2、貴方は誰?

―2133年4月6日―


「皆さん、中学入学、おめでとうございます」


(始まった…)


と、遠野えんの弓絃葉は思った。昨年、この中学に入学した…つまり、今は2年生だ。その経験から、この校長先生の話が異様に長いことを、新入生以外、みんな知っている。


……いや、もう一人、知らない生徒がいた。今年、2年生から転校してきた、友永謙信だ。でも、謙信は、その長い話を、うつらうつらするわけでもなく、邪険にするわけでもなく、鬱陶しそうにするわけでもなく、真剣に、真面目に聞いている。


(校長の話なんて、まともに聞く人居るんだ…)


弓絃葉は、校長に失礼極まりないことを考えながら、見た事の無い生徒である謙信に、何故か視線を奪われていた。


(一体…誰だろう?転校生…だよね?どのクラスになるんだろう?)


もう弓絃葉の心理は、校長の話から真っ向逸れ、謙信にしか向いていなかった。特に目立った特徴がある訳でもないのに、弓絃葉は、謙信から目が離せなかった…。


そして、クラス替えの列に並ぶと、そこに、謙信の姿を見つけた。


(…同じクラスか…)


弓絃葉は、薄っすら、嬉しかった。


(なんて言う名前なのかな?部活とか…どうするんだろう?)


そんなことまで考えて、弓絃葉になんの得があると言うのか…。只、弓絃葉は、知りたかった。謙信の、名前、趣味、特技、女の子のタイプ、すきな芸能人………。何でもいい。誰でもいい。どんなことだっていい。唯々、謙信が気になった。




教室では、出席番号順にみんな、席に着いて、先生が入ってくるのを待っていた。その中で、1人、ずーっと姿勢よく、昔、曾祖母がすきだった、狂言師、野村萬〇ですか?とでも突っ込みたくなるくらい、ぴーんと背筋を伸ばして、その男子生徒は、席に座っていた。


そして、チャイムに遅れること6分、やっと、担任が入って来た。


「やー、すまんすまん。まぁ、早速だが、自己紹介といこうか」


みんな、げんなりだ。そんな風習、もう無くなってしまえばいいのに…。だって、クラスのみんなの名前なんて、3日もすればほとんど覚えるし、仲良くなるかどうかは、自己紹介ではほぼ決まらない。席がたまたま近かったとか、1年生の時同じクラスだったとか、友達の友達だったとか…。それでいい。それ以外で仲良くなる時は仲良くなるんだし。それでいいじゃん。


……と思ってる生徒は、私だけじゃないはずだ。勿論、大多数が、私派だろう。それでも、私はあ行だから、すぐ、順番が来てしまう。


「よし!次!遠野!」


「…はい」


仕方なく、カタカタと椅子を机の下に仕舞うと、教壇に上がった。


「え、遠野弓絃葉です。特技とかは、特にありません。よろしくお願いします」


「おいおい。遠野、それだけか?」


「…ダメ…ですか?」


先生の突っ込みが厳しく入った。…と思ったら、もっと厳しい人がいた。


「すみません…」


その声に、教室がざわついた。


「ん?どうした?お前の番はまだだぞ?」


「いえ、遠野さんに質問が…」


「おぉ。なんだ。最近の奴にしてはいい度胸だ。してやれしてやれ」


「はい。遠野さん」


「は、はい?」


「あ、僕、友永謙信と言います。遠野さんのすきなタイプっていますか?」


「「「「ええぇぇぇええ!!??」」」」


その質問に、裏中が、水風船の中の水のように、ジャバジャバ揺れた。


「なんだよ!友永!いきなり遠野に告白かよ!?」


「えー!弓絃葉いいなぁ!私、正直言って狙ってたのにぃ!!」


何やかやと、私の気持ちと恥ずかしさを置いて、クラス中盛り上がる。


「あ…の…なんで?」


「僕は、好き嫌いがはっきりしています。僕は、遠野さんの事がタイプだったので、聴いて見たかっただけです」


「「「「うをぉぉぉぉぉぉおおおお!!!!」」」」


教室の水風船は、破裂した。その声は、隣のクラスまで響き渡り、それぞれのクラスの担任が、何事かと覗き込みに来た。


「すみません。先生方。すぐ落ち着かせますので」


うちのクラスの担任が、自分も持ち上げた張本人だから、謙信をキツクは𠮟れないようだった。


「友永…確かに自己紹介ではあるが、告白する場所ではないんだぞ?少し、言動をわきまえなさい」


「…あ…す、すみません…。遠野さんも、すみませんでした。悪気はなかったんです。嫌いになったのなら、そのまま、嫌いになっていてもらって大丈夫です。すみませんでした」


(そんなこと言われたって…私だって、場所が場所だっただけで、友永君のこと…嫌いってわけじゃ…って言うか…私だって…ちょっとは…気になってたし…)


何も言えないまま、私は席に戻るほかなかった。そして、チラッと友永君を見たら、友永君もこっちを見てて、慌てて私は視線を逸らした。……でも、やっぱり気になって、もう一度チラッと視線を移した。すると、笑顔でもなく、真顔でもなく、何とも言い難い顔をして、私を見つめていた。




ポタッ―――…と、涙が一滴、机に落っこちた。

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