
「知ってるよ、そんなの。つか、ここが現場じゃん」
現場が混沌としていた。責任者は事態の収拾を図らなければならない。
「どうしたものでしょうね。皆が犯人の蓋然性があります。公正な第三者に捜査をしてもらいたいところですが」
「ロリっ子でいいんじゃね。どう考えても犯人からは程遠いし。子供探偵っておもしろそうじゃん」
「本人がやる気になってるしね。これを機に再人間化が早まるならいいんじゃないの」
女ゾンビたちは、ロリっ子にやらせたいようだ
「ぼくは賛成だね。ロリには隠された能力があるんだよ。きっと超有名少女探偵になって、テレビで活躍するんだ。体はロリコン、頭脳はゾンベ、名探偵ロリ」
「教授、さっきは子供だからって反対してたじゃんか」
「さっきはさっき、いまはいま。気が変わったんです」
現場のノリが少女探偵を望んでいた。赤シャツとハッキリ君も、仕方がないといった表情である。
「どうするよ、ハッキリさん。いちおう猟奇事件だぜ。ガキにやらせていいのかよ」
「まあ、いいんじゃないでしょうか。進行役をロリっ子にまかせて、実際の検証は私たちでやりましょう。遊びとリハビリと殺ゾンビ事件解決で、一石三鳥です」
探偵が決まった。
「まんず、はんこ~じゅかん。だっちゃ」
ロリ探偵は、殺ゾンビ事件が起きた時間の特定をする。
「犯行時間っつったって、警察の鑑識でもねえからわからんぞ」
「あれって、お肉の傷み具合から調べるんでしょう。死後硬直とか、腐敗がどれだけ進行してるとか」
「だからツルハシよう、それをどうやって調べるのかってことだ。そんな知識や道具があるのかよ」
「解剖学の知見が必要になりますね」
責任者であるハッキリ君には、その経験も知識もない。女子高生と主婦はもちろんのこと、中年ニートやチンピラにもなかった。もちろん、小学生の女の子は論外である。
「あ、それだったら、あたしがわかるよ。めっちゃ鼻が利くからね」
セーラー服が肉片をつまみ上げて、クンクンと嗅いだ。腐った鼻腔内での鑑識には数秒を要した。
「うん、わかった。この肉は死後、八時間と二分だわ」
「おいおい、腐れJK,嘘つくなよ。そこまで正確にわかるわけねえだろう。鼻が腐ってるくせに、なんで腐った肉の鮮度がわかるかってんだ」
「分単位は、たしかに不可思議ですね」
「どうにゃん、じゃー」
ロリっ子が女子高生ゾンビに対し、ビシッと指を突きつけた。彼女は答えなければならない。
「あたしはねえ、腐ってから覚醒したのよ。人間だった時、金の匂いには敏感だったんだから」
「金と肉は違うと思うんだけど。なんか、生臭い女子高生だよなあ」
ロリっ子が親指を立てて、グッジョブを表した。中年ゾンビが照れているが、その様にイラっときた女子高生ゾンビがチッと舌打ちした。
「でも、セーラー服ちゃんはいいとこついてるんじゃないの。ほら」
ツルハシ女が皆に腕時計を見せた。
「なんだよそれ。ホームセンターで1980円の安時計だろう。自慢するなよ、ババア」
「自慢してんじゃないっ。ていうか、ババアってなんなのよ。どさくさでわたしをディスるんじゃないよ」
「それは、ツルハシさんの時計ではないですね」
「そうよ、わたしのじゃない。肉片に混じって落ちていたのよ。きっと警備員さんのだと思う」
粘度の高い血が付いた安物のデジタル時計を、ツルハシ女はあらためて皆に見せた。
「この時計、ぶっ壊れてるんじゃねえか。いまは八時じゃねえぞ」
素早くぶんどった赤シャツが、まずは時計のニオイを嗅いでから表示を確かめた。
「これはストップウオッチ機能よ。始動してから八時間ちょっと経っている」
デジタル表情は淡々と秒を刻んでいた。ただし、時刻を表しているのではない。
「爆弾じゃないの。最後にゼロになってドカンと吹き飛ぶんだ。中東で大流行りだ」
「爆弾だったら、カウントダウンが逆だろう。ゼロになるどころか、八時間を超えてんだからよ」
赤シャツの手にある安腕時計を中年ゾンビが見つめるが、触ろうとはしなかった。
「ひょっとすると、殺されて切り刻まれてからの経過時間でしょうか」
「まず、間違いないと思うわ」
「逆算すれば犯行時間になりますね。アリバイとの照合が可能になります」
「ね、これは重大な手掛かりでしょう」
安腕時計を赤シャツから奪い返して、ツルハシ女は目を輝かせている。
「いやいや、ツルハシ、それはおかしいだろう。切り刻まれている奴がストップウオッチをするかってよ。そうする意味がわからんぞ」
「わたしの第六感だと、これはダイニングメッセージなのね。スピリチャルな霊波動を感じるわ。第十次元の闇の勢力が介入してんのよ」
「ツルハシさん、ダイイングメッセージだよ。ダイニングじゃあ、台所のメッセージになっちゃうよ。ぶはっ」
間違いを指摘した中年ゾンビを、ツルハシ女が殴った。容赦のないフックが炸裂し、頭部の傾きが逆になった。
「なにするんだよ、もう。ぼくの首は重症なんだから粗暴なことはしないでくれよ。それと、いい歳して中二病は恥ずかしいって」
殴られないように距離をとって、中年男ゾンビがブツブツと文句を言っていた。
「とにかく、犯行時間がわかりましたね。この時計によると八時間ほど前です。皆さんのアリバイと照合してみましょう」
「ハッキリさん、その前に犯行現場を特定しないと」
「ああ、そうでした」
ハッキリ君とツルハシ女の息が合っていた。自然な形で主導権をシェアしている。
「だからよう、お二人さん。そもそもストップウオッチが犯行時間とは限らんだろう。ダイビング・マッサージかなんか知らんけど。それと闇のなんちゃらも」
「やっぱり機械室かしら」
「ゲーム室も怪しいですよ」
「ちっ、無視かよ」
赤シャツが舌打ちをして、話を進める二人を面白くなさそうに見ていた。
「みののちゅ~、ぱるい~ちょうにゃ、にゃにゃにゃ。こっちゃコイや、どうてい」
少女ゾンビ探偵が歩き出した。いったん止まって振り向き、手招きしている。どこかに案内したいようだ。
「ええーっと、{皆の衆、悪いようにはしないから、こっちに来い}とロリが言ってるんだけど」
「教授、いちいち訳さなくともだいたいわかるって」
「まあ、そうだけど。いちおう、ぼくはロリの後見人だから」
「こうけんにん、ってなによ。臭いんか」
「臭くはないよ、後見人なんだから臭いわけないだろう。君はいったい、なにと勘違いしてんだよ。最近の高校生は頭が悪くて困るなあ。脳みそが腐ってるんじゃないのか」
「ああ腐ってるよ。ゾンビなんだから、しょうがないでしょ。あと、ちゃんと童貞も訳せよな」
ロリっ子の後に続いて、全員が歩きだした。ハッキリ君の後ろにツルハシ女、その後ろが中年ゾンビと女子高生ゾンビで、しんがりが赤シャツである。中年ゾンビは、後ろから傾いた頭部を小突かれたり、尻を蹴られたりしていた。注意しようと振り返ると、女子高生ゾンビは素知らぬ顔でアニソンを口ずさんでいる。
「ここっちゅのや、ぴゃやや」
「まあ、いちおう訳しておくと、{この部屋だ}とロリが言ってるよ」
「いまのは、教授の訳がないとわからんかったわ。つかさあ、テキトーに訳してんじゃね」
「失敬だな。ぼくの訳は日本訳語セレクションで金賞をとってるんだからね。三年連続だよ、三年」
二階の備品室であった。ドアは施錠されているので、ハッキリ君がカギを持ってきて開けた。三畳ほどの空間に鉄製のラックがあって、清掃用具や洗剤やらが保管されている。全員で入るには狭いので、ツルハシ女が代表して中に入ると言ったが、赤シャツが制止した。
「いや、俺が先にいく。ひょっとして、殺ゾンビ野郎がまだ潜んでいるかもしれないからな。女子供には荷が重い」
「まさか誰かいるの」
ツルハシ女が身構えて、赤シャツは真剣だった。ライフルを射撃姿勢で構えたまま、ゆっくりと慎重に足を踏み入れた。ゾンビたちの血走った表情から緊迫感が漏れ出ている。
「バンッ」
「うわああ」
「あきゃあ」
誰かがバンと言い、ツルハシ女とセーラー服が跳び上がった。
「ぬおおおおおおー」
バンバンバンと銃声が鳴り響き、洗剤の容器が爆発し、ラックにのせられていた備品類が飛び散った。驚きのあまり、緊張の糸が切れて乱射してしまったのだ。
「落ち着いて、皆さん、落ち着いてください。赤シャツさん、とりあえずトリガーから指を離してください。むやみに打つのは危険です。跳弾でも頭に当たれば、我々は死んでしまいます」
責任者が声を張り上げる。一人と小学生を除いて、皆が驚きの表情だ。
「なんだ、いまのはっ。人間どもの襲撃かっ。どこだ、どこに居やがる」赤シャツが喚いていた。
「いやあ、ついつい言ってしまって。ちょっと、そのう、面白いかなって」
肩に傾いた頭部をのせて、中年ゾンビが照れながら言った。
「イタヅラかよ、オッサン。いい加減にしろよな。マジで撃ち殺すぞ」
「そうよ、おどかさないでよ。危うく教授の頭を砕くとこだったじゃないのさ」
「あたし、ちびったかも」
女子高生ゾンビはパンツの中に手を突っ込んで洩れ具合を確認し、ツルハシ女は振りかぶったツルハシを降ろした。
「教授、悪い冗談はやめてください。こんな時におどろかすなんて悪趣味にもほどがありますよ」
「メンゴメンゴ。そんなに怒らなくてもさあ、おちゃめな中年ジョークだよ。アッヒー」
バンと銃声が響いて、中年ゾンビの左手の甲に穴が開いた。赤シャツがライフルを撃ったのだ。
「赤シャツさん、それ以上はダメですよ。頭に当たると取り返しがつきません」
「そうだよ。こっちまでとばっちりくるでしょう」
「冗談は、よし子さんだぜ」と、赤シャツが捨て台詞を残した。一発命中させて気がすんだのか、ライフルを立てて内部の捜査を続けた。
中年ゾンビは、穴の開いた手の甲に指を突っ込んだり、抜いたりして具合を確かめていた。
「あれ、なんか踏んだぞ」
プチッと小気味よい音がした。赤シャツが足を上げる。靴の底にへばり付いていたものをつまんで、懐中電灯を向けた。
「これ、肉だよな」
長くてビラビラしたものを顔に近づけて、ニオイを嗅いだ。
「う、臭っ、腐ってやがる。これはゾンビ肉だな」
「ねえ、それって目じゃないのさ。きっと眼球とその周辺よ」
「目ん玉が、こんなにビロ~ンってなるかよ」
「だから、赤シャツさんが踏んづけちゃったから潰れてんじゃないのさ」
「ああ」
ツルハシ女の説明に納得したようだ。
「ありゃは、なんちゃらぴょん。はぎゃは、ちね」
「ロリが、{あれは、なんだ}と言ってるよ」
「ハゲは死ね、って、教授のことも言ってるじゃん」
「黙れ、淫行JK。ぼくは禿げてない」
ロリっ子が備品室の隅を指さしている。床になにかがあるようだが、暗いのではっきりとしない。赤シャツの横をすり抜けたツルハシ女がつまみ上げた。
「ほら、やっぱり眼球じゃないの。ちょっとしぼんだ腐った目玉に、周辺組織がくっ付いてる。たぶん、目玉をえぐって引っこ抜いたんだね」
「マジかよ、ひでえことするなあ。ゾンビだって、そこまではしねえぜ」
眼球の重さで肉組織が伸びきっていた。赤シャツとハッキリ君がしげしげと見ている。
「これは警備員さんでしょう。この建物にほかのゾンビはいないですから。まだ新鮮な腐肉ですし、えぐられてから半日もたっていませんね」
「ねえねえ、そこに棚にあるのって、アレじゃね」
金属ラックの上段に置かれているものを、女子高生ゾンビの懐中電灯が照らした。
「アレって、なんだよ、JK。いやらしいものか」
「いやらしくはねえよ。つか、なんでいやらしいものが備品室にあるんだよ。エロいことばっかり考えてんじぇねえぞ、ヘンタイ中年」
セーラー服に怒られるが、中年ゾンビはあっちの方向を見て素知らぬ顔だ。
「おいおい、こりゃあ脳みそじゃんか」
「うっわ、ホントだわ。これ、脳みそよ。腐ってるからゾンビの脳みそね」
棚にあったのは脳ミソだった。若干乾いて血にまみれていたが、いかにも脳ミソという造形物が生々しく鎮座していた。眼球のように、膜や血管、神経など付随する肉組織はなかった。きれいにえぐられている。ただし、腐っていた。
「警備員さんです」ハッキリ君が断定した。
