第509話 命令と好意
冨岡の行動はあまりに突然だったはずだ。しかし、ノノノカは全てを見透かしたように、自分の配下にいる者を、冨岡にとって最適な形で動かしてくれていたのである。
そこに優しさと恐ろしさを感じながら、冨岡はアリリシャに指示を出した。
「ありがとうございます。じゃあ、この場所で待機していてください。すぐに荷物を運んでくるので、それを教会・・・・・・じゃなくて学園に運んでもらっていいですか?」
「トミオカ様」
言葉の最初に『僭越ながら』がつきそうな表情でアリリシャが言う。
「はい?」
「指示や命令に『いいですか?』など不要です。これが『戦いならば』の話ですが、戦場において命令は短く、的確に、強く。それが基本である、とノノノカ様から学ばせて頂きました。兵に示すべきは優しさではなく、立場でございます。ただ『せよ』とご命じください」
彼女の言葉は理にかなっている。戦場で長々と、遠慮を孕んだ言葉を垂れ流すなど、命取りになる愚行だ。
アリリシャに『トミオカに従え』という命令が出ているのならば、一時的ではあるが冨岡は彼女の上官という立場になる。その上、冨岡はノノノカの血縁者だ。
もっと状況をわかりやすく、アリリシャの言葉を借りて説明するのなら、これは戦いである。
王弟派貴族とキュルケース家を含む冨岡の周囲との戦いだ。手段を選ばぬ泥沼の戦いであり、今後の覇者を決める聖戦でもある。
そう言われ、冨岡はすぐさま正しく命じなおそうと口を開いた。けれど、口を開いたまま停止する。彼の中で、美作に言われた言葉がリバイバル上映されたのだ。
足元を掬われる。
それはどんな時だろうか。簡単だ、足を上げた時である。地から離れた足を掬い上げられ、体は倒れる。
そうそう自分の立ち位置を変えるべきではない。冨岡はそう思い直した。
自分はただ、異世界と行き来する方法を得ただけの人間だ。立場など、元々ありはしない。
「アリリシャさん、俺はこれを『戦い』だと思ってます。それに、アリリシャさんの言っていることも、概ね理解できる。でも、俺はアリリシャさんの上官なわけではありません。アリリシャさんにとって、『命令』でも俺にとっては『好意』なんです。改めて言いますね。荷物を運ぶのを手伝ってくれませんか?」
冨岡が再び頼むと、アリリシャは驚いたように顔を上げた。
見上げた彼の瞳が、あまりにも真っ直ぐで笑いそうにもなる。冨岡は大真面目に、心から、命令ではなくお願いをしているのだ。
上からの圧力的な言葉ではない。ただ目的を持つ一人の男として、賛同者に依頼しているのだった。
「ノノノカ様のそれとは違うようですが、トミオカ様なりの哲学がおありなんですね。そのようなことも知らず、浅薄なことを申しました。どうかご容赦を。そして・・・・・・承知いたしました。トミオカ様のお手伝いをさせて頂きます」
新たなる指揮官の形に驚くアリリシャではあったが、彼女がさらに驚いたのは、あっさりそれを受け入れる自分である。
この人のために命を賭して戦う。そうノノノカに誓っていることに揺るぎはない。けれど、冨岡に対しても『この人のために動きたい』と思い始めていた。
ノノノカと形は違うが、心を惹かれるカリスマ性のようなものを冨岡の中に見出しつつある。
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