第505話 冨岡からアメリアへ

 実力とカリスマ性を持ちあわせているノノノカの言葉でも、場の不安や重苦しい空気を完全には払拭できなかった。

 けれど、その言葉は次に繋ぐもの。ノノノカの言葉によって心動かされ、体を動かした者がいる。

 アメリアだ。


「じゃあ、お茶を淹れますね」


 素直で簡単な言葉だったが、彼女の中では『冨岡との思い出』が溢れていた。

 そんなアメリアが言う『お茶』とは『紅茶』のことである。これまで冨岡は、何杯もアメリアたちに紅茶を淹れてきた。補足する必要もない情報だが、冨岡は紅茶が趣味と言ってもいいほど、傾倒している。ともかく紅茶好きな男だ。

 そして凝り性な男というのは、とかく語りがたりである。

 紅茶に含まれるテアニンは、緊張や興奮を和らげる成分である、とか。手足の血管を広げる効果があるから、疲労回復につながる、とか。

 ともかく紅茶についての話は、何度も聞かされていた。彼女自身、冨岡の話を嫌だと思ったことはないけれど、『聞かされた』という表現がピッタリなほど、聞かされていた。

 今では、アメリア自身も他人に語れるほどの知識を持っている。

 紅茶の中でも、フレーバーティーは特にストレス軽減効果がある。フレーバーティーの中で、最も有名なのは『アールグレイ』だ。紅茶にベルガモットの香りを付けたものを『アールグレイ』と呼ぶのだが、ベルガモットの香りにいはストレス緩和の効果があるとされている。

 椅子から立ち上がったアメリアは、戸棚の茶葉を漁った。

 冨岡が常備している二重種類以上の茶葉が、堂々たる存在感を放っている。


「アールグレイか、それとも・・・・・・」


 そう呟くアメリアの背中に、ノノノカが声をかけた。


「選ぶほど茶の種類があるのか? そう難しく考える必要はない。アメリアの好む茶を淹れてくれればいいんじゃ」

「私の好みですか」


 自分の好みで良いと言われたアメリアは迷わず、ピーチフレーバーの紅茶を選ぶ。

 これまで冨岡と飲んできた紅茶の中で、一番美味しいと感じたものだった。


「紅茶を淹れる時はこっちのお水で・・・・・・」


 アメリアは冷蔵庫から『軟水』を取り出す。これも冨岡の教えだ。軟水は紅茶を抽出するのに向いている。わざわざ軟水を用意しているのは、もちろん冨岡である。


「ポットはガラスのものを」


 紅茶を淹れる時、極力鉄分を含んだポットは避ける。紅茶のタンニンと鉄分が化合して、風味が損なわれるからだ。また、色も黒っぽくなってしまう。

 陶磁器や銀製のティーポットを使ってもいいのだが、ガラス製だと茶葉の動きや抽出されていく様子を見ることができる。

 これも冨岡のこだわりだった。

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