〜望みの代償は〜 悪魔

H宝堂会議室。社長を始め、重役一同がそこに集まっていた。

「どういう事だね?原田くん?」会長の橘 慶三(たちばな けいぞう)は社長の原田 久史(はらだ ひさし)に聞く。

「申し訳ございません。私にも何が何だかさっぱりわからないのです。トイレに行き用を足した後の記憶が全くないのです。気がついたら、ホテルの廊下にいて、瑞原舞夢がそこにいたんです。」原田は事実を包み隠さずに言う。

「君は夢遊病でも患っているのかね?或いは認知症か?」橘は言う。

「滅相もございません。私は至って健康です。健康診断でも異常は見られておりません。」原田は言う。

「今すぐに病院に行きたまえ。私の知り合いにT大附属病院の脳外科医がいる。話はつけておく。」橘は原田に言う。

「会長!お待ち下さい!」原田は食い下がる。

「今までH宝堂に尽くしてきた君だ。君がいなければこの会社もここまで大きくはならなかっただろう。首を切られないだけマシだと思いなさい。熱りが冷めるまで、君には入院して貰う。」橘は言うと、原田は観念した様に、力無く席を立つ。原田が秘書に支えられ会議室を後にすると、橘は指示を飛ばす。

「原田くんは、認知症の診断を受け、T大附属病院に入院、加療中であるとマスコミに発表しなさい。」橘は言うと、部下は頷く。

「瑞原舞夢の件は如何致しましょう?」部下は聞く。

「ホテル内を彷徨いていた原田くんに声を掛けた所を、パパラッチされたとしましょうか。メディアで騒がれている、枕営業の事実は一切ございません。後はわかるな?」橘は部下に言うと部下は頷く。


沈黙を守っていた、H宝堂の記者会見を自宅で見ていたメグは、宙に話掛ける。

「どういう事よ?これじゃ、失墜にならないじゃない?」メグは怒った様に言う。

「慌てるな...。あの女は必ず失墜する。」低い声は言う。

「いつの話よ。私は今すぐあの女に失墜して欲しいの!」メグは言う。

「時期の指定は主から無かった...。主から貰った魂の分は、必ず結果として現れる...。」低い声は言う。

「冗談じゃないわ!やり直しよ!今すぐに結果を出して!」メグは言う。

「良かろう...。だが、主の魂は完全に無くなるやも知れぬぞ...。」低い声は言う。

「ふざけないでよね。アンタは私の望みを叶えてもいないのに、魂だけ奪おうと言うの?」メグは言う。

「我は契約により主の望みを叶えた...。契約の不備は主の無知さ故であろう...。」低い声は笑う。

「騙したのね!」メグは怒りの視線を宙に向ける。

「騙して等いない...。我は主から貰った魂の分だけ力を発揮した。だがまぁ良い。特別に契約のやり直しをしてやろう...。」低い声は言う。

「わかればいいのよ。今すぐにあの女を失墜させて。」メグは言う。

「...承知した...。」低い声は言うと、メグは呼吸困難に陥る。部屋にあった延長コードが生き物の様に、メグの首に巻き付きその身体を宙吊りにする。その傍には封書が現れ、延長コードは蛍光灯の根元に巻かれ、メグは息絶えた。

「浅はかな女よ...。我は2度も契約のチャンスを与えたのに、生かし切れぬとはな...。契約により、主の魂は頂いた。」低い声は笑いながら消えた。


翌日。〝sai〟のメンバーであるメグの悲報はメディアを騒がせた。メグと連絡の取れなくなった所属事務所のスタッフが様子を見に行ったところ、自宅で首を吊っているメグを発見。その傍には、遺書が残されていた。遺書にはこう書かれていた。

(もう限界。持って生まれた才能の上に胡座をかいているだけの、瑞原舞夢が許せない。私は誰よりも歌もダンスも努力した。それをあの女は、私には才能が無いと馬鹿にした。自分は枕営業でのし上がった癖に、人に偉そうな事を言うあの女が大っ嫌い!私が命を賭けて、伝えようとしている真実から、どうか皆さん、目を逸らさないで。メグ)


所属事務所はメグの遺書の内容を公表しなかった。だが、その内容はどこから漏れたのか、SNSで瞬く間に、世間の目に触れる事となる。対応に追われた事務所は、

「事実確認をして、改めて発表いたします。」の一点張り。舞夢の住むマンションにはメディアが連日殺到している状況。舞夢は心底疲弊していた。ベッド上で膝を抱える舞夢。スマホは引っ切りなしに着信音が鳴り響く。スマホを見る気力もなかった。そんな舞夢のスマホにショートメッセージの着信がある。