「ねえ、こっちの棚にあるのって凶器じゃない。なんかいっぱいあるんだけど」
棚には包丁や金槌やノコギリなど、見るからに禍々しい道具が乱雑に放置されていた。
「血だらけですね。これは間違いありません。この備品室が犯行現場です。ここで襲われて脳みそをほじくり出されて、解体されたのでしょう。そして、あちこちへと運ばれたわけです」
「なしてそんなことすんの。ぐちゃぐちゃ肉を運ぶって、めんどくね」
「わかりません。なにかの意味があるのでしょうか」
犯行に使われた凶器類は、そのままの状態で置かれていた。赤シャツが、べっとりと血が付いたハサミの先で脳ミソを突いている。表面上は比較的損傷のない状態だが、頭蓋骨からえぐり取られてしまったのでさすがに生きていない。ゾンビといえども、脳だけで活性することは不可能なようだ。
「これで犯行時間と場所が特定できたわ。八時間と少し前に、この備品室で殺されてバラバラに、ぐちょぐちょにされて、いろんな場所に分散されたのよ」
「動機が謎ですね。どうしてここまでしたのか」
「猟奇事件に動機もクソもねえ。頭のイカれた奴が何をするのか、たぶん本人もわかってねえだろう。考えもなしに、テキトーに散らかしてんだ」
ライフルの銃口を水平にして、赤シャツはトリガーに指をかけていた。ハッキリ君がやんわりと注意すると、すぐに構えをといた。
「でもさあ、あたしたちの中に、そのイカれた犯人がいるんでしょう。教授はまあ、そんな感じだけど、ハッキリさんも赤シャツさんもツルハシ姉さんも、まあ、あたしもまともじゃん。なんか信じられないわ」
「ぼくがそんな感じって、どんな感じなんだよ」
「教授はやりそうってことだって。だって、ドウテイのニートの中年のくせしてゾンビなんだよ。人生終わってるし、ふつうに考えれば犯人じゃんか」
「セーラー服君だって腐れきったゾンビじゃないかよ。はっきり言うけど、女子高生のアポクリン汗腺が腐ってるのは耐えがたい臭いだよ。おえ、臭っ」
「はあ? あたしのどこが臭いのさ。あ、アポ、アポクリリンって何さ。マンガかっ」
女子高生ゾンビと中年男ゾンビとが、お互いの腐った顔めがけて唾を飛ばしていた。
「しぃ、しぃ。ちずかにゃちちょ、にゃにゃにゃ」
ロリっ子が右手の人差し指を、その小さな顔の中央に立てた。言い争っていた中年ゾンビが背を伸ばし、さっそく翻訳する。
「ええーっと、ロリが言うには、{しーしー、静かにしろ、淫乱JKバカゲロウンコ脱糞女}だそうです」
「いやいや、淫乱JKバカゲロウンコ脱糞は言ってねえだろう。あたしに恨みでもあんのかよ、オッサン。シバくぞ」
「おおーん、やんのか。悪いけどぼくは格闘技の総合を勉強してたんだ。日本昆虫カマキリ拳は三段で、日本老人ヘコヘコボクシングは黒帯有段」
「あたしだって、ドラックストアの万引き名人、パパ活三級、カツアゲ定食ご飯大盛りで」
二体のゾンビには、お互いに譲れないなにかがあるようだった。
「二人とも静かにしろや。中学生か、おまえら。肛門を撃ち抜くぞ」
ライフルを構えた赤シャツに怒られて、二人は無口になった。
「教授、静かにしてください」
「いや、だから黙ったじゃないか。静かにしたんだよ、ぼくは。静御前なんだよ」
「教授、うるさいって。静かにしなさいよ」
「いや、・・・」
ハッキリ君とツルハシ女に一方的に叱られてしまい、中年ゾンビは不満そうに黙った。
彼らが静かさにこだわるのは理由があった。備品室の中から音がしているのに気がついたからだ。それは弱々しいが、人間だった記憶をノスタルジックにくすぐる音色を奏でていた。
「電話の音だなあ。ケイタイじゃなく、固定電話じゃねえか」
「なんか、なつかしい感じがしますね」
「むか~しの昭和時代とかのやつじゃね。あたし、着信音に設定してたけど」
ケイタイにしろ固定電話にしろ、鳴っている音量が弱々しく、しかも音自体がこもっていた。
「電気もないのに、電話が通じてるっておかしいわ」
「てか、この部屋のどこにも電話がないんだけど。ひょっとして幻覚じゃね」
「それをいうなら幻聴だよ。JKは頭が弱くて困るわ。あはは」
女子高生ゾンビが舌打ちして、さも憎々し気に中年ゾンビを睨んだ。
「みんなが聞こえているんですから、集団幻聴ということになりますが、はたしてそんなことがあり得ますか」
「わたしたちってゾンビで鼓膜が腐ってるから、そういうことがあっても不思議じゃないかも」
ハッキリ君の疑問に、ツルハシ女はわりと肯定的である。
「なんかよう、壁の中から聞こえてこねえか」
赤シャツが壁に腐った耳をくっ付けている。その下にはロリっ子がいて、やはり同じように耳を密着させていた。
「間違いねえ。壁の中からだ」
「壁の中に電話があるの。隣の部屋なんじゃない」
「いんや、ここだ。間違いねえ。壁の向こうは外だしな。空中に電話はねえだろう。調べてみるしかねえ」
赤シャツが鉄製ラックを押すが、重すぎて動かない。ハッキリ君とツルハシ女が手伝う。中年ゾンビは後ろで照らす係であり、女子高生ゾンビはアニソンを歌い、軽快なステップで応援する。ロリっ子は腕組をして現場監督風だ。
「よし、この棚はこれくらいでいいぜ」
壁に向かって、ある程度の空間を確保した。ただし、その垂直な材質は硬質であった。
「鉄筋コンクリだから、素手じゃ無理だ。なんかないか」
すかさずモップを差し出したのは中年ゾンビだ。傾いた腐れ顔がキリリと引き締まって、さも得意そうに笑みを浮かべた。
「教授、赤シャツさんがコンクリって言ってるっしょ。モップでどうすんの」
「アハハ! バカだバカ。そのモップで壁でも掃除してろってよ、オッサン」
「いや、いらないんだったらいいんだよ。モップだってタダじゃないからね」
女ゾンビたちに嘲られて、モップの柄を握ったまま中年男が後退する。廊下に出て、所在なげに床を拭き始めた。
「おいツルハシ、ツルハシを貸せよ。そいつでコンクリを削ってやる」
「いやよ。自分のを使えば」
「俺のはライフルだ。百発撃ったって、穴が開くかどうかだ」
「わたしのだって、コンクリートなんて打ったら刃先が欠けちゃうんじゃないのさ」
ツルハシ女は譲らない。赤シャツがなにか言おうとすると、ロリっ子が入ってきてハンマーを手渡した。
「最近のガキは用意がいいな」
ずっしりと重いそれを壁に打ち当てて、コンクリートを砕いていく。鈍い打音と交じり合うのは、あきらかに電話の呼び鈴だった。
「よし、もう一息だ」
壁のコンクリートが薄くなった。あともう一打撃で穴が開くだろう。赤シャツが躊躇うことなくぶっ叩いた。
「出てきたぞ」
出てきたのは、ダイヤルを回す方式の古風な黒電話だった。骨董品である。コンクリート壁の中に空洞があり、やや斜めに傾いで鎮座していた。壁が取り除かれたので、やかましくリンリンと音を響かせている。
「鳴っていますね」
「鳴ってるよ。壁の中の電話がなってる。なんなのよ、これは」
「どうなってんの。ねえ、なして壁に電話があんの。電気とかどうなってんの。つか、誰からよ、赤シャツさん」
「うんなもん、知るかっ」
「とにかく、誰か出たほうがいいよ」
中年ゾンビが促すが、誰も受話器をとろうとしない。黒電話は呼び出し音を鳴り響かせたまま、静かになる気配を見せなかった。
「早くとれよ、教授。オッサンは電話が好きだろう」セーラー服が急かした。
「ぼくはイヤだよ。ニートはねえ、こういう古いタイプの機械とは相性が悪いんだよ。孤独紳士は電話が苦手なんだ」
中年ゾンビは、見知らぬ誰かと話すことに躊躇いを感じていた。
「赤シャツさんが掘り当てたんだから、やっぱり赤シャツさんだよ」
「いやいや、俺はほら、このとおりキズ者だし、こんなのが最初に相手をするのは失礼だろう」
赤シャツも、なかなかの人見知りのようである。
「ハッキリさんにかかってきたんじゃないの。施設の責任者だし」
「まあ、そうだな。俺たちじゃねーよな」
ツルハシ女の腐った瞳が施設責任者を見ていた。怪しい電話を受ける義務があるのは、自分たちではないと言っている。
「わかりました。私がでてみましょう」
ハッキリ君の手が受話器に触れた。黒電話の呼び鈴は電子的な音ではなく、内部に配置された金属板を振動させる古風な機構だ。施設責任者の指先に、その振動が確固として伝わる。
「もし出前がたのめるなら、肉うどんの肉大盛りと、おいなりさん二つね」
「教授は黙ってて。殺すよ」
ツルハシの鋭利な先っぽを顔の前に付きつけられた中年ゾンビは、本気の殺意を察知してただちに黙った。しゃべる者がいなくなると、室内の空気がいっきに凝縮する。誰もが緊張していた。
「も、もしもし」
ハッキリ君が応え、その粉っぽい受話器を三十秒ほど耳に当てていた。いつものポーカーフェイスを厳めしく崩しながら、じっと聞き入っている。
「それで、どうなの、ハッキリさん。誰なの、外のゾンビ狩りの連中?それとも、わたしたちみたいな再意識化したゾンビなの」
汚い唾を飛ばしながらツルハシ女が急かす。
「デリヘル業者だったら、おもいっきり若いのを頼んでくれよ。ババアはチェンジで」
「ドウテイのくせして、うっせーんだ。黙っとれ」
女子高生ゾンビに叱られて、中年ゾンビは軽口を止めた。「ちーっ」と鼻の前に人差し指を立てながら、ロリっ子が睨んでいる。
「で、どうなんだ。どこからなんだ。まさか、{おさわり放題・キャバ}からか」
「違います。ちなみに、それをいうならゾンビパーク・ヨダですよ、赤シャツさん」
受話器の下の部分を手で覆いながら、ハッキリ君が赤シャツの顔を見つめている。どっちも真顔であった。
「赤シャツさんの言い間違えが、すっげー遠くなってんだけど。なんだかんだでエロ関連だし」
「根本のところで教授と同じ思考なのね。男って哀しい生き物だわ」
「ツルハシ姉さん、なんでさあ、男ってゾンビになってもエロいのさ」
「だから、哀しい生肉なのよ」
「いまは、腐ってるけどね」
「ねえねえ、そんなことより電話の相手だよ。ハッキリ君、いったいどこからなんだ。なにを言ってるんだ、赤シャツさんの言う通り、{ソープヌルヌル・レロ}からなのかい」
ロリっ子が中年ゾンビの尻を蹴りあげると、ギャフンと唸って後ろに退いた。
「それでハッキリさんよ、どうなんだ。いいかげんにハッキリさせろや」
ドスの効いた声で言ってしまってから、相手が責任者であることに気づき、少しばかり狼狽える。
「あ、いや、その、なんだ。だから、どうなんだって」と赤シャツが言う。
ハッキリ君が黒電話の受話器を皆に向けた。耳に直接当てなくても、静まり返った狭小な空間には十分な音量だった。
「ええーっと、これって、なんの音さ」
「なんか、聞いたことある気がするけど」
「しー、静かに」
いつの間にか前に出ていた中年男ゾンビが、傾いた腐れ顔に人差し指を立てた。その場を仕切ろうとの魂胆だが、ロリっ子が邪魔くさいとばかりに股間を蹴った。
「あ、痛っ。ロリや、そこは大事なところだから、むやみに蹴ってはダメだよ」
「教授、うるさいって。静かにしないと本気で殺すよ、ハゲ」
「ハゲじゃねえよ」
黒電話の受話器からの音は、連続であり、断続でもあった。耳障りなようで、心地良くもある。
「これはモールス信号です。間違いありません」
黒電話の受話器から出力されている音声はモールス信号であると、ハッキリ君が断定した。
「モールス信号って、なに。臭いの」
「モールス信号が臭いわけないだろう。なんだよ、臭いのって。最近の女子高生は頭が悪いのもほどがあるよ」
「なんだ、セーラー服。おめえ、モールス信号を知らねえのかよ。バカだなあ」
「そんなの授業で習ってねえし、信号の種類なんて知るわけないじゃんか」
中年男ゾンビだけではなく赤シャツにも貶されて、女子高生ゾンビはぶっちょ面になった。
「いいかあ、セーラー服よ、その腐った耳の穴かっぽじって、よ~く聞きやがれ。モールス君が信号機になったんだ。酔っぱらったら顔が赤になって、アル中になったら黄色で、死んじまったら青だ」
「たしか機関車にもいたよね」
