〜望みの代償は〜 アイドル

「主は何を願う...。」低い声は女に問う。

「あの女の失墜を...。」女は答える。

「良かろう...。主の望み、叶えてやろう...。」


人気アイドルグループ、〝sai 〟その主要メンバーのスキャンダルにワイドショーは沸いていた。CM製作会社社長との熱い夜を過ごしたとして、主要メンバーの瑞原 舞夢(みずはら まいむ)はメディアに叩かれていた。

「これは枕営業って事なんですかね?常盤さん。」司会はゲストに話を振る。

「さぁ、私の口からは何とも言えないですね。でも、瑞原さんくらいともなれば、わざわざこんな事しなくても、お仕事は貰えるんじゃないですか?」ゲストの常盤 慎吾(ときわ しんご)は言う。

出演者同士で様々な憶測が飛び交うワイドショーを、華月は昼寝をしている友里の隣で眺めていた。

「気になりますか?」お腹の大きな綾乃は華月に聞く。

「あぁ。こんな事をする娘じゃない。自分は歌で勝負する。そんな強い意思を持った娘だと覚えている...。」華月は思い出す様に言う。

「お調べいたしますか?」綾乃は聞く。

「身重の身体に支障のない範囲でなら、お願いしても良いですか?」華月は言う。

「はい。」綾乃はニッコリと笑う。


3年前、華月は舞夢の声を狙う妖しと戦い、舞夢を救った事があった。

「ねぇ、華月。いつか私の歌を聞きに来てくれる?」舞夢は華月に言う。

「あぁ。」華月は笑った。その返事を聞いた舞夢も笑顔になる。

そんな事を華月は思い出していた。

(もしかすると、また何か良からぬ者に狙われているのかも知れんな。)華月は考え込んだ。


学校帰りの電車内、直人は舞夢に関するありとあらゆるニュースを見ては溜息をつく。

「何よ、そんなにショック?」加奈は直人に言う。

「舞夢ちゃんはこんな事するはずない!絶対に何かの間違いや!」直人は興奮気味に言う。

「芸能人なんて、皆こんな噂は付き纏うものでしょ?」加奈は言う。

「アホか!舞夢ちゃんはそんなんとは無縁やの!誰かの陰謀に決まっとる!」直人は言う。 

「直人がアイドルに熱を上げてるとは思わなかったわ。」加奈は呆れた様に言う。そうこうしている内に、加奈は最寄り駅に着く。

「じゃあね。」加奈は電車を降りるも、直人はまだ1人でブツブツと呟いていた。


都内の高級マンションの一室。ワイドショーを見ていた舞夢はTVのリモコンを床に投げつけた。その身体は悔しさで震えていた。不意にスマホの着信音が鳴る。

「...。」舞夢は電話に出る。

「舞夢か?外には出てないな。」電話の主はマネージャーの川上であった。

「出てないわよ。何で私がこんな目に...。」舞夢は声を押し殺した様に言う。

「撮られたのはお前だ。自業自得だ。」川上は言う。

「だから、何もしてないってば!メグに呼び出されて行っただけなんだって!」舞夢は言う。

「メグは自宅にいたそうだぞ。ちゃんと裏も取れている。」川上は言う。

「そんな...。」舞夢は絶句する。

「いずれにせよ、事務所の指示があるまで、自宅から出るなよ。また連絡する。」川上は電話を切った。

「...。」舞夢は呆然とする。積み上げてきた物が一気に崩れ去る、そんな感覚に陥っていた。

「...助けて...。華月...。」舞夢は華月の事を思い出していた。


夕飯と風呂を済ませ、寝室で友里を寝かしつけた華月は、居間に現れる。加奈が塾から帰ってきて綾乃と談笑しながら食事をしていた。

「華月様、例の件お調べいたしました。」綾乃は華月に言う。

「何かわかりましたか?」華月は聞く。

「はい。瑞原舞夢は同じグループのメンバーに呼び出されて、S区のホテルに向かった様です。」綾乃は言う。

「えっ?お兄ちゃんもあのアイドルに興味あるの?」加奈は箸を止めて華月を見る。

「も、って何だ?前に妖しから助けた事があるだけだ。」華月は言う。