(ショートメッセージ?どうせマスコミでしょ?)舞夢は何気なくそのメッセージを開くと驚いた。涙を流しながら、電話をかける。

「久しぶりだな。」電話の主はすぐに出た。

「華月...。助けて...。」舞夢はそう言うのがやっとだった。

「今からそちらに行く。」華月は言うと電話を切った。


異界の門で舞夢のマンションに姿を現した華月と加奈。驚く舞夢に華月は唇に人差し指を当てて合図する。舞夢の手を引き、再び異界の門の中へ姿を消した。

如月家に着いた華月達は舞夢を居間に案内した。

「舞夢様、お久しぶりでございます。」綾乃がお茶を淹れて居間に姿を現した。その後ろには友里がくっついていた。

「そのお腹...。」舞夢は綾乃を見て驚く。

「2人目を授かりまして。」綾乃はニッコリと笑う。

「2人目⁈」舞夢は華月を見る。

「パパぁー!」友里は華月に抱きつく。

「パパぁ⁈」舞夢は驚く。

「高校卒業と同時に結婚してな。」華月は友里を抱き上げると、膝の上に座らせた。

「おねぇちゃん、みたことある。」友里は舞夢に言う。

「有名人だからな。」華月は友里に笑いながら言う。

「ゆーめーじん?」友里は華月に聞く。

「あ、あぁ、お姉さんは歌が凄く上手なんだ。」華月は友里に言う。

「友里もうた好き!」友里は屈託のない笑顔を舞夢に見せた。

「子供までいるとはね...。」舞夢はがっかりした様に呟いた。

「友里、パパはお姉さんと大事なお話があるから、向こうでママと遊んでてくれるか?」華月は友里に言う。

「はぁーい。」友里は華月の膝から降りると、綾乃と居間から出て行った。

「突然連れ出して悪かった。」華月は舞夢に謝る。

「う、うぅん。あそこじゃロクな話も出来なそうだし、良かったよ。」舞夢は華月に言う。

「俺の妹だ。信用出来る。」華月は加奈を紹介する。

「初めまして。妹の加奈です。」加奈は舞夢に頭を下げる。

「こ、こちらこそ初めまして。瑞原舞夢です。」舞夢も加奈に頭を下げる。

「早速だが、聞かせてくれるか?」華月は舞夢に言う。

「何から話せばいいか...。」舞夢は少し考えた後、話出した。


H宝堂の社員とメグが密会している噂を聞いた舞夢は、真相を確かめるべく、楽屋でメグに直接話を切り出した。

「ねぇメグ、H宝堂の社員と会ってるって噂、本当?」舞夢はメグに聞く。他のメンバーもメグに注目する。

「関係なくない?私が誰と会おうがアンタに報告する義務があるの?」メグはイライラした様に言う。

「プライベートな話ならこれ以上聞かないわ。でも、噂になってる様に枕営業してるなら、同じメンバーとして黙っていられないわ。」舞夢は言う。

「アンタ達に迷惑がかかった?むしろ、仕事が増えて感謝して欲しい位なんだけど。」メグはあっけらかんと言う。

「メグ!ふざけないでよ!私達はチームでしょ?」舞夢は言う。

「あーウザっ!アンタの真面目ぶりに飽き飽きしてんのよね、コッチは。真剣にお付き合いしている人がいます。コレでいいかしら?じゃあね!」メグは身支度を整え、楽屋を後にした。

「ちょっと待って!メグ!」舞夢はメグを追いかけて楽屋の外に出るも、メグの姿は既に無かった。


「その後、メグから呼び出されて、S区のホテルに行ったんだけど、年配の男の人がフラフラしてて、大丈夫ですか?って肩を貸したら、パパラッチに撮られて...。あれがH宝堂の社長だって後で知って...。」舞夢は俯く。

「記事をでっち上げられたワケか...。」華月は言うと舞夢は頷く。

「その後メグと連絡は?」加奈は聞く。

「それが、私が自宅謹慎を言い渡されてから、一度も連絡が取れなくて、マネージャーから電話でメグが自殺したって...。もう、何が何だかわかんない...。」舞夢は泣き出す。加奈は舞夢の背をさする。

「メグが会っていたかも知れない、H宝堂の社員ってのは誰かわかるか?」華月は舞夢に聞く。舞夢は首を横に振る。

「メグとは、昔から折り合いがつかなかったのか?」華月は聞く。

「...うぅん。前はそんな事なかったのよ。ドイツに撮影に行った辺りから、メグは変わってしまったわ...。」舞夢は思い出す様に言う。

「...ドイツ...。ドイツの何処だ?」華月は聞く。

「何て名前だったか思い出せない。南の方だったと思う...。」舞夢は言う。

「シュタウフェン...。」華月は呟くと、

「そう!そんな名前だったわ!」舞夢は華月を見る。華月は考え込んでいた。

「華月?」舞夢は華月に声をかける。

「舞夢、メグは魅入られたかも知れん...。」華月は舞夢に言う。

「魅入られ...た...?」舞夢は聞き返す。

「悪魔だよ。」華月は舞夢の顔を真っ直ぐに見つめた。舞夢の背筋に悪寒が走る。

「シュタウフェンって都市は、ファウストの死んだとされる都市だ。そして、ファウストと密接な繋がりのある悪魔と言えば...。」華月は言い淀む。加奈も舞夢も華月を黙って見つめる。華月は意を決した様に口を開く。