「トーマス君だな。教授、いいとこつくぜ。あいつもくせ者だからな。なに気に顔が怖え」
「じゃあ、さあ、モールス君の怖い話を教えてよ」
「よっしゃJK、聞いて驚けパンツを濡らせ。なんと12日の木曜日の夕暮れ時にそいつの股間を見てしまうと、アソコに激痛が走るってウワサだ」
「うわー、絶対いやだ。とりあえず、ぼくはゾンビでよかったよ。神経が腐ってるから、アソコが痛くなんないし」
「へえ、そうなんだ。なんかさあ、都市伝説みたいですごいじゃん。あとでダチに教えてやるわ」
赤シャツと中年男ゾンビの説明に、女子高生ゾンビが納得する。盛り上がっている三人を見て、ロリっ子がまたもやスカシッ屁をかました。
ぷす~
「うわ、くせっ」
あまりの毒性にきりきり舞いとなったゾンビたちが、いったん廊下へ出た。備品室に残っているのは、ツルハシ女とハッキリ君、ロリっ子となった。静かになった室内にモールス信号のトン・ツー音が絶え間なく鳴っていた。
「それで、ハッキリさん。このモースル信号の意味は理解できるの」
「いえ、私には無理ですね。符号表みたいのがあればいいのですが」
ツルハシ女とハッキリ君は、モールス信号であると正しく認識していた。
「モールス信号とは、{トン}という短い符号と「ツー」という長い符号を組み合わせて通信するんですよ。トン・トン・ツーとか、ツー・トン・トンって具合です。電信だけではなく、音や懐中電灯の光でもできます」
「バカ三人は廊下で鼻をつまんでいるから、いまさら説明しなくたっていいよ」
「皆さん、どういう勘違いをしているのでしょうか」
「なにせゾンビだから、ときどき会話自体が意味不明になっちゃうのよね。マダラボケっていうか。腐っているからしょうがないけど」
臭いが薄まったことを確認しながら、三人が恐る恐る入ってきた。ハッキリ君がモールス信号について説明すると、アルコール依存症の外国人や機関車ではなく、信号通信であることを理解した。黒電話からの発音は、いまだに続いている。
「電話の相手が信号っていうのは謎だよな」
「そうだよ。それに壁の中に埋まっている黒電話って、どういうホラーなんだろう」
「問題はさあ、殺ゾンビ現場に、なして電話がかかってくるのかってことじゃね」
腐った頭脳だが、赤シャツと中年ゾンビ、セーラー服はそれなりに思考を働かせていた。
「皆さん、ひとまず会議に戻りましょう。いろいろと込み入ってきたようなので、お茶でも飲みながら整理したいと思います」
備品室を出て、全員が一階へと降りた。会議の前に、あっちこっちに散らばっていた警備員の残骸は掃除された。黒電話からのモールス信号音は続いていたが、誰も意味を理解することができないので、とりあえずはそのままの状態で放置された。
それぞれが自分の席について、一息ついた。めいめいが好きなお茶を飲んで、いつも通りに身体の裂け目から垂れ流している。惨殺現場の検分の直後だが、まったりとした雰囲気だった。
本題に入る前に責任者が提案する。
「まずは皆さんで警備員さんの死を悼みましょう」
「おいおい。あいつ、ゾンビだから一回死んでるんだぞ。また死んで悼んだらヘンじゃねえか。一回多いってよ」
「赤シャツさん、その辺の細かいことは気にしないようにしましょう。話がすすみませんから」
「ああ、まあそうだな。よく考えりゃあ、二回死んだのは気の毒だぜ」ナマンダブツと二回唱えた。
「あの人、じゃなかった。あのゾンビさん、悪いゾンビじゃなかったしね」
「そもそも、警備員さんを一回殺してゾンビにしたのは、あたしたちだしなあ。二回目殺したのは誰か知らんけど」
「二回死んでみるう、なんちゃって」
死んだ警備員ゾンビへ哀悼の意を捧げることに異論は出なかった。ハッキリ君が皆を立たせた。首を少しばかりたれて、あの言葉を言おうとしたが先を越されてしまう。
「木刀」と、唐突に中年男ゾンビが叫んだ。ツルハシ女が、ツルハシを逆さにもって柄の部分で、アッパー気味に彼をぶん殴った。
「あぎゃっ」
傾いた顔を硬い棒で殴打されて、中年ゾンビがのけ反った
「な、なにするんだいっ。母さんにもぶたれたことないのに」
「だって、教授が木刀!っていうから、木刀でぶん殴ってやったんじゃないの。感謝しなさい」
今度は柄の部分をもって殴りかかろうとする。
「ちがう、ちがうよ。死者に対する思いをさあ、心の中で呟くことじゃないか。暴力ではないんだって。そもそも、ツルハシは木刀じゃないよ。工事現場で大活躍じゃないか」
首の傾き具合を気にしながら、中年ゾンビが抗議する。
「教授さあ、それって木刀じゃなく、墨汁のことじゃんか」
「だから墨汁って言っただろう。黒光りは男の魂そのものなんだ。黒光りは正義なんだよ」
「教授、墨汁じゃあないでしょう。書初めじゃあるまいし。撲殺よ、撲殺」
「だから撲殺って言っただろう。ゾンビを殺すには撲殺が一番なんだ。ドンと一撃で腐った頭を叩き潰す快感はやめられない止まらない、あのお菓子なんだよ」
本気なのかふざけているのか、ゾンビたちの戯れは止まらない。
「黙とう、を捧げましょう」
ハッキリ君の正しい号令で、皆が黙とうする。腐ってはいるが沈痛な面持ちで、ゾンビたちが首をたれる。中年ゾンビだけは横に傾いだままだった。
「さて、それでは警備員さん殺害事件捜査の進捗についてですが」
立っているのはハッキリ君と、そのへんをほっつき回っているロリっ子だけで、ほかは着席していた。
「殺ゾンビ事件の現場に電話がかかってきています。モールス信号のようで、内容を解読できません。これはどういうことなんでしょう」
「警備員殺しの現場にかかってきたってことは、例のよう、ゾンビの楽園からじゃねえのか。{熟女あぶら・つぼ}からだよ。あいつへの定時連絡かなにかだな」
「赤シャツ君、いいとこつくねえ。ぼくもそのことを考えていたんだよ。きっと、{さそり女囚・レズ}が、いよいよぼくたちを受け入れるって連絡なんだよ。警備員君がひそかに打診していたんだろう。ロリの入学式が楽しみだよ」
珍しく同じ意見になったと中年ゾンビが喜ぶ。赤シャツは迷惑そうな表情だった。
「ねえねえ、時給いくらなのかな。その{オッパイJK・パブ}って」
「ちょっとセーラー服ちゃん、そこで働く気なの」
「それはそうだよ、ツルハシ姉さん。しっかり稼いで、自分の店を持つ。そんで、メスゾンビどもを雇って儲けるんだよ。あたしは店のマダムになるんだ」
セーラー服は、なかなかに資本家である。
「赤シャツさん、教授、セーラー服さん、落ち着いてください。黒電話のモールス信号は解読不能なんですよ。勝手に妄想してはいけません。それと約束の地は、ゾンビパーク・ヨダです。だんだんと遠くになっていますよ」
明後日の方角へ盛り上がっていたところに、ハッキリ君が水を差して元の路線に戻した。
「まあ、とにかくアレだ。電話の件は後でやるとして、警備員をやったのは誰かって話だ」
「重要なのはアリバイよね。いまから九時間前、昨夜の十二時ごろにあの備品庫の近くにいた者が怪しいわ。まずは教授から、どうよ」
ツルハシ女のツルハシが、ビシッと一直線になって中年男を指し示した。
「ど、どうよって、ぼくは寝ていたよ。ちゃんと熟睡してたんだ。だから殺ゾンビなんてできないんだよ。ピーピーいびきをかいて、たまに屁をこいているニートゾンビは無垢な子羊なんだ」
「なにをもって熟睡していたというの。証拠がなければただの寝屁えじゃないの」
ツルハシ女による追及が続いた。
「な、なにって、そりゃあ、なんだ、ええーっと、あ、そうだ、夢を見ていたよ。素晴らしきかなゾンビ人生は、という浪花節な人生の夢を見ていたんだ」
「よーし、教授。その夢の内容を聞いて驚いてやるから、さっさとしゃべりやがれってんだよ、ちくしょうめ、ぶっ殺してやる」
ライフルの銃口が右に左に振られると、椅子に座ったゾンビたちがのけ反った。
「乳デカなギャルゾンビたちに囲まれて、人生が楽しくて仕方ない夢だよ。まあ、乳は腐っていたけれど、巨乳には変わりないからね。だからぼくは熟睡してたんだ。気持ちのいい夢の途中で警備員を殺すわけないじゃないか」
「まあ、そう言われればそうだな」
「教授らしいキモ過ぎる夢で、逆に信憑性があるわね」
「チッパイだって、すごいんだからね、フンッ。なにさ」
いかにも中年ゾンビが夢見そうな夢であると、皆が納得していた。
「ちょっちゅちゃっちゃ、ちぇ~いすちゃ」
チョロついていたロリっ子がいきなり机の上に跳び乗り、注目を集める。
「ええーっと、いまのを訳すと、{ちょっと待ったー、チェースト}だそうです。って、どうしたんだい、ロリや。これからお父さんが無実を証明するから、おまえは静かにしてなさい」
中年ゾンビが机の上から降りるように促すが、少女ゾンビは屁を一発かました。
ぶぴっ。
「うわっ、臭っ」
そして言い放った。
「きちゃまは、うちょを、茶っちゃちゃっちゃ」
「ええーっと、{貴様は噓をついている}です。いやいや、ぼくはウソなんてついてないよ。ロリや、お父さんを疑っちゃあ、だめでしょう」
中年ゾンビは父親面だが、これはフェイクである。
「ちょうきょうちょっちゅ、きょきゃちゅきゅ、おお~、みゃい、ぎゃー。おみゃあ~ぎゃ、ぎゃんぎゃで、くちゃいけちゅ、ふいちゃちゃっちゃ。ちね、どうてい」
「ええーっと、{東京特許許可局、オー・マイ・ゴッド、おまえは現場で臭い尻を拭いてた、死ね、童貞}です。って、だ、だめだよ、ロリ、そんなこと言っちゃあ」
中年ゾンビが慌てだす。少女ゾンビはピースサインを突き出して、キメのポーズをした。
「ちょっとう、教授、現場で尻を拭いてたって、どういうことなの。説明してよ」
ツルハシ女の疑惑目線が突き刺さる。返答によっては、ツルハシの切っ先が刺さる可能性があった。
「いやいや、ぼくはそのう、なんだ。肛門を喰いちぎられてゾンビになったから、尻の穴が腐って臭いんだよ。だから夜中に消毒してるって、ただそれだけの、いたってノーマルな話さ」
「消毒って、どうやんのさ」
「どうって、そりゃあ、業務用洗剤をぶっかけてゴシゴシやるんだよ。なんせぼくの尻の臭さは天下一品だからね。石鹸ぐらいじゃあ、少しも弱まらないんだ。強烈なんだよう」
悲しそうに自慢するのだった。
「洗剤を置いてある部屋って、あの備品室じゃんか。っつうことは、教授は犯行時間の夜中ごろに、あの部屋でケツを洗っていたってことになるね」
「そういうことよ、セーラー服ちゃん。その時、たまたま通りかかった警備員さんが、そのおぞましい現場を目撃してしまった。当然、目撃者は始末しなければならないって、犯罪者の心理よね」
「たしかに筋が通るぜ。いや、完璧じゃねえか。教授が犯人でダウトだ。キマッたな」
ツルハシ女とセーラー服、赤シャツがハイタッチして、事件解決の前祝をする。
「ちょちょ、待ってちょうだいよ。その推理には無理がありますよ。だって、ぼくは尻が臭いことを恥じてはいないんだから。かえって誇らしいくらいだよ」
「教授、お尻が臭いのが自慢というのはおかしいですよ。犯行を誤魔化すために、テキトーなことを言ってはいけません」
「ちっとも、おかしくなんかないよ、ハッキリ君。ぼくは肛門を齧られてゾンビになった初めての人類なんだ。そんじょそこらのありふれたゾンビとは出自が違うんだよ。血統という意味では、サラブレッドなんだよ。なにせ希少種だからね」
そう言って、傾いた得意顔で胸を張った。
「まあさ、教授はロリコンのヘンタイドウテイだから。お尻の穴が臭くて自慢っていうのは、ワンチャンありなんじゃね」
「たしかにね。ヘンタイがヘンタイ行為を見られても、他人を殺す動機としては薄いわ」
「ほらほら、ほ~らほら。だからぼくじゃないんだって」
「教授は、ひとまず保留だな」
「まあ、そうしましょうか」
無実の根拠としては頼りないが、中年ゾンビへの疑いは薄くなった。とりあえず保留となる。
「ほかに怪しい人、じゃなくてゾンビって誰さ」
「うーん」と皆が考え込み、それぞれが飲み物をだらしなく啜っていると、再びロリっ子が机の上に立った。小学生らしいゆるいステップを踏んだ後、くるくると三回転半して止まり、ほんのりと尿臭いゾンビ臭が振り撒かれた。
