4、名前

私は、とりあえず、次の日から謙信を無視することにした。何故だか、その方があっちにも都合がよかったらしく、特に近づいてこないし、話しかけてもこない。でも、アッと言う間にクラスの輪の中心になりつつあった。


(本当…不思議な奴…)


私は、何故だか、無性に謙信が赦せなかった。男子だけじゃなく、女子からも、そりゃもう人気があったのだ。


(何よ…入学式の日、私がタイプって思いっきり宣言してたくせに…)


昨日はあんなに嫌だと思った相手が、いざ、モテていると、憎たらしくなる。自分に気が無いと言っても…………言って…も?私に、その気はないんだろうか?まったく

?全然?これっぽっちも?綿あめほども?


じゃなかったら、こんな気持ちにならない。とも会思えるから、人間、不思議なものだ。


私は、昨日の出来事を頭の中で何度も何度もリプレイした。


先に帰ったはずの私。先に家に着いていた謙信。過去にも、未来にも行ける、と言った謙信。そんなの嘘だと思った私。でも、18時から、16時半に本当に時間は巻き戻されていたこと。


考えれば考える程、意味が分からない。そして、謙信の言う『時の渦』とは、一体、なんなのだろう?それと、私と何の関係があるのだろう?


確かに、相当強引だけど、まぁ、現実として体験しちゃったんだから、謙信の言う、力と言うものが、本当だとして、一生の命の命を持って、何故、あんな悲しい顔をするのだろう?その上、タイムリープも出来る。


(宇宙人だったりして!?………)


と、少し、謙信の真面目さを馬鹿にしたようで、そう思った自分を反省した。


そして、放課後、私が、下駄箱で靴を履き替えていると、そこに、ひょいっっと謙信が現れた。


「弓絃葉」


「…謙信」


何となく、気まずい2人。


「…昨日のこと、どう思う?」


「へ?」


「まだ、僕を信じられない?」


「あ…や…、あれだけのことを見せられたら、信じないわけには…行かない…って言うか…」


「そっか。一応、信じてはくれたんだね。とりあえず、ホッとしたよ。…僕はね、この命のループから、解放されたいんだ。この力からも解放されて、普通の人間になって、普通に生活を送って、普通に……死にたいんだ」


「それと、私と、なんの関係があるの?」


「正確に言えば、君の子どもに、関係がある」


「こ、子ども?」


(またしてもこいつは…意味不明なことを…)


私はどうしても、謙信と話していると腹が立つらしい。


「50年後、君の娘さんと、僕は、中学で出逢う。でも、それには、条件があるんだ。僕の、ループを終わらせるための、条件が」


「な…何?」


「はっきり言う。弓絃葉の力が必要なんだ」


「私の…力?って、私、謙信みたいな不思議な力は一切ないよ?」


「君の初恋を、僕に差し出して欲しい」


「はい?」


何を言ってるの?この人は。初恋は、頼まれてするものじゃないし、出逢ってから、変な言動を繰り返すような人に、なんで私が恋をしなきゃいけないの?


何だか、腹立ちかたも忘れたかのように、一瞬あっけにとられていたけど、そう言うなら…と、謙信に私は核心をつく質問をした。


「じゃあ、謙信の初恋は…私なの?」


ちょっと、照れくさい質問だった。


「………僕は……君が思うよりずっと、長く生きてる。永遠の命を授かったその日、14歳から、僕は、何度も恋をしてきたよ。成長することも出来ないから、その人は、みんな、必ず諦めなければならない、悲しい、恋、だったけどね…」


その時、私は、初めて、謙信が少し可哀想だと思った。親も、友達も、すきな人も、あるいは恋人も、自分は14歳のまま、大切な人たちの死を、見送らねばならなかったんだ。


「謙信…?」


「ん?」


「私は、どうしたら良いの?」


「…本当に、協力…してくれるの?」


「え…まぁ…それなりに、事情考えれば、そうしなきゃいけないかな?って…」


「…弓絃葉は、やっぱり、思った通りの人だ。ありがとう…」


「で、具体的には…どうしたら…」


「君の記憶が消えないまま、君の娘さんと、僕が再会できれば、僕のループは終わる…」


「え…だって、さっき、私の初恋を謙信に差し出せって…」


「僕のことを忘れないように、誰かを好きなってくれって意味」


(…何?それ…)


弓絃葉はまた、怒りがこみ上げる。でも、頭ごなしに、『ふざけるな』とか『馬鹿にしないで』とか『冗談じゃない』とか…言う気にもなれなかった。この推定うん百歳の14歳は、弓絃葉の理解しえない世界をずっと生きてきているのだから。普通にそのとやらから逃げ出すことは、相当難しいことなのだろう。


「謙信のことは、普通、いつ、忘れるの?」


「中学を卒業したら…」


「え!?あと1年ってこと?」


「うん」


「それまでに、私、彼氏作るの?」


「うん」


「それに、どうやって、謙信を救えば良いの?どうすれば、謙信を忘れずにいられるの?」


私は、急に焦りだした。時間がないし、方法も分からない。あたふたする私に、謙信が、そっと私の肩を押さえた。


「そんなに、頑張らなくていい。弓絃葉が出来なかったら、また、違う人に頼むまでだ。そんなに、僕の為に急いで彼氏を作る必要はない」


「な!何よ!それ!じゃあ、なんで、このこと私に!?」


「君の名前さ。


「な…名前?」


「その名前じゃなくちゃ、僕のループは解けない。だから、僕がどんなに恋をしても、人をすきになっても、弓絃葉以外の人では…僕は…ループを解くことが出来ない」


「で、でも、こんな珍しい名前、そうはいないんじゃ…」


「うん。…僕が、馬鹿だったんだ。一生の命をもらう為に、そう言う確約を神様としてしまった。こんなに…こんなに…寂しいなら…こんなに…悲しいなら…こんなに辛いなら…こんなに苦しいなら…こんなに孤独なら…永遠の命なんて、求めるんじゃなかった…」





そう言って、謙信は、ポタポタ地面に涙の跡を付けて、黙りこくった―――…。

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