第3話 アルベルトの回想
オクトアリエス伯爵家の次男坊として生まれた俺は、年の離れた兄に長男が生まれた十六歳の冬に跡継ぎの予備としての人生を終えた。
兄の結婚と長男の誕生は結構急な話だったので、予備としての教育が打ち切られて放り出されるまでの猶予は一年ほどしかなかったが、俺は慌てていなかった。
何故ならいつ予備としての役目が終わってもいいように、後の際の身の振り先は準備済みだったからだ。
俺は幼い頃から落ち着き払っていて用意周到な性格だったためか、兄からは「お前は優秀だが弟らしくない」という漠然とした批判を常々受けていた。
まあ歳の離れた弟だったので、面倒を見て可愛がりたかったのだろう。
オクトアリエス家は一応伯爵の位を頂いてはいるが、古くから続く名家というだけで家の規模は小さく国への発言権は弱い。
領地も豊かとは言えず貧乏だったので、両親はさっさと俺を家から追い出したがっていた。
別に両親と仲が悪いわけではなく、「お前は優秀だから一人でもやっていけるだろう」という意味合いでだ。
兄は慌てなくてもいいぞと言ってくれたが、こんな貧乏貴族に嫁いできてくれた侯爵家の義理姉さんと甥っ子を大切にして欲しかったので、寒村の口減らしの如く着の身着のままで俺は家を出た。
向かった先はレヴァニア王国の王都エルセルにある騎士団本部。
貴族の次男坊以下の身の振り先としては定番である騎士になろうというわけだ。
両親や兄は俺を優秀だと言うが、俺自身はそう思っていない。
文も武も人並みな器用貧乏で、それをより良く見せようと上手く立ち回っているだけだった。
いわゆる八方美人や風見鶏と言われるやつだ。
そんな俺だが加護には多少自信があった。
加護とはこの世界を造った創造神から人々に与えられる不思議な力で、その内容も強さも個人で違えば、一度授かった力は生涯変わることはない。
俺は創造神が生み出したあまたの神々のうち、闘争と戦争を司る〈武神〉の加護を授かっていた。
王都の貴族学校に通っていた頃から授業の一環で騎士団には顔を出していて、俺の戦闘に向いている加護に興味を持った騎士団長から直々に目をかけてもらっていたのだ。
というわけで滞りなく俺の騎士団へ入団し寮生活は始まった。
体格的に恵まれているとは言い難い俺だったが、〈武神〉の加護と得意の八方美人でめきめきと頭角……ではなく名補佐としての地位を確立する。
多少加護が強いと言えど俺よりも実力のある輩はごまんといるので、そちらよりも持ち前の要領の良さを買われた形だった。
ここまま自由気ままな騎士団生活が続くかと思ったが、数年後のある日に転機が訪れる。
騎士団長の命令でお見合いをすることになったのだ。
その相手は既にいわくつきで有名だった、レティシア・グインドルチェ公爵令嬢。
なんでも騎士団長はグインドルチェ公爵家に大きな借りがあるそうで、破談続きの彼女をなんとかしたいのだという。
一瞬俺は生け贄にされたのか?と思ったが、騎士団長は「お前なら会えばわかる」と「気が合わなければ断わってもいい」の二言しか言わなかった。
そもそも命令なのでお見合い自体を断れるわけもなく、高嶺の花を間近で見られる滅多に無い機会か、くらいの気軽な気持ちでお見合いに挑んだ俺だが……。
見目麗しいのは当然のこととして、その心の有りようが純粋で、気高く、とても脆いということが少し会話をしただけで十分伝わってきた。
もし彼女が公爵家ではなく王族だったならば、反発は今より少なく心のままに過ごせたのかもしれない。
もう少し彼女が内向的な性格だったなら、領内に引き籠って安穏な生活ができたかもしれない。
レティシアはことごとく俺とは真逆の性格で、同時に平凡な俺がなりたくてもなれない存在であった。
そして今のままだと、この高嶺の花はそう遠くないうちに枯れるだろう。
騎士団長の「会えばわかる」とはこのことだったのだ。
これも何かの巡り合わせか。
このまま枯れてしまうのは惜しいと感じた俺はレティシアに正式に結婚を申し込み、婚約者という立場を得た。
それからは騎士団としての仕事と並行して、レティシアのために奔走する日々が続いた。
彼女は貴族としては直情過ぎるのだが、その行動理由は正義と慈愛の心に満ちている。
だから失態に対する挽回自体はそう難しいものでもない。
例えば他の令嬢の立場を悪くしたという孤児院への寄付の話だが、後日改めてグインドルチェ公爵家からその令嬢たちへ連名での寄付を募れば良い。
無作法な男爵令嬢の奏上を家格の高い令嬢たち全員が受けるわけにはいかないので、レティシアが代表として奏上を受け取った、という体裁だ。
また連名で寄付すれば金額に関係無く、孤児院に寄付をした貴族という名声も得ることができる。
極端な話、名前だけ借りて実際の寄付はグインドルチェ公爵家だけでもよい。
悪評を好評に塗り替えたのだから、挽回としては十分だろう。
その証拠に露骨にレティシアを嫌っていた令嬢たちは、手の平を返して連盟寄付の礼を述べてくるようになっていた。
令嬢たちのあまりの豹変ぶりに戸惑うレティシアの顔は今も忘れられない。
気がつけばもっと彼女を戸惑わせよう、驚かせようと躍起になって暗躍していた。
我ながら歪んだ愛情表現だったなと自覚したのはだいぶ後のことだ。
そんな折にギルバート王子から呼び出しを受ける。
話は聞いていたのでいつかは呼ばれるだろうと思っていたが、いざその時となると一介の伯爵家次男坊程度では荷が重い。
初めての王宮に初対面の王族。
せめて緊張した素振りは見せまいと虚勢を張っていると、挨拶もそこそこにギルバート王子はレティシアの悪評を述べ始める。
それは確かに悪口だったが……何か違和感を覚えた。
王子の言葉を聞けば聞くほど違和感が疑惑に変わり、疑惑が確信へと変わっていく。
我慢できなくなった俺は翌日、約束も無しにレティシアの元へ馳せ参じると、恋敵の王子には負けないと宣言した。
それまでは俺の行いに対して戸惑ってばかりのレティシアだったが、この時初めて微笑む。
普段の凛とした雰囲気からは想像がつかない、柔らかい表情に見惚れたのは言うまでもない。
この幸せを守るためなら、どんな困難でも乗り越えよう。
そう誓った瞬間であった。
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