「おみゃあ~ぎゃ、あやちい~、じょちこうちぇい、えっちゅ」
「ええーっと、緊急的に翻訳しますけど、{おまえが怪しいぞ、女子高生、エッチ}だそうです」
少女ゾンビの腐りかけた人差し指が、女子高生ゾンビの鼻先をポイントした。
「ちょ、ちょっとう、やめてよね。なして、あたしが怪しいってことになるのよ。そんなことあるわけねえじゃんか。いや、ありえんわ、なんなのこれ、ありえんっしょや。ウソだって。がばいウソかー、っげほ、げほ」
女子高生ゾンビは狼狽していた。あせって、鼻の穴から茶を飲んでむせてしまう。
「セーラー服さん、ひとまず落ち着きましょう。ロリっ子が言っているだけで、確定した話ではないのですよ。教授への嫌疑も保留中ですし」
「そうよ、そんなにむせちゃってさあ。とりあえず、これをお飲み」
ツルハシ女が、自分が飲んでいた激熱アールグレイ紅茶を差し出した。咳き込みながら、腐った鼻汁を噴き出していた女子高生ゾンビが、そのカップをひったくるようにとって、やはり鼻の穴からごくごくと飲んだ。
「あちゃっ、あちゃっ、あちゃちゃちゃちゃ。もわっちー」
あまりの灼熱のため、鼻腔内にたまった渋めの熱湯を、片方の穴を指でふさいでから噴出させた。
「あちっ、あち、あっちーーーー」
熱々の汁が中年ゾンビに降りかかった。ただちに跳び上がり、しばしアホ踊りを繰り広げてから女子高生ゾンビに食ってかかった。
「な、なにするんだよ。危ないだろう。ヤケドしたらどうするんだよ。ったく、最近の女子高生は、わけわかんないよ」
文句たらたらの中年ゾンビを無視して、女子高生ゾンビは鼻の中の水分を極限まで吹き出していた。
「うわ、汚いなあ。鼻水が汚いよ。女子高生のくせして、なしてそんなに汚いの」
赤紫の中に黄緑が混じった汚らしい鼻汁が、小さな下水管から、たら~っとたれていた。
「っもう、鼻の穴がヤケドしちゃったないの。これ、ぜってい鼻づまりになるパターンだ。夜眠れないじゃん」
「そうだよ、ぼくも二次被害を食らって、顔にヤケドを負って、ナイスミドルでダンディズムなハンサム顔がだいなしなんだよ」
女子高生ゾンビと中年ゾンビが、うるさかった。
「あんたらさあ、ゾンビなんだから熱さ感じないでしょう」
ツルハシ女は、やや冷めたゾンビ目線である。
「あ、そうだった。あたし、ゾンベだから熱くないんだ」
「お、そうだった。ぼくはゾンビだからヤケドしないんだ」
二人はお互いの顔を見てニッコリと笑みを浮かべ、それぞれの汚さにウンザリして顔を逸らした。
「セーラー服の狼狽えぶりは尋常じゃねえなあ。おめえ、なにか隠してるだろう」
赤シャツの充血した眼ん玉は見逃さなかった。
「はあ? なに言ってんの。あたしが夜中にこっそりあそこへ行って、教授がケツ洗ってるのを見つけて、そのあとなにかしてたって証拠でもあるの」
皆が女子高生ゾンビを凝視した。
「おめえ、夜中に備品室に行って、なにかやってたのかよ」
「セーラー服さん、教授が備品室でお尻を洗っていたのを見たんですね」
女子高生ゾンビは、しまった、という顔をして下を向いた。その場の雰囲気を誤魔化そうとして流行りのアニソンの口笛を吹くが、動揺していたので微妙に浪花節であった。
「おまえ、さては教授がケツを洗った後で、エロいこと言ってあの警備員を呼び出して、教授のクソ汚ねえケツ臭い備品室で男女のもつれを演じながら、クソグロい猟奇殺人に手を染めたってわけだな」
「赤シャツさん、それは想像が過ぎますよ。まずは本人に真相を確かめてからです」
「ねえ、セーラー服ちゃん。ここは正直にゲロりなさいよ」
赤シャツがライフルを撫で、ツルハシ女がツルハシを握った。ハッキリ君が目線で促し、さらにロリっ子が屁をスカし、そのステルスな悪臭を吸い込んでしまった中年ゾンビが喘ぐ。「ぐおえー。く、くっせ」
「ああ、ああ、わかったよ。わかりましたよ」
観念した女子高生ゾンビは、いかにも不貞腐れた投げやりな態度を見せた。さも不機嫌そうに残りのアールグレイを一口飲むと、「ゲップー」と腐った魚のような口臭を中年ゾンビに向かって吐き出してから、残りの紅茶をぶっかけた。「うっ、臭っ、熱―っ」
「あたしさあ、人間だった頃に学校のダンス部に入りたくてさあ。でも、足が太いからって入れてくんなかったのさ。あいつらだってブタみたいな足してたくせによ。あったまきちゃう」
「ふつう、足が臭えくらいで入部を断られたりはしねえだろうよ。おめえよう、嫌われてたんじゃねえか」
「嫌われてない」
机を叩いて女子高生ゾンビが立ち上がった。
「嫌われてないから。あたしは人気があったの。男子にだってコクられたことあったし。それと足が臭いんじゃなくて、足が太いってこと。教授と一緒にしないで」
「えーっ、ぼくにフラなくてもいいじゃないの。そもそもぼくが臭いのは足じゃなくて、お尻だからね。そのへんを一緒にしないでくれないかな、教育的指導だ」
「肛門が臭いほうが問題だと思うんだけど」
「いやいやツルハシ君、それは違うなあ。お尻の穴は排泄口だからね。臭くて当たり前なんだよ。どんなにイケメンだろうが可愛いアイドルだろうが、アナルは臭いんだよ。だからぼくの肛門が臭くたって、なんら問題はないし、むしろ自然なことであって、恥じること自体が恥ずかしい」
「肛門の話は、もういいでしょう。それよりも昨夜のセーラー服さんの行動です。釈明を聴かなければなりませんね」
ハッキリ君が外れかけた軌道を修正する。この集団はどこか夢見心地になりがちなので、責任者の明確な誘導が必要となる。
「だからあ、備品室の前の廊下で、ダンスの練習をやってたんだって。そしたら教授が来たからすぐに隠れたの。ドアの隙間からちょっと覗いたら、洗剤でケツ洗ってから、うへえ、オッサン気色悪りーって思っちゃってさあ」
さも汚いモノを見るような眼で中年ゾンビを見た。
「とすると、教授とセーラー服のどっちとも殺ゾンビ事件には無関係ってことになるな」
「いやいや赤シャツさん、それはおかしいよ。だってぼくが尻を洗っていたのはセーラー服君が証明したけど、セーラー服君の言い分が本当かどうかを立証する者がいないよ」
めずらしく筋道立った教授の抗議に、「チッ」と、女子高生ゾンビが舌打ちする。
「ねえ、セーラー服ちゃん。あなたを見た人、いやゾンビはいるの」
「いや、いねえと思うけど」
「だったら犯人って言われても仕方ねえわな」
「犯人とは断定できませんけども、教授よりは重要参考人ということになりますね」
女子高生ゾンビへの疑惑が深まった。
「ああー、ハイハイ。わかりましたよ。あたしがダンスの練習をしてたって証明すればいいのね。わかりました」
さもブーたれた態度で立ち上がると、サッとテーブルに跳び乗ろうとしてズッコケた。膝を机の縁に打ち据えてしまい、腐った小顔を歪ませている。
「いたたたた、って痛くないわ。っもう、ゾンビはトロくて腹立つわあ」
あらためて机の上に立った。
「じゃあさあ、いまから踊るわ。あたしの超絶JKダンスを見れば、日々特訓に励んでいたってわかるから」
女子高生ゾンビ以外のメンバーは皆座って見上げていた。当の本人は半分腐った面々を見下ろして、いかにも得意げな表情だ。
「ふつう、JKがJKって言わないよねえ」
「超絶って、自分でいうか。聞いてるこっちが、こっぱ恥ずかしいぜ」
ツルハシ女と赤シャツが聞こえるようにつぶやく。
「はい、そこの人たち、うるさいから。ほんと、うっさい」
中年ゾンビの額が机にくっ付き、超絶の上目遣いでスカートの中を覗いていた。
「ちょっと、オッサン。どさくさでスカートの中を見るんじゃねえよ。ロリコンのくせして覗き魔って、どんだけサイテイなんだ」
「いや、ぼくは見てないし。これは首が傾いてるから仕方ない位置取りなんだよ。物理的に不可抗力なんだ」
「逆に傾ければいいじゃんか」
「それだと首の座りが悪くなるよ。まあ、汚いパンツが見えるけど、見たくて見てるんじゃないから気にしなくていいよ。ノープロブレムだ」
「プロブレムだらけのオッサンが、なに言ってんだか」
「なんでもいいけど、さっさと踊れよ。超絶JKダンスを見せやがれってんだ、このケモノ女め、こんちくしょう」
赤シャツが急かすと、キッと睨みつけてから女子高生ゾンビが構えた。
「オーケー、ガイズ。今日は、サイコーに、も、り、あが、って、いこーぜ。シャケナベイベー」
女子高生ゾンビの身体が揺れると、ステップを踏んで踊り始めた。音楽は用意されていなかったので、自らが口ずさみながらのダンスであった。
「いま、シャケナベイビーって言わなかったか。ユウヤかよ」
「うわあ、昭和じゃないの。くっさいわね」
赤シャツとツルハシ女の雑言は、ダンスに集中した女子高生ゾンビには聞こえなかった。ひどく血色の悪い顔からBGMが奏でられ、スカートがひらめき中身がチラリズム状態となった。中年ゾンビが、傾いた頭部をテーブルに密着させて喰い入るように見ていた。
「ねえ、これって、何ダンスなの」
「知らねえよ。ヒップホップとか、ポップダンスとかいうんじゃねえか。女子高生って、だいたいそんなもんだろう」
「なんか、違う感じがするのよねえ」
ダンスの種類を赤シャツが説明するが ツルハシ女は納得いかず、しきりに首をひねっていた。
「ちょっと盆踊りっぽい気がします」
「いや、違うなハッキリ君。それは残念な素人判断だ」
ハッキリ君の見解を、中年ゾンビが真っ向から否定した。
「ではなんですか、教授」
中年ゾンビが右手を傾いた額に当てて、ふっと汚らしい笑みを浮かべた。
「これは、東村山音頭だ」キメ顔でそう言った。
女子高生ゾンビは踊り続けている。ときおりコブシが効いた唸り声をあげるのだが、ゾンビであるので存分にホラーな響きであった。
「あはは、そうよ。教授の言う通りだわ。カトちゃんがやってたやつだ」
「いや、志村だ」
ツルハシ女の見立てを、中年ゾンビが間髪を入れずに修正した。ツルハシ女のヤラレタという表情を見て満足している。
「いや、コサックです」
すかさずハッキリ君の追い修正が入った。
「なにいーっ」
中腰になった女子高生ゾンビは、両腕を胸の前で組んで背筋を伸ばし、しゃがんだ姿勢のまま足を交互に繰り出している。口ずさむBGMも、いつの間にかロシアっぽくなっていた。
「ぐぬぬ、これぞコサックの叫び。この女子高生、侮れぬわ」
中年ゾンビがシブい顔で、不肖不肖に頷いていた。
「さあ、どうなの。これでもあたしが殺ゾンビをしたって言うの」
女子高生ゾンビの足さばきが、さらに高速となった。机を踏み潰さんばかりの勢いである。
「セーラー服さんがダンスに夢中なのはわかりました。夜中に練習していたというのも説得力があります。しかしながらアリバイを証明する他のゾンビがいない以上、完全に無罪というわけにはいきません。一時保留です」
コサックダンスは継続中だ。どっしりと腰を落としているにもかかわらず、相変わらず背筋がピンと伸びていて、女子高生とは思えぬ凛々しい顔がまっすぐ前を見つめていた。
「おい、セーラー服、いいかげんにやめろや。足バタバタさせてっから臭えんだよ」
ひらひらと捲れるスカートから、ゾンビのえげつない体臭がまき散らされている。女子高生ゾンビがダンスをやめた。
「素晴らしいダンスでした。皆さん、拍手で讃えましょう」
ゾンビたちの手がパチパチと鳴った。まばらな賞賛だったが、女子高生ゾンビは満足したようで、机から降りて椅子に座った。
「フン、まあ、こんなもんね。来週から新作を練習するから、こうご期待よ。スゴイんだから」
期待するゾンビはいなかった。なぜかキメ顔の女子高生ゾンビに、ハイハイと頷いてテキトーに流した。
「てめえりゃ、あんちゅんちゅっちゅは、まじゃはやぴー。まじゃまじゃ、まちゅりゅはno end だっちゅうの」
かわりに机に上がったのはロリっ子だ。
「{皆さん、安心するのはまだ早い。まだまだ祭りは終わらないぜ}だそうです。どや」
中年ゾンビがロリっ子の言葉を滞りなく翻訳して、ドヤ顔である。
