* * *

言い伝え

 もともとこの島国には、ふたつの民族が共存していた。


 ケルティス人とボルグ人。


 ボルグ人はかしこく温和で、巫女を通じて精霊の言葉を人びとに語りついでいた。巫女や木の占い、精霊たちはもともと彼らのものだった。


 ケルティスの王家はいくつかにわかれ、つねから衝突が絶えなかった。


 たび重なる内輪もめによって王家の守護者たる神の言葉が弱くなり、市井のケルティス人は愛想をつかし、かわってボルグの巫女をあがめはじめた。心を浄化し、平穏に、静謐せいひつに生きていくために、ボルグの教えは正しく思えた。


 ケルティスの王たちは、ボルグの民をうとましく思いはじめた。自分たちがいがみあっているあいだに、民の心は異教の巫女になびき、自分たちの言葉が権威を失いつつある。


 そうした折に、島国にやってきたのがテリ人だった。


 ケルティスのもともとの神話に、海の向こうから神の一族があらわれ、自分たちと同盟を結ぶ、という伝説がある。褐色の肌を持つテリ人が島に上陸した際、警戒心の強いケルティスの王たちが気を許したのはこうしたわけだった。


 大陸の技術はめざましく、ケルティス人たちは彼らの武具や建築技術を目の当たりにして、神の使いだと信じこんだ。いがみあっていた王たちはいっとき手を取りあい、テリ人に同盟を持ちかけ、ともにボルグを滅ぼしつくした。


 しかしそのあとテリ人は、あっというまに刃をひるがえし、ケルティスの王たちを手にかけた。


 白は魔の色。


 もともと共存しているはずのボルグ人の殲滅せんめつを持ちかけたケルティスを、テリ人は信用しなかった。のさばらせておけば、いずれかならず自分たちを裏切る。その場では、もっとも賢明な判断だっただろう。


 いくつもの王族にわかれ、十を数える王がいたケルティス。


 その中で生き残ったのは、同胞を奴隷としてさしだした王だった。


 奴隷の王となったその男は、一年もたたぬうちに自分の息子によって殺された。ケルティスの教えにおいて、うそつきと臆病者はもっとも恥ずべき存在。王が殺されたとき、恥知らずな裏切り者の死を悲しむ者はひとりもいなかった。


 ケルティスを裏切った王の息子であり、父を殺した子。その血をひく者は、生まれながらにして呪われた。だがその呪われた血こそが、ケルティスに唯一残った、正統なる王家の血でもある。


 王家のいざこざとボルグの滅亡、そしてテリ人の支配。


 これらに見舞われたケルティスの人びとは、ひとつの伝説を信じた。


 俗世のあらそいから逃れた巫女たちが深い森の奥にかくれ、いまも教えを守って生きながらえているのだと。


 もともとはボルグの教え。それを引き継いだ女神の代弁者たち。


 彼女らは息をこらして、ときが来るのをじっと待っている。


 自分たちに自由をもたらす王家の子どもが、ふたたびあらわれるときを。


 ときが来れば、巫女たちはケルティスの中へ進んでいって、呪われた王家の子どもを探し出す。彼が、または彼女が、この国を救うだろう。奴隷として生き、二百年のあいだにすっかり尊厳を失ったケルティスたちに、ふたたび怒りの闘志を与えるために。


 そして――ボルグの無念を晴らす、復讐のにえとなる。

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