「...メフィストフェレス...。」華月は静かにその名を言った。

「メフィストフェレス⁈」加奈は驚く。舞夢は2人の顔を交互に見る。2人とも、神妙な顔をしていた。

「メグの死は自殺じゃない。恐らく、望みを叶える代償に魂の契約をしたんだ。だが、それもヤツの手の内で転がされたに過ぎん。」華月は言う。

「そん...な...。」舞夢は絶句した。想像もつかない大きな何かに操られ、それが今のこの状況を作り出している事を考えると、舞夢の背中の悪寒は全身に広がった。

「案ずるな。と、言いたいところだが、今の俺に裁きの力はない。」華月は舞夢に言う。

「えっ⁈」舞夢は華月を見る。

「色々あってな。如月の鬼の力を失ったんだ。」華月は言う。

「それじゃあ...。」舞夢は肩を落とす。

「心配しないで。私は閻魔大王直属の神無月の鬼。私がやるわ。」加奈は舞夢に言うと華月は頷く。

「神無月の鬼...。華月と同じ様に戦うって事?」舞夢は加奈を見る。

「心配はいらん。加奈は俺とは違って、正統な鬼神の継承者だ。」華月は言う。

「でもお兄ちゃん、メフィストフェレスってヤバくない?」加奈は華月に聞く。

「あぁ、相当な。ギルドには、俺から依頼を出しておく。引き受ける物好きはいないと思うがな...。」華月は静かに言う。

「ギルドって?」舞夢は聞く。

「今や妖しによる問題解決の殆どは、ギルドが担っている。ギルドとは、同じ様に妖しの力を持つ者達によって、結成された組織。依頼人から様々な依頼を受け、報酬を受け取る事で成り立っている。」華月は簡潔に説明する。

「私はギルド員です。」加奈は舞夢に言うと爽やかに笑う。

「つまり、お金を出せばその悪魔をやっつけてくれるって事?」舞夢は加奈に聞く。

「そうですね。」加奈は言う。

「それなら、報酬は私が出すわ。必ずやっつけて欲しいもの。」舞夢は言う。

「多く出さなくていい。わざと少なくして、加奈と直人に引き受けさせる。」華月は言う。

「直人?」舞夢は聞く。

「私のバディです。あ、そうだ。サインの1つでも直人にあげて下さい。直人、あなたの大ファンみたいだから。」加奈は言うとクスっと笑った。

「幾ら位出せばいいの?」舞夢は華月に聞く。

「100万で十分だろう。どうせ受け取らないのだろうしな。金額を上げて他のギルド員に受けられても困るしな。」華月は言うと加奈は頷く。

「わかったわ。100万は私が用意する。ギルドへの依頼は華月に任せるわ。」舞夢は言う。

「わかった。交渉人や、ギルド員とは俺が窓口になる。」華月が言うと舞夢は頷く。華月はスマホを操作し出した。


案件:【悪魔退治】

依頼人:K

報酬:100万

ターゲット:ドイツの悪魔と思われる。捕縛、滅殺問わず。

備考:ギルド員の人数問わず。何人で行っても可。だが、報酬は100万のみ。引き受ける者だけ、依頼人と直接合う事が出来る。


そんな内容をアプリに打ち出した。


「こんな所か。」華月はスマホを舞夢と加奈に見せる。

「お兄ちゃん、正直な話、私と直人でやれると思う?」加奈は聞く。

「相手が相手だ。厳しいかも知れんな...。」華月は加奈を見据えながら言う。

「だよね。慎司くんに力を借りるわ。」加奈は言う。

「あぁ。それがいいだろう。」華月は言うと加奈は頷く。

「舞夢、今は辛いだろうが、必ずや依頼は達成する。それまで気をしっかり持て。」華月は言うと舞夢は頷く。

異界の門で舞夢を自宅に送った華月は、慎司に連絡を入れた。事の概要を慎司に話す。


「メフィストフェレスとはね...。久しぶりに楽しめそうだ。」慎司は不敵に笑う。

「加奈と直人を任せてもいいか?」華月は聞く。

「勿論。」慎司は即答する。

「ありがとう。また連絡する。」華月は電話を切る。

(慎司がいてくれるなら、安心だ。)華月はふぅと一息つくと空を見上げた。

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