「ちゅぎのちょうぎちゃは、おみゃあじゃ、ちゅるはちゅ」
「{次の容疑者はおまえだ、ツルハシババア、このっ、くそババア、死ね、くっさいババア}っと言ってるよ」
「ちょっとう教授。訳がおかしいんじゃないの。ババアは言ってないでしょう、ババアは。ウンコ臭いってどういうことさ」
「ウンコ臭いとは言ってないよ。はは~ん。さては洩らしたな、ツルハシさん」
「わたしが洩らすわけないでしょう。教授のお尻と一緒にしないでよ」
「そういえば、なんかウンコ臭くないか」
赤シャツの鼻が、その辺りに主張し始めた悪臭を素早く嗅ぎとった。
「あ、それ、あたしだ。コサックやった時に、ちょいとチビッちゃった」
女子高生ゾンビがへへへと笑い、頭を掻いた。
「クソの話はどうでもいいが、ツルハシが容疑者ってのはどういうことだ」
視線がツルハシ女に集中した。とくにロリっ子の眼力は鋭かった。
「いやいや、わたしが犯人なわけないじゃないの。あの人の意見に賛成してたんだから。さっきも言ったけど、味方を殺すとか、そんなのないわあ」
あるわけないっしょ、と言って紅茶を飲もうとするが、鼻から吸い込んでしまい、途端にむせかえってしまう。
「ぐえ、うっへ、ゲッホ、ゲッホ、おえー、げええ」
「うわあ、汚い。ツルハシさんのゲボがかかった。うっわ、臭っ」
むせかえったツルハシ女の吐しゃ物が中年ゾンビへぶっかけられた。
「ちょっとちょっとー。なんでいつもぼくなのよ。これは人権侵害だよ、それと領海侵犯も重なるからね。うわっ、な、なんか、イカ臭い。腐ったイカ」
「ツルハシよう。おめえのその慌てぶりは尋常じゃあねえな。なんか隠しているだろう」
社会の裏道を歩きつくした男は、他人の心の暗部を目ざとく見つけ出す能力にたけていた。
「な、なに。なんにもないってば」
「いんや、怪しいぜ」
「ツルハシさん、ひょっとしてなにかを隠していますね」
赤シャツとハッキリ君の追及に、女ゾンビの手が震えていた。空になったティーカップに熱い紅茶を注ぎ、飲むかと思いきや、いきなりぶっかけた。
「あっちゃちゃちゃちゃちゃ、もあっちー」
熱湯を顔に浴びた中年ゾンビが、振り子のように頭部を振って熱気を冷ます。
「ああ、そうだよ。隠してたよ、それがどうしたってのさ」
突然開き直って、ふてぶてしく言った。ツルハシを肩に担いで、居丈高に立ち上がる。
「とうとうゲロりやがったが」
ゲロを吐きかけられたうえに熱湯までかけられた中年ゾンビが、その被害者はぼくだとアピールしたが無視された。
「ツルハシさん、どういうことか説明してください。あなたには、その義務があります」
ハッキリ君の言い方は詰問調であった。
「わたしは」と言って、ツルハシ女がキッと中年ゾンビを睨んだ。
「な、なしてぼくをにらむのさ。こわっ」
たじたじとなる中年ゾンビを横目に見て、ツルハシ女が言い放つ。
「マーー、ジック」
「ま~んじゅく?」
中年ゾンビの傾いた頭の上に?が点灯した。
「それは、熟女の秘められたアソコってことかなあ。あ、いたっ」
中年ゾンビの足を蹴ったのはツルハシ女ではなくて、ロリっ子だった。ダメな父親を叱咤しているようである。
「マジックよ、マジック。わたしはマジシャンになりたくて、夜になったら練習しているの」
マジシャンという職業に憧れがあると、ツルハシを肩にかけたゾンビが言った。
「おめえ、ゾンビなのに手品やってどうすんだ。バカじゃねえのか」
赤シャツにそう言われて、ツルハシ女はウンザリしていた。
「だから言いたくなかったのよ。そうやって貶されるから」
「まあ、ツルハシさんがマジシャンになりたいというのはいいとして、それが昨夜のアリバイにどう関係してくるのでしょうか」
趣味の話より先に、殺ゾンビ事件を解決しなければならない。ハッキリ君は責任者の職務を果たそうとする。
「だから、昨日の夜も二階の備品室でマジックの練習しようとしてたわけ。そうしたら教授が来たから隣の部屋に隠れたのよ」
そう言って中年ゾンビをチラリと見た。彼は照れくさそうにハニかんで尻に手をつっ込んで、その手を嗅いだ。
「教授がいなくなってヤレヤレって思ってたら、今度はセーラー服ちゃんが来て踊り始めるし。おかげで練習できなかったじゃないのさ」
隣の部屋に隠れたまま、女子高生ゾンビのバカダンスが終わるのを待っていたが、面倒くさくなって、その夜はマジックの練習をしないで寝てしまったとのことだった。
「すると、ツルハシさんは手品の練習をするために備品室を使っていたわけで、警備員さんの殺害には関与していないということですか」
「あったりまえじゃないの。だからね、同じ考えの人、じゃなくてゾンビを殺しちゃったらわたしが損するから」
「まあ、話しはわかったけどよう、無実の材料としては説得力がねえよな」
「ぼくはマジックには詳しいんだよ。脱出マジックで溺死したゾンビから極意を教わったかね」
「教授は黙ってなさいよ」
全員が黙ってしまった。
十数秒、ロリっ子の、いかにも子供らしい屁の音で均衡が破られた。
ふぺ。
「うっわ、臭っ」
「教授、うるさい。わたしの無罪について、いま議論が白熱中なんだから」
「いやだって、ロリの屁がすんごい臭いし、つか、いまみんなで黙ってたじゃないか」
議論が盛んだったというツルハシ女の主張は違うと、中年ゾンビが主張するが、いつものように無視された。
「そんだらよう、ツルハシ。おめえのマジックとやらを見せてくれよ。ちゃんとやれたら、アリバイについても説得力があるぜ」
赤シャツが責任者を見た。
「そうだろう、ハッキリさん」
「まあ、そうですね。マジックの話が本当なら、ツルハシさんの話も信じられますし」
皆の視線がツルハシ女に注がれた。
「わかったわよ。わたしのスーパーイリュージョンを見て、びっくらこいて生ける屍になっても知らないんだから」
「せいぜいゾンビにならねえように気を張ってっから、早いとこやれよ」
ツルハシ女が机の上にのって、いわゆるマジックをやり始めた。
「はい、それではハトを出しま~す。♪ チャララララ~ん ♪」
女ゾンビがお腹に手を当てた。すると、うす汚れた作業服の真ん中が盛り上がった。ほんとうにハトが出てくるのかと皆が注目した。とくに中年ゾンビは、ストリップ劇場の最前列に位置するドエロオッサンのごとく、いまにも齧りつかんばかりの眼差しであった。
「ウガッ」
突如、ツルハシ女の腹部の肉が内部から弾けて、見たこともない奇怪な物体がとび出した。そして中年ゾンビの顔にガバッと張り付いたために、床に仰向けに倒れて手足をバタバタさせていた。
「おわあ、なんじゃこりゃあ」
「赤シャツさん、触らないほうがいいですよ」
傾いたゾンビ顔に、肉々しいなにかがくっ付いていた。赤シャツが引きはがそうとするが、ハッキリ君が止めた。正体不明の生命体である。どんな危険があるのか想像もつかない。
「それって、お腹の中に卵を産みつける、アノ宇宙生物的なやつじゃないの。だって、ツルハシ姉さんのお腹を食い破って出てきたし。ぜったいヤバいじゃん」
女子高生ゾンビの指摘に赤シャツの声が荒くなる。
「ツルハシ、おめえ、なに出してんだよっ」
「なにって、ハトに決まってるじゃないのさ。マジックの定番なんだから」
「これのどこがハトなんだっ。どうみてもバケモンだろうが」
中年ゾンビの顔に張り付いている{ハト}は、ハトにはまったく見えなかった。
「まさに肉の蜘蛛って感じですね。ゾンビの私が言うのもなんですが、ありていに言って気色悪いです。巨大ですし」
「ああ、たしかに蜘蛛っぽいな。ところどころチ〇毛みたいのも生えて気味わりいったらありゃしねえ。鳥肌が立ってきたぜ」
赤シャツの爛れた皮膚に多数のポツポツが浮いていた。
「ツルハシさん、これはハトではありませんね。なんなんですか」
「いや、ハトだって。わたしのペットなんだから。可愛いでしょ」
「ちっとも、かわいくねえぜ」
元ハトであった異形生物は、まだ中年ゾンビの顔面にくっ付いていた。元ニートは気をつけの姿勢で倒れたまま動かない。ロリっ子が傍に立って、もの珍しそうに見ている。
「ねえねえ、ツルハシ姉さん。このハトってどうやって出したの」
女子高生ゾンビの素朴な問いに、ツルハシ女はマジックの種を明かす。
「お腹の中に入れといただけよ」
ゾンビは身体のいたるところが腐っている。とくに内臓はいたみ具合が早いので、お腹の中に空洞があった。収納にはもってこいの場所なのだ。
「おそらく、ツルハシさんのお腹の中で、ハトがゾンビ化してしまったのでしょうね」
「ああ、それだな」
ゾンビ人間の腐った内臓に触れて、ハトがゾンビ化してバケモノになってしまったと、ハッキリ君と赤シャツの意見が一致した。
「おい、ツルハシ。教授の顔にくっ付いてるペットをどうにかしろよ。気持ちわりいんだって」
「どうにかって、わたしはマジックを披露したんだから、あとは知らないわよ」
ツルハシ女が机の上から降りた。自分の席につくと、なに食わぬゾンビ顔で茶を飲み始める。
「とにかく、引き剥がしましょう。このままでは教授が窒息してしまいます」
「ゾンビだから死ぬことはねえけど、おっさんの腹から、さらにキモいバケモノが出てきてもイヤだからな」
二体が、元はハトだったと思われる肉蜘蛛の除去にとりかかった。中年ゾンビは眠ったようにおとなしくしている。赤シャツが手を出しかけた。
「赤シャツさん、手袋したほうがいいのでは」
素手で触るのは危険であるとの注意喚起である。
「俺の手は腐ってっから、いまさら手袋なんてしても意味がねえ」と言いながら、ズボンの尻ポケットから汚れた軍手を取り出してはめた。
「じゃあよう、俺が教授の頭を押さえてるから、ハッキリさんがこいつを剥がしてくれや」
「え、私がやるんですか」
役割分担として、責任者は常にリスクの大きいほうを押しつけられる。「しかたないですね」と言って、ハッキリ君が肉蜘蛛に手をかけた。
「よっしゃ、思いっきり引っぱれ」
中年ゾンビの頭をガッチリとつかんだ赤シャツが檄を飛ばし、ハッキリ君が肉蜘蛛を引き剥がした。
「うわっ」
それは、あっさりとはずれた。難渋するだろうと思って力を込めていたので、勢いあまったハッキリ君が後ろに転げてしまう。その際に握っていた肉蜘蛛をぶん投げてしまった。
「ギャッ、あたしにくっ付いたー」
それが女子高生ゾンビの顔に張り付いた。わーわーと喚きながら走ってどこかへ行ってしまう。
「教授、教授、大丈夫か。死んじまったのか」
被りモノがとれた中年ゾンビの頭部を右に左に振りながら、赤シャツが覚醒を促した。
「プファー」と、黄色い息を吐き出して中年ゾンビが目覚めた。
「うっ。こいつの息はホント臭えな。赤ちゃんの下痢便だぜ、ったく」
「なんだか、すごい美女とチューをしていたんですが、どこに行きましたかね」
上半身を起こして、傾いたとぼけ顔が言った。なにか素敵な夢をみていたようだ。
「アレならセーラー服とくっ付いて、どっか行っちまったよ」
「え、あの美女がセーラー服さんと恋人同士になったということなんですか。これは事件です。LGBなんとかいうやつです」
「教授、お身体の調子はどうですか。とくにお腹のほうとか」と、いちおう責任者が気づかう。
「調子はいいよ。最高だよ。なんせ、絶世の美女とベロチューしてたんだからね。トレーシー・ローズだったねえ」
ゾンビ女の腐った腹の中で熟成されたバケモノの感触は、中年ゾンビにとっては往年のセクシー女優と同等だったようだ。
「欧米か。まあ、大丈夫そうでなによりだ。ツルハシの腹の中にいたやつだから、なに悪さするかわかんねえからな」
「ちょっと赤シャツさん。失礼なこと言わないでよね。まるで、わたしのお腹の中が腐っているみたいな言い方じゃないのさ」
「いや、腐ってんじゃねえか」
男ゾンビと女ゾンビが軽くにらみ合っていた。
「セーラー服さんがどこかへ行ってしまいましたが、警備員ゾンビ殺害事件の検証を続けましょうか」
ウンウンと真っ先に頷いたのは少女探偵だ。女子高生ゾンビを除いたゾンビ共が、自分の席についていた。
