第2話 レティシアの回想

 私ことレティシア・グインドルチェにとって貴族社会は息苦しい世界だった。


 権謀術数渦巻くとはよく言ったもので、貴族は本心を隠して相手を騙し操り、自身の保身に勤しむ。

 私も両親から貴族としての教育を受けて育ち、貴族とはそういう生き物であると理解もしていた。


 しかし理解をしていても、私の心は納得しない。


 どうしてありのままの言葉を相手に伝えてはいけないの?

 どうして身分が低い相手と親しくしてはいけないの?

 貴族とは国を守る存在であり、忌憚ない意見と上下関係に囚われない連携が必要ではないの?


 手間ばかりかかる根回しと身分差による隔たり、どちらも国の運営の妨げにしかならいと思う。

 もっともそれは半分言い訳でしかなく、貴族という立場に馴染めない私の性格の問題なのだけれど。


 家格の近い令嬢の中にも友人はいたけれど、特に親しくなったのはミーナという名の男爵令嬢だった。

 ミーナは敬虔な〈地神教〉の信者で、教義にある弱者の救済……炊き出しや孤児院への寄付などの活動を精力的に行っていた。


 貴族のルールに従えば、男爵令嬢である彼女が公爵令嬢の私に直接相談を持ちかけることは、家格が違い過ぎるので許されない。

 まずは自らの寄り親である侯爵家を通しての打診が正しい手順となる。


 けれど資金難により孤児院の運営が行き詰まっていたのと、寄り親が寄付に否定的だったのでしょう。

 それで無礼を承知で援助を求めるために、お茶会の場で私たちに話しかけてきたのだった。


 孤児院の子供と言えど国の民。

 将来を担う大切な存在のはずなのに、家格の高い令嬢たちはミーナの無作法を理由に取り合わない。

 無作法なんて建前で、自分たちの利益にならなそうな孤児院などどうでもよいというのが本音でしょう。


 民を守るのが貴族の使命だというのに、本当に醜い連中だこと。

 私も〈地神教〉の崇める地母神の加護を授かっている者として、また将来の国を担う民のために、ミーナの助けに応じて孤児院を支援することをその場で承諾した。


 この行いが間違いだとは微塵も思わなかったけれど、貴族としての立ち回りとしては最悪だったと気付いたのは後のこと。

 家格が遥かに下の男爵令嬢のお願いを公爵令嬢が聞いてしまっただけでなく、他の家格の高い令嬢たちは孤児院を見捨てたという醜聞が広まってしまった。


 貴族としての適切な立ち回りは、ミーナの嘆願は家格を理由にその場では拒否し、後日公爵家が主導で孤児院を支援すればよかったのだ。

 実際に後日孤児院の支援を表明した令嬢も中にはいたみたい。


 貴族が最もこだわる体裁を傷つけられたわけだから、私が他の令嬢から恨まれるようになるのは当然のことでしょう。

 更に私に話を持ちかけたミーナへもその矛先が向いてしまい、申し訳ないことをしたと後悔した。


 浅慮という一言に尽きるかもしれないけれど、いずれにせよ必死に懇願するミーナをその場で見捨てることは出来なかったと思う。

 このように直情な性格による失敗は沢山あって、中でも致命的だったのは王族に手を挙げてしまったこと。


 レヴァニア王国、第一王子のギルバート殿下は残念ながら放蕩息子で有名だった。

 特に女性関係がだらしなく、常に貴族の令嬢を複数人侍らせていた。


 ある意味私より王侯貴族に不適な人物だけれど、権力者の頂点である王族ゆえに彼の暴挙は許される。

 両親は直情的な私がギルバート王子と関われば確実に問題になるだろうと、様々な策を弄して出会わないようにしてくれた。


 けれどそれもあるパーティーの夜に破綻してしまう。

 ギルバート王子が護衛の目を盗んで令嬢たちの控室に姿を現したのだ。

 目的はもちろん女漁りで、一人の令嬢が犠牲者となり手首を掴まれているところに私は遭遇する。


 その犠牲者はミーナだった。


 気が付くと私はギルバート王子の頬を平手で打ち、ミーナを助け出していた。

 不敬罪で処刑されてもおかしくない暴挙だけれど、それは男子禁制の場に現れていた相手も同じだったみたい。


 王子は国王陛下から厳しく叱責を受け、表向きは喧嘩両成敗で大きなお咎めは無し。

 でも貴族たちの間では、未来の国王に睨まれた私に公爵令嬢としての未来は無いだろうという評価が広まった。


 私自身は公爵令嬢という肩書にはこだわっていない。

 この一件で成人前から婚約していた人からは婚約破棄を言い渡されたけれど、そもそも完全な政略結婚で顔を合わせたのも数度のこと。

 なので未練は一切ないけれど、両親の顔に泥を塗ってしまったことには申し訳ない気持ちで一杯になる。


 幸いにも私は女で家督は弟が継ぐ。

 だけど厄介な姉がいるということで、やはり弟にも迷惑をかけてしまっている。

 私と違ってよく出来た弟なので、私のような失敗はしないでしょうから、そこは安心しているけれど。


 いわくつきになってしまったというのに、意外にも男性からの求婚は絶えなかった。

 公爵令嬢という箔に目が眩んだのでしょう。


 彼らも調子が良いのは最初だけ。

 王子に目を付けられてるのがただの噂ではなく真実だと分かると、蜘蛛の子を散らすように私の前から姿を消した。

 破談に破談を重ねた私が結婚を諦め、貴族の地位を捨てて〈地神教〉の神殿に入ろうと思い始めた時……あの人が現れたのです。


 アルベルト・オクトアリエス様。

 癖の強い焦げ茶色の髪と、どこか眠たそうなおっとりとした目が印象的な、とても人の良さそうな人。


 でもこの人も他の人と同じで、私の貴族らしからぬ直接的な物言いに理解を示すふりをして、聞き流すのでしょう。

 そしてあの一件から目の敵にされている王子から王宮に呼び出され、散々私の欠点を聞かされる羽目になる。


 後者は特に強烈なようで、呼び出しを受けた翌日から連絡が取れなくなる方が大半だった。

 だからアルベルトが呼び出しを受けた翌日に私の元にやってきた時は、それはもう驚いた。


 しかも「殿下はレティシア様のことよく知っておられました。婚約者として負けていられないと思い馳せ参じました」などとはにかみながら言うものだから、さぞかし私も呆けた顔をしていたことでしょう。


 その後も何度か王子に呼び出されたようだけど、アルベルトが私の屋敷に来なくなるようなことはなかった。

 当初はアルベルトの忍耐強さに戸惑う一方だったけど、次第に彼が決して私の言動を我慢して聞いているわけではないと分かるようになってきた。


 そうなってしまえば、私が彼に惹かれるのは時間の問題だったわ。

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