「何だそっか。直人がね、大好きなのよ。」加奈はヤレヤレといった感じで食事を再開する。

「あれ?じゃあ、お兄ちゃん舞夢と知り合いなの?」加奈は華月に聞く。

「連絡先とかは知らんぞ。」華月は言う。

「そうだよね。今やトップアイドルだもんね。」加奈は言う。

「華月様は舞夢様の声を狙う妖しを倒した事がございます。」綾乃は言う。

「あぁ、いい声だもんね。」加奈は言う。

「で、どうなりましたか?」華月は綾乃に聞く。

「ホテルには、大手CM製作会社のH宝堂の社長がいて、舞夢様と会った所を写真に収められた様でございます。」綾乃は言う。

「舞夢を呼び出したというメンバーは?」華月は聞く。

「舞夢様を呼び出したと思われるメンバーの名前はメグ。ですが、その場にはいなかった様で、その時間、自宅にいたそうです。」綾乃は言う。

「舞夢はハメられた訳か...。」華月は考え込む。

「よく、芸能界には有りがちな話よね。」加奈は食事を終えて食器を下げる。

「H宝堂の社長は誰に?」華月は綾乃に聞く。

「舞夢様の所属事務所の社員から仕事の連絡を貰って、行ったそうなんですが...。」綾乃は一息つく。

「所属事務所の社員は誰1人として、H宝堂の社長には連絡していないそうです。また、社長も誰に呼び出されたのか覚えていないそうです。」綾乃は言う。

「それは妙だな。」華月は言う。綾乃は忍びの一族。その情報網は全国各地に張り巡らされ、信憑性が高い事は、華月も加奈も体感済みである。

「舞夢の人気を妬んで誰かが、仕組んだのね。メグじゃない?」加奈は言う。

「かも知れん。だが社長ともなれば、人と会うのに相手の身元確認には相当気を遣っているはずだ。それは、秘書も部下もわかっているはず。なのに覚えていないとは...。惚けているのか、それとも何かに操られたか...。」華月は考え込む。

「操られた可能性が高いかと。」綾乃は言う。

「何故ですか?」華月は聞く。

「その日の夕刻、社長は社内で大事な会議があった様ですが、トイレに行くと言ってその姿を消したまま、ホテルで発見された様です。荷物は社内に残されていたのだとか。」綾乃は言う。

「よくそこまで調べられましたね。」華月は言う。

「忍び仲間がH宝堂で働いております。」綾乃はニッコリと笑う。

「忍びのネットワーク恐るべしね。」加奈も言う。

「その忍び仲間が言うには、社長はフラっと外に出て、タクシーを拾ったのだとか。その表情はどこか惚けていた様に見えたそうです。」綾乃は言う。

「完全に妖しの仕業ね。」加奈は言う。

「何故そう思う?」華月は加奈に聞く。

「H宝堂が未だに何も言わずに沈黙しているのは、当の社長本人の意向がわからないから。綾乃さんの話が真実だとするなら、社長自身も混乱しているんじゃないかしら?でなければ、とっくに言い訳の1つや2つは発表されているはずだわ。」加奈は言う。

「加奈様の仰る通りでございます。現在、H宝堂の社内では、事実確認と社長に連絡をした者の特定に力を入れている様です。」綾乃は言う。

「中々に慣れてきたじゃないか?」華月は加奈に言うとニヤリと笑った。

「伊達にギルドにいる訳じゃないわ。」加奈もニヤリと笑う。

「如何いたしますか?」綾乃は華月に聞く。

「妖しの仕業だとして、その目的がわかるまでは、下手には動けない。」華月は言うと加奈も綾乃も頷く。

「少し様子を見る。加奈はギルドにそれらしい依頼がないか、気にしてくれないか?」華月は言う。

「わかった。」加奈は頷く。

「綾乃さん、舞夢と連絡を取りたい。それと、メグって娘の身辺調査をお願い出来ますか?」華月は綾乃に言う。

「承知いたしました。」綾乃は華月に言う。

「舞夢...。早まるなよ...。」華月は独り言の様に呟いた。




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