「ちょれじゃじゃ、みゅにゃなちゃあ、ちゅいいを、ちゃちゃちゃ。ちゅうにゃんは、はぎゃ」
「ええーっと、いまのロリ語を訳すと、{それでは皆の衆、続きを始めます。中年はハゲ}と赤シャツさんのことを言ってるよ」
「俺はハゲてねえよ。中年でもねえし。おめえのことだろう、オッサン」
「失敬だな。ぼくはハゲてなんていないよ。ニートは滅多に風呂なんか入らないんだから、脂ぎっててハゲないんだよ。自然のポマードなんだから」
そこまで言って、中年ゾンビがいきなり立ち上がった。傾いた顔が引きつって、黄緑色の汚らしい泡を口の端から吹き出しながら痙攣し始めた。
「教授、どうしました。具合が悪いのですか」
ドタッ、と机の上に仰向けになった。全身が硬直して、ブルブルと震えている。ハッキリ君が押さえにかかる。
「これはいけません。このままでは呼吸困難です」
「ゾンビだから、息しなくても死にゃあしねえだろう」
「いいから、赤シャツさん、押さえて」
テーブルの上でバタバタ跳ねる中年ゾンビを、二人がかりで押さえた。
「ねえ、わたしが言うのもなんだけど、このパターンって、教授のお腹から何か出てくるんじゃないの」
ツルハシ女がのぞき込みながら言った。
「うおっ、腹が盛り上がってるぞ」
中年ゾンビのお腹が突き出してきた。内部でなにかが蠢いているようである。
「きっと何かが出てきます。赤シャツさん、防御の体勢です。きます、きてます、きっとくるーっ」
もこもこと膨れた腹の頂点が、中年ゾンビの身体を押さえつけていた二人の顔の近くで弾けた。
ぶふぇ。
膨れた皮が破れて、そこから黄色いガスが出た。
「ぐっわあ、くっさ」
その湿った靄を顔に浴びた赤シャツが即座にのけ反ってしまう。
「ええーっと、これは臭いですね。毒ガスです」
「ふー。すっきりした。しばらく便秘気味だったんだけど、屁が溜まってたんだなあ」
中年ゾンビが起き上がり、朗らかな傾斜顔で言い放った。
「教授、臭いじゃないのさ。ガスが溜まってるのなら、トイレで出してきてよね」
中年ゾンビのお腹の中にあったのは腐敗ガスであった。未確認寄生生命体ではないことがわかり、鼻をつまみながらも責任者はホッとした。
「ねえねえ、たいへんだよ、へんたいだよ」
赤シャツが中年ゾンビをぶっ叩いていると、女子高生ゾンビが戻って来た。
「セーラーちゃん。わたしのハトはどうしたの」
「ああ、アレなら捨てといたよ。腐ってたから」
「なんてことするのよ。可愛がってたのに」
ツルハシ女がプリプリ怒ると、女子高生ゾンビは片手で合掌しながら悪い悪いと謝った。
「セーラー服さん、なにが大変なんですか。ゾンビハンターの襲撃ですか」
赤シャツが即座にライフルを構え、中年ゾンビが尻に手をつっ込んで、その手のニオイを嗅いで、ロリっ子が足を蹴った。「痛っ」
襲撃という言葉を聞いて、その場に緊張感が走った。
「違うよ。なに焦っちゃんのさ。バカじゃん」
人間のハンターたちが攻撃を仕掛けてきたわけではないようだ。
「じゃあ、なんなんだよ。生指でも落ちてたのか」
あくまでもライフルを構えた赤シャツが、油断のない目つきである。
「電話よ、電話」
「でんわ、ってなによ。臭いんか」
「臭くねえよ。なんで電話が臭いんだって。教授はあっち行けよな」
セーラー服の女子ゾンビにシッシと手を振られて、中年ゾンビは不服そうな顔をする。
「電話って、あの黒電話か」
「そうよ」
女子高生ゾンビは、壁の中に埋め込まれてあった電話のことを言っていた。
「備品室の前を通りかかったらさあ、なんか気になって聴いてみたんだよ」
「JKがモールス信号なんか聴いたって、わかんねえだろう」
「それがさあ、しゃべってたんだよ。ちゃんとした言葉でさあ」
黒電話がモールス信号以外を発していると、女子高生ゾンビが言った。
「セーラー服さん。それは本当ですか。なんと言っていたのですか」
責任者がつめ寄った。女子高生のゾンビに歯槽膿漏特有の臭い息を十分に吐きかけている。
「そんなことより、わたしのハトを戻してよ。家族みたいなものなんだから。すごく可愛いがってるの。ベイビーちゃんなの」
「うっせーぞ、ツルハシ」
「ツルハシさん、ちょっと静かにしてください」
ツルハシ女が手品のネタに固執しているが、その場の雰囲気は女子高生ゾンビの新たな発見にわいていた。
「で、なんて言ってたんだ。つか、誰からだった」
「私はミスターヨダだ、って言ってた。すごく湿った声で、息が臭かった。メッチャ臭い」
そう言って、さも臭そうに鼻に皺を寄せた。
「やっぱり、臭いんか。だから言ったんだよ、{ソープランド・泡}のほうがいいって」
「臭えのはイヤだぜ。ただでさえ、俺が臭えのに」
赤シャツが首元をひろげて、ニオイを嗅いだ。負けじと中年ゾンビも尻に手をつっ込んでニオイを嗅いだ。二人に話をさせるとあらぬ方向へ行ってしまうので、ハッキリ君が断定的に介入する。
「その人物は、ゾンビパーク・ヨダのリーダーでしょうね、おそらく」
「おいおい、マジかよ。なんだって、その臭えやつが俺たちに電話してくんだよ」
「それは、聴いた人に訊かないと」
男たちの視線が女子高生ゾンビに集まる。
「なんかさあ、エージェントのことで、なんちゃらって言ってたよ」
「なんちゃらって、なんだよ」
「エージェントって、誰ですか」
「そんなの知らないって。自分で訊いてくればいいじゃん」
「まあ、じっさいにこの耳で確認したほうがいいですね。皆で行きましょうか」
責任者が二階の備品室へ行くことを提案した。
「そうだな」
「んだんだ」
男たちが立ち上がる。女子高生ゾンビも一緒に行く気のようだ。
「ツルハシ姉さんも行こうよ。{パンクバンド・ミカ}に行きたがってたんだから」
「そんなのどうだっていい。わたしはハトを捜す」
ツルハシ女はフラフラとどこかへ行ってしまった。
「あいつ、どうしたんだ。あんなに{ドツキ放題・フンガッ}に行きたがっていたのによ」
「たしかに、様子がヘンだなあ」
「ツルハシさんとは後で話しておきます。それよりも電話ですよ」
ツルハシ女を除く全員が二階へと向かった。ロリっ子も例外ではなく、中年ゾンビの尻をカンチョーしながら階段を上ってゆく。備品室の前でいったん止まり、廊下から中の様子を窺っていた。
「電話が鳴ってないぞ」
黒電話の受話器は定位置へと戻されていた。通信が切れている状態である。
「あたしが戻しておいたさ。だって、そのままだったらダダ洩れじゃん。あふれちゃうからさあ」
「風呂にお湯はってんじゃねえんだから、しゃべったら言葉があふれるわけねえだろう」
アホかと言いながら、赤シャツが女子高生ゾンビを睨みつけた。
「切れてしまっては、向こうとコンタクトできませんね」
「リダイヤルすればいいじゃん」
「この骨董品に、そんな機能付いてるわけねえだろう」
黒電話は昭和時代の極アナログ機器だ。リダイヤル機能など付属していない。
「ためしにとってみればいいんじゃないかと」中年ゾンビが言った。
「でも、切れていますし」
「ハッキリさん、教授の言うとおりだよ。とってみればいいじゃんか」
まだ誰も備品室へ入っていない。躊躇している責任者の背中へ、セーラー服がハッパをかけた。
「まあ、この次にしましょう。繋がってもいないのに応対しても仕方ありません」無意味なことだと、ハッキリ君は首を横に振った。
その場の雰囲気が硬直している。前に行くのか後ろに退くのか、皆の意思が明瞭にならない。なにかとウロつき回るロリっ子までもが動こうとしなかった。
「下に戻って会議の続きをしましょう」
ハッキリ君がそう言ったところで、突如として電話機が鳴った。
チャリチャリチャリーンと、やさしい音であるいっぽうで耳に刺さる騒がしさがあった。切迫感が出てきたが、それでもなお誰も受話器をとろうとはしなかった。
「おい、誰か出ろよ。教授でもいいぞ」
「いや、ぼくはこういうアナログ機器はアレルギーが出るんだよ。ほら、もうお尻の穴が痒くなってるから」
中年ゾンビが尻に手をつっ込んでボリボリと掻いている。
「じゃあ、セーラー服がとれよ。{もしもし、あたしメアリー}って言ってやれよ」
「あたしはイヤよ。さっきはでたんだから、今度は誰かとってよね。外人じゃねえし」
「ちっ、しょうがねえ。今回は無視だな」
「自分で行けばいいじゃないのさ。ただ電話にでるだけなのに、みんなしてビビってなんなの」
他人に行かせようとする赤シャツは及び腰だ。それはハッキリ君も同じで、あきらかに躊躇っていた。中年ゾンビは言わずもがなである。
「なんなのよ、男のくせに電話ぐらいで。ってロリっ子が」
男たちのあいだをすり抜けてロリっ子が備品室へと入った。壁の中にある黒電話の前まで行くと、なんら臆することなく受話器をとった。
「もしもし、わたしロリっ子だよ。あなたは誰なの」
「ええっと、いまのを訳すと、{俺はロリだ。おまえはどうよ}ということです」
「訳す必要ないじゃん。ふつうにしゃべってるし」
「微妙に、意味が違う気もするしな」
ロリっ子の言葉は、中年ゾンビの翻訳がなくとも明瞭に理解できた。
「うん、うん」
小さな顔に大仰な黒受話器が当てられている。腐った幼顔だが、しっかりと見据えていた。
「ヨダさんからだよ」
そう言って、受話器を皆に向けた。
「世界はヨダだ」と言った。
皆は黙っていた。いや、固唾をのんでいた。
「おまえたちは孤立している。孤島の真ん中で孤高を気取っている孤独な羊でしかない」
そこまで言って沈黙した。呼吸に換算して十数回の時が過ぎる。
「ゾンビパーク・ヨダが、おまえたちを迎え入れる。そこから退去する準備をしろ。脱出にはエージェント伊藤の指示に従え」
話しているのは黒電話ではない。その黒々とした受話器を掲げているロリっ子である。
「えーじゃんと伊藤って、なんか超能力的な人なのかなあ」
「それはエスパー的な感じの人です。ヨダという方が言っているのは、エージェント伊藤ですね。伊藤さんというエージェントのことです」
「言ってるのはロリだよ」
ロリっ子は真顔のままである。少女の頭をなでようと中年ゾンビが気安く近づくが、シッシと野良犬のように追い払われてしまった。
「そんな人、ここにいないじゃん。知らないってことで、えーじゃん」
「よくはないですけど、我々が知らないことは確かですね」
施設の責任者であるハッキリ君には、伊藤という名の人物に心当たりがなかった。
「おい、ひょっとして殺された警備員のことじゃないのか」
「あの人っていうか、あの警備員だったゾンビって、伊藤って名前だったっけ」
「警備員さんの名前は訊いていません」
バラバラに解体された警備員ゾンビの名前を誰も知らなかった。この施設では、誰も誰かの本名に興味がなく、また自ら名乗ることもなかった。
「エージェント伊藤に導かれ、ヨダの懐に抱かれるがいい。そこにいても、おまえたちの明日は約束されない。きわめて不名誉な存在として腐れ果てるだろう」
言い終えると、ロリっ子の小さい手が大きな受話器を黒電話へ戻した。ガチャ、という音が大きく響く。
「ロリや、いつの間にちゃんとした言葉を話すようになったんだい。ていうか、電話からへんな電波でも受け取ってたのかいな」
中年ゾンビがロリっ子の前で屈み、目線を合わせて頭をなでようとした。
「きちゃにゃにゃぞんべだっちゅ。おみゃあ、きゃきゃがくっちゃいにゃにゃ。ちねちょ、ぼきゃ」
「ええっと、いまのを訳すと{汚いゾンビだな。おまえの顔が臭いんだ。死ねよ、ボケ}といってます。てか、もとのロリに戻ってるじゃないの。なんで」
「ちね」と言って、ロリっ子が頭突きを食らわした。
「ほげっ」
中年ゾンビがひっくり返る。十秒ほどして酔っ払いのように立ち上がるが、首がどっちに傾いたのか忘れてしまい右に左にいじくっていた。
「教授、遊んでる場合じゃねえだろう。いろいろと情報が多くて大変なんだ」
「ぼくはいつでもマジメだよ。ただロリが不良少女になってしまっただけだよ。反抗期なんだね。父親というのは、いつも目の敵にされてしまう悲しい生き物なんだ。ぎゃふん」
しみじみと呟く中年ゾンビの尻を蹴りあげると、キャッキャと黄色い奇声を発して、ロリっ子がどこかへ行ってしまった。
「ねえねえ、みんな」
入れ替わりにツルハシ女がやってきた。ちなみに異形成物となったハトは持っていない。
「伊藤さんのお葬式をしましょうよ。一緒にいたのは短い間だったけれど、ちゃんと弔ってあげないと可哀そうでしょう」
ハッキリ君と赤シャツが振り返り、彼女を凝視する。
「ツルハシさん、伊藤さんというのは、ひょっとして死んだ警備員さんのことですか」
「そうよ」
「おめえ、なんであいつの名前を知ってんだよ」
「本人が言ってたじゃないのさ。なに言ってんの」
ツルハシ女は、さも当然だという表情である。
「おい、セーラー服。おめえも知ってたか」
「いや、あたしは知らんけど」
「ちなみに、ぼくも知らないよ」
女子高生ゾンビと中年ゾンビも記憶にないようだ。ツルハシ女だけが彼の名前を知っていた。
「なんで、みんな知らないの」
その質問には誰も答えられなかった。全員が備品室を出て廊下で集う。
「とにかく、あの死んだ警備員さんが伊藤さんだということがわかりました。これは、かなり厄介なことになりましたよ」
「殺された伊藤っていう警備員が、{熟女クラブ・ゲボ}のエージェントだったワケか。やつが俺たちを導くとかヨダが言ってたけどな」
「ぼくはね、熟女は趣味じゃないねえ。たるんだぜい肉とか、ほうれい線とか、なんか酸っぱいニオイがしそうでさあ。やっぱり少女に限るよ」
「ロリコンはキモいって。死ねよ、オッサン」
女子高生ゾンビに蹴られる気配を察して、少し距離をとる中年ゾンビであった。 「熟女クラブなんとかではなくて、ゾンビパーク・ヨダですね。まさか警備員さんが我々を導くために派遣されていたとは驚きです」
「ちょっとう、ハッキリさんの話しが見えないんだけど。警備員の伊藤さんが{パパ活クラブ・亜美}からの派遣って、どういうことよ」
「電話の相手からのメッセージがあったんですよ。ヨダという方からです。それと何度も言いますけど、ゾンビパーク・ヨダです」
責任者が、黒電話からのメッセージをツルハシ女に説明した。
「あの警備員さん、偶然ここに来たわけではなくて、最初っからわたしたちを導く役目だったのね。手が込んでいるわ」
「{オッパイパブ・チュチュ}のヨダってやつが仕組んでいたのか。俺たちをここから出すために、わざわざエージェントをよこすとは酔狂だなあ」
立ち話も疲れるということで、一行は一階に戻っていた。自分の席について、茶を飲みながらのミーティングとなる。
「でもさあ、警備員のオッサンって最初は人間だったじゃんか。あたしが噛みついたからゾンビになったわけで、そうするとさあ、なんかヘンじゃね」
「きっと、ゾンビ化することも計算に入れてたんだよ。なんてったって、ヨダさんはゾンビの楽園のボスなんだから頭がいいんだ。ぼくと同じくらいの高学歴だよ、きっと」
「教授は中卒ニートじゃないのさ。ちっとも高学歴じゃない」
「中卒だって立派な学歴なんだよ。バカにしちゃあいけないよ。ツルハシさんだって、工業高校中退じゃないか」
「商業高校よ。それと中退じゃなくて卒業だから」
「どっちにしても、たいした学歴じゃな、熱っ」
イラだったツルハシ女が紅茶をぶっかけた。中年ゾンビが猛然と抗議するが、「ゾンベなんだから熱くないでしょう」と言われて静かになる。
「なんかごちゃごちゃしてきたけどよう、これから俺たちはどうすればいいんだよ」
「ヨダさんのところに行くに決まってるでしょう。{カツオだし・つゆ}からエージェントまで派遣してくれたんだから、しっかりと応えるのがスジってものでしょう。そこがわたしたちの行き着く先なのよ」
バン、と机を叩いて立ち上がり語気を強くして言った。
「でもツルハシ姉さん、その警備員のオッサンが殺されちゃってんだから行くのはムリっしょ。どこにあるのさ、その{アイドルアニメ・ウマ}って」
エージェント伊藤がいなければ、ゾンビパーク・ヨダの所在地がわからない。前のめりになっているツルハシ女が、ウッと呻いて着席する。
「皆さん、落ち着いて順序よく考えていきましょう。そもそもエージェント伊藤さんがいたとしても、我々はゾンビパーク・ヨダへ行くとの合意に至っていません。黒電話の相手が本当にゾンビパーク・ヨダというゾンビかどうかも確認できませんし」
「たしかにな。俺たちを誘い出すワナかもしれないし」
「それ、あるあるだわ。うまいこと言って、あたしたちをだまして食べる的な感じじゃないの」
「考えられますね。食糧問題はどこも深刻な状態だと思います」
ハッキリ君、赤シャツ、女子高生ゾンビは、ヨダのメッセージを疑い始めていた。
「いやいや、それはおかしいよ。だって、ぼくたちは人間じゃないんだから。ゾンビは人間を喰うのであって、ゾンビは喰わないんだよ。ぼくだってゾンビ肉はイヤだからね。お腹下しちゃうよ」
中年ゾンビが女子高生ゾンビのニオイをクンクンして、さも不味そうに顔をしかめた。
「とにかく、わたしたちはここから出なきゃいけないのよ。そして、{シメジパスタ・カビ}を捜して、そこに行くの。だって楽園なんだから」
「そうだそうだ。いつまでもこんなゾンビ臭いところにいられないよ」
ツルハシ女がふたたびイキリ立つと、すぐさま中年ゾンビが追随した。
「だからあ、道案内する伊藤ってのがバラバラ殺人になっちまったんだから、そこへ行けねえっつうの、ウロチョロしてたらゾンビ狩りにやられっぞ」
「そうそう。ヘタに出たら危ないっしょ」
いつもの堂々巡りになってしまい、前に進めないゾンビたちであった。
「じゃあ、どうするのよ。ここで体が腐るまで待機してろっていうの」
「いや、ツルハシ姉さん。あたしらはもう腐ってるって」
そういうことではないと、ツルハシ女が睨みつけた。
「ねえねえ、みんな。ロリが来てるんだけど」
「おいおい。このガキ、また電話持ってるぞ」
「ということは、ヨダさんからのメッセージでしょうか」
どこかへ行ってしまっていたロリっ子が戻ってきた。しかも、あの黒電話を持っている。皆が呆気にとられている中を無言でテーブルに上がった。右手に黒電話を持ち、左手で握った受話器を下々の者たちへ突きつけた。
「私が世界のヨダだ」
少女が高らかに宣言した。声は幼いが、凛とした響きは眼下の者たちを威圧するには十分だった。
「また始まったぞ」
「メッセージですね」
赤シャツとハッキリ君が聞き耳を立てる。
「な、なによ。この子、どうなってるの。すごく偉そうなんだけど」
この状態のロリっ子を、ツルハシ女は見ていない。その変貌ぶりに驚いていた。
「エージェント伊藤の死亡を確認した。おまえたちには安住の地が約束されない。特別な最悪が来て、処刑が始まる。ただし、殺害した者を我々に差し出せば安らぎが訪れるだろう」そう言って、ロリっ子が受話器を戻した。
その場がシンと静まり返っている。しばし黒電話を見つめた少女は、覚悟を決めたように頷くと中年ゾンビの頭部へ投げつけた。
「ぐはっ。痛っ。ちょちょ、ロリや、なんてことをするのよ。反抗期は、もうちょっと育ってからでしょう。せめて、アソコに毛が生えてからだって。お父さんは哀しいよ」
頭頂部からドス黒い血を滴らせた中年ゾンビの首が、左右に揺れていた。衝突の衝撃で、黒い電話機が破壊されてしまった。ロリっ子が机の上から降りて椅子に座った。ツルハシ女が警戒しながらチラ見している。
「警備員のオッサンが死んだの、バレてんじゃん。これって、なにげにヤバいんじゃね」
「ゾンビパーク・ヨダのヨダさんは、どうしてここの事情を知っているのでしょうか」
「処刑するってどういうこと。わたしたちを殺しに来るっていうことなの」
「そりゃあ、自分とこのエージェントが殺されたんだから当然なんだよ。マフィアの報復と一緒だよ。グロい動画でよくあるじゃないか」
「おい教授、テキトーなこと言うんじぇねえ。ただでさえ人間のハンターどもに攻撃されてんだ。ゾンビの殺し屋どもに襲撃されたら、ここはもたねえぞ」
人間のハンターには攻撃されたことあるが、ゾンビが相手になったことはない。ましてやゾンビパーク・ヨダは正体不明の集団である。どのような戦闘になるのか、ライフルを握りしめた赤シャツの眼がメラメラと燃えていた。
「ゾンビパーク・ヨダからの襲撃に備えていたほうがいいですね」
責任者として備えなければならないと、ハッキリ君も考えていた。
「それよりも、エージェントな伊藤さんを殺した犯人を差し出せばいいのよ」
「そうだよ。そうすれば安らぎが訪れるんだよ。きっと、快感的に気持ちのいい安らぎなんだよ。ヌルヌルしていてさあ」
ツルハシ女と中年ゾンビが、別の解決方法を提示した。
「犯人ったって、ぜんぜんわからないじゃんか。ロリっ子探偵はテキトーなことばっか言ってるし、どこに安らぎがあんのさ」
淫靡な希望を見ようとする中年ゾンビの妄想を、女子高生ゾンビが現実へと蹴飛ばした。じっさいに足をぶつけており、これは危険だとばかりに腐った中年が距離を置いた。
「とりあえず、わたしとセーラー服ちゃんと教授は疑いが晴れたでしょ。残された容疑者は、赤シャツさんとハッキリさんよ。どっちでもいいから自首しなさい」
「おいおい、ちょっと待てや。なんで俺たちが犯人なんだよ。ふざけるにもほどがあるぞ」
「そうですよ。赤シャツさんはともかく、私はこの施設の責任者ですから、犯人とかはあり得ないです」
「ハッキリさんよう、その言い方は、ちと微妙じゃねえかよ」
「皆さん、襲撃に備えましょう。犯人捜しは後にします」
赤シャツが遠慮気味に不快感をあらわすが、ハッキリ君は襲撃されることを気にしていた。
「あれえ、なんか転がってきたよ。ゴキブリかな」
どこからか、こぶし大の黒い物体がコロコロと転がってきた。それはテーブルの中央で止まり、ジッと鎮座している。皆が身を乗り出して凝視していると、その正体に気づいた赤シャツが血走った眼を極限まで見開いた。
「おいっ、伏せろ。グレネードだ」と叫んで、ハッキリ君へタックルして押し倒した。間髪入れずに、ツルハシ女もセーラー服を押し倒す。ロリっ子は、すでに机の下にもぐり込んでいた。
「グレネードって、なによ。臭いんか」
中年ゾンビが、「どれどれ」と言って、その黒光りするモノを拾い上げようとした。
「バカッ、それは手榴弾だ」
床に伏せた赤シャツが、チラリと上目使いで怒鳴った。
「しゅりゅうだん、って臭いんか。あん?」
拾い上げてニオイを嗅ごうとした途端だった。
「バンッ」と、大音響とともにそれが爆発した。
「うぎゃっ」
左右に傾いている中年ゾンビの首が、勢いよく後ろへのけ反った。未体験のゾーンへ首が折れてしまい、そのままぶっ倒れてしまう。
「教授が爆発しました」
ハッキリ君が叫んだ。耳の奥がキーンと鳴って、自分の声すら聞こえない。立ち上がろうとするが、一時的に方向感覚が麻痺してしまい進めなかった。
「大丈夫だ。これはスタングレネードだから、音と光だけだ。命に別状はねえ」
爆発する寸前に赤シャツは両耳をふさぎ、目をつむっていた。煙にむせるハッキリ君の耳に口をつけて、ありったけの大声で言った。
スタングレネードは、爆発の際の音と光で対象者の耳や目をくらませて動きを止める。閃光手榴弾、発音筒とも呼ばれ、非致死性の鎮圧用の武器である。
「手榴弾なのに、どうして爆風だけなんですかっ」
「それは、俺たちを生きたまま捕らえるためなんじゃねえか」
ハッキリ君の空間識失調が治まり始めた。煙も散らばって視界が開けてきた。なにかが床を転がる音がしている。それらは複数であり、ガラゴロと金属的な音が不吉だった。
「おい、またきたぞ」
複数のスタングレネードがテーブルまで転がってきた。赤シャツとハッキリ君、ツルハシ女と女子高生ゾンビが、うつぶせのまま極限まで床に貼り付いた。あと一秒ほどで爆発が連発するというときにロリっ子が動き出した。
「ほいにゃー」との掛け声とともに、転がってきた爆発物たちを次々と蹴飛ばした。
「いまのを訳すると{ほいさー}ということです」
少女の蹴りによって、三つのスタングレネードが空を切った。うち二つはミーティングテーブルから遠く離れたところで炸裂し、一つは壁に跳ね返って中年ゾンビの顔へ向かって跳ねた。
バンッ、バンッ、バボッ、と大音響と光が空気を引き裂いた。ただでさえ薄暗い屋内に靄がかかった。再び目の前で爆発を浴びた中年ゾンビは、「ぎょえっ」と呻いてぶっ倒れた。
「誰か来ますね。襲撃でしょうか」
「そうなるだろうな」
侵入者の気配が押し入って来た。複数の足音が、そのあり余る闘志を隠すように忍び足で近づいてくる。
「ゾンビ狩りの人間たちでしょうか。最近はあまり動きがなかったんですが」
「いや、あいつらはこんなに用意周到じゃねえ。にしても、一気に来ねえな」
襲撃者の気配はするが姿が見えない。赤シャツが極限まで目ん玉をとび出させて警戒している。
「やたらとバンバンしたけど、どうなってんの。なんかのドッキリとか」
「セーラー服ちゃん、静かに」
伏せたまま顔を上げて声を出す女子高生ゾンビを、ツルハシ女が叱咤する。しーしーと口を閉ざすように、ジェスチャーで示していた。
赤シャツがライフルを構えた。なにかが駆け足で近づいて来る。引き金を絞る人差し指に力が入った。
小さな影がきょっきゃと笑いながら疾走してきた。テーブルの前を通りすぎ、ぶっ倒れている中年ゾンビを踏みつけてどこかへ行ってしまう。
「うおおー、ロリっ子じゃねえか。危うく撃つところだった」
トリガーから指を離して、赤シャツが生臭いため息をついたのも束の間だった。
「なんかキター」と女子高生ゾンビが叫ぶと、黒い影の侵入者が近づいてきた。ただし、動きに俊敏さは見られない。
「この野郎っ」
バンと音がして、赤シャツのライフルから銃弾が放たれた。一瞬後、黒い物体が崩れ落ちてハッキリ君の前に横たわった。
「まだいやがるかっ」
すぐに排莢して次弾を装填し、そして撃った。
「赤シャツさん、やり過ぎです。もう二人も殺しちゃいましたよ」
「手榴弾ぶっ放して襲撃する相手に遠慮はいらねえ。片っ端からぶっ殺してやる」
まだ来るのではと固唾を飲んでじっとしていたが、さらなる襲撃者は現れなかった。
「どうやら、これ以上は来ないみたいですね」
「二人殺したからな。一時撤退ってところだろうよ」
赤シャツが立ち上がり、用心深くライフルを突き出している。同じく立ち上がったハッキリ君と並んで、倒れている二人の襲撃者を見下ろしていた。
「どこから侵入してきたんでしょう」
「知らねえけど、どこかに突破口があるんじゃねえか。あんがい、あの警備員が作ったのかもな」
「可能性はありますね」
殺されたエージェント伊藤がバラバラにされる前に工作していたのではないかと赤シャツが疑い、責任者もその可能性を認めていた。
「ねえ、この人たちって死んだの。ちょっとだけ食べていい?」
女子高生ゾンビが、物欲しそうな顔で床に転がる二体の射殺死体を見ていた。ツルハシ女が念のため、ツルハシの先でツンツンと突いている。
「ダメです」
「えー、なんでよう。生きたまま食べるのは、そりゃあダメだけど、もう死んでっからいいじゃん。新鮮なうちに食べなきゃもったいないって」
「新鮮なニオイがしないんだけども、この人たち」
侵入者たちは、ヘルメットをかぶりガスマスクを装着していた。ツルハシの先っぽがそれらを雑に剝ぎ取ってゆく。
「うお、くっせ。なんだこいつ、ゾンビじゃねえか」
「こっちもよ。二人ともゾンベだわ」
倒れている二体の顔が腐っていた。いかにもゾンビらしくうっ血して腐敗し、血が滲んでいる。赤シャツのライフルが放った銃弾は、両方の眉間を見事に貫通していた。
「どうして、ゾンビが襲撃に来てるのよ。おかしいっしょ」
ツルハシ女の疑問に責任者が答える。
「ゾンビパーク・ヨダのゾンビでしょう。あの警備員さんが殺されてしまったので、我々に報復しにきた、ということですね」
「俺たちを抹殺するって、さっきの電話で言ってたからな。こいつはヤベえことになったぞ」
中年ゾンビが立ち上がった。フレキシブルになり過ぎた頭部を前後左右へブルンブルンと回しながら血相を変えている。
「なに、なにがあったの。ガス爆発? ガスバスばく、ボク爆発的な」
「ちょんと言えよな。舌が回ってないじゃん、教授」
女子高生ゾンビの指摘に、舌を指で引っぱる中年ゾンビであった。
「ねえ、このゾンビさんたちは再人間化してるんじゃない。だって手りゅう弾使えるんだから」
「つうことは、{ハレンチスクール・イヤ~ン}の連中は俺たちと同じってことか。あの警備員の言ってた通りだな」
「やっぱり{スケベパニック・バカ~ン}は楽園なんだよ。早く行きたいなあ」
汚らしく傾いた顔をニヤつかせながら、中年ゾンビがほくそ笑む。
「ゾンビパーク・ヨダですね。おそらく、そこのゾンビたちは私たちのように意思があるということです」
「仲間を殺されたからアサシンを送ってきたんだべさ。これってヤバいんじゃね」
「とりあえずこいつらをぶっ殺したけど、また来るかもしれねえな」
赤シャツが二体のゾンビ死体を調べ始める。腰にあるポーチを外して、中身をテーブル上にぶちまけた。ガチャガチャと硬い音がうるさかった。
「ねえ、なんなのこれ。ひょっとして床屋さん?」
一見してハサミらしき器具をつまんで、ツルハシ女がしげしげと見ていた。
「んなわけねえだろう。それは鉗子だ。こっちがメスで、このデカいのは骨を砕くハンマーだな。こりゃあ物騒極まりねえな」
使用目的が明確でない医療器具が絡み合っている。極めて剣呑な画ずらを見たゾンビたちの顔色が悪い。
「うわあ、ひょっとして赤シャツさんやセーラー服さんを拷問して殺す気だったのかなあ」
「ちょっとう、オッサン。なしてあたしが拷問される前提なのさ。ふつうは汚いモノから処分されるっしょ。オッサンがやられるに決まってんじゃん」
「古今東西、拷問されるのは女子高生だって決まってるんだよ。ぼくを責めたって性的に面白くないからね。性的に」
「あたしは、もう撃たれたりしてんのよ。これ以上痛いことはイヤだからね」
「もうヤバい。これはヤバいのよ。わたしたちは苦痛の地平で死んでいくんだわ」
「うわあ、拷問されるぐらいなら死んだほうがマシだ。ぼくは自殺するよ。ほら、とりあえず首を折ったから、もう大丈夫だよ。うん、大丈夫大丈夫」
なにが大丈夫なのかをツルハシ女に口うるさく責められていると、ハッキリ君が割って入った。
「皆さん、落ち着いてください。ここで慌てふためいたら敵の思うつぼです。タコつぼです。私たちは基本的にゾンビなので、あんまり痛くも痒くもありません」
「痛くないのはいいけど、拷問は精神的にツラいじゃん。トラウマになるし」
「ハッキリ君、いまドサクサでタコつぼとかギャグ飛ばしたよね。あんまり面白くなかったよ。君にはオヤジギャグのセンスがないんだ。人間失格だよ」
「教授のたわ言よりタコつぼです。私はここの責任者としてナイスセンスですね。大阪でベコを飼います」
「ハッキリ君、言ってることがわけわからないよ。頭が腐ったんじゃないの」
「ハッキリさん、ヤッバ。教授みたくなってるじゃん」
中年ゾンビと女子高生ゾンビが、やや混乱気味な責任者の正気を心配していると、ロリっ子が机にあがってドンと足を鳴らした。
「聞けー」と暴団員が怒鳴るような声を出して、皆の注目を強いた。
「ロリや、ひとまず机の上から降りようか。行儀が良くないからね」
中年ゾンビがヘラヘラとした笑みをうかべて、少女の足に触れた。
「ぶげっ」
途端に顔面を蹴られて、ぶっ倒れてしまう。足を戻した少女が厳めしく見下していた。
「我は世界のヨダだ」と宣言した。
ロリっ子は黒電話を持っていなかったが、ゾンビパーク・ヨダからのメッセージであることは明白だった。
「下賤なゲーセン野郎どもに告ぐ。エージェント伊藤を殺害した者を差し出せ。さもなくば、おまえたちは一人残さず引き裂かれるだろう」
言い終えたロリっ子が机の上から降りた。立ち上がろうとしていた中年ゾンビの顔に尻を向けて、プピッ、と放屁した。
「うげ、臭っ」
再びひっくり返ってジタバタする中年ゾンビを見て満足したのか、少女ゾンビがケタケタ笑いながら走り去った。
「こりゃあ、まいったぜ。早いとこ犯人を捜しださないと、また襲撃を食らうぞ」
警備員ゾンビを殺した犯人を引き渡さなければ、さらなる強襲を受けてしまう。ライフルを構える手に力が込められていた。
「ヨダさんって、かなり根に持つタイプよね」
「ねえねえ、下賤(げせん)とゲーセンをかけてたのに気がついた? あたしはすぐにわかったさ」
「ふう、やれやれ。ロリの屁は、どうしてこうも臭いんだ。あんましにも臭すぎて、秀吉だって嘆くレベルだよ、ほんとにもう、・・・」
ひっくり返っていた中年ゾンビが立ち上がった。少女が下から吐き出した悪臭について、さも楽しそうに呟いていると、突如として黙ってしまった。
「なんだよ教授。いきなり無言になるなよ、気持ち悪りいなあ。屁の話を続けろよ」
中年ゾンビは腐って充血した目を見開いて、小刻みに震えていた。振動により右に傾いていた首がレトログラード針のように逆側に寄っている。
「教授、どうしちゃたのよ。そんなにロリっ子の屁を嗅ぎたいの。ほんと、好き者なんだから」
ツルハシ女の問いに中年ゾンビは応えない。相変わらず、呆然として震えていた。
「ねえ、教授にヒモみたいのが繋がってるけど、なんなのさ」
中年ゾンビの右胸から黄色くて細いヒモが伸びていた。繋がった先は、彼らの後ろからである。
「きょえー、べべべべべ」
女子高生ゾンビが悲鳴をあげて震えはじめた。中年ゾンビと同じ状態であり、カタカタと振動しながら横に並んだ。彼女の体にも黄色いヒモが繋がれていた。
「なによ、どうしたのセーラー服ちゃん。教授のマネなんてしなくていいのよ」
女子高生ゾンビにツルハシ女の手が伸びた。
「触るな、感電すっぞ」
赤シャツが叫んだ。触ろうとしていた手が直前で止まる。
「後ろだ」
背後から、足音と共に黒い人影がやって来た。先ほどは二人であったが、今度は三人である。ガスマスクではなく、藍色のフェイスマスクを被っていた。
「野郎ども、また来やがったか」
「ゾンビパーク・ヨダからの刺客ですか」
「教授とJKに撃ち込まれたのはスタンガンだ。感電させて俺たちを生け捕りにする気だな、畜生どもめ」
バンバンとライフルの銃口が火を噴いた。二人の襲撃者に当たり、その場に崩れ落ちる。中年ゾンビと女子高生ゾンビに突き刺さっていたスタンガンの接続が切れて、高電流から解放された。それを見た残りの一人は踵を返して逃げてしまった。
「うっは、びっくらこいた。しびれすぎてウンチ洩らしちゃったよ」
「な、なんなの。すんごく震えたさ。ビビビビって、安っいバイブみたいにさあ」
感電から解き放たれた二体のゾンビは、尻に手をつっ込んでニオイを嗅いだり、股をこすったりしている。
「おい、敵はどっから入ってきやがるんだ」
「おそらく二階の非常口からでしょう」
「ちっ。これ以上入り込まれたマズイ。ちょいと荒療治でいくか」
赤シャツがいったんその場を離れたが、すぐに戻ってきた。ワインや焼酎などの瓶を持ってきた。それらの中には液体が充填されており、口からは油臭い布切れが垂れている。
「おいおい、赤シャツ君。それって火炎瓶だろう。なにをしようとしてるんだよ」
「二階の非常口を火の海にしてやるんだ」
「ちょっとう。ここを燃やしてどうするのよ。脳みそが焼けちゃったら、わたしたちも死ぬのよ」
「なあに、外に向かって燃やすから心配ねえよ」
軽々しく言い放って赤シャツは行ってしまう。ハッキリ君は止めなかった。
「オラア、てめえら。焼き殺してやるからな。ヒャー」
大声で怒鳴りながら、赤いゾンビが階段を上ってゆく。右手に持った火炎瓶には、すでに火がつけられてメラメラと燃えている。肉と布切れを焼いたような、焦げた臭いが後を追って引きずられていた。
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