第494話 可能な限り
貧民街まで通り一本というところまで近づくと、冨岡の耳に悲鳴が届いた。かと思えば、悲鳴は猛々しい咆哮に掻き消される。
聞こえてくるのは声だけではなかった。地響きのような足音や金属音、ついには爆発音も届く。
あまりにも現実味のある戦いの音に、冨岡は思わず足を止めた。
「まだ貧民街まで何十メートルもあるのに・・・・・・こんな痛々しい声や音が・・・・・・」
改めて認識する。自分が向かおうとしている場所は、戦いの真っ只中である、と。
冨岡の呟きに気づいたレボルは、同じように足を止め、優しい視線を彼に向けた。
「トミオカさん、無理をする必要は・・・・・・」
冒険者であったレボルは、戦場を前にして動けなくなる者を何人も見てきた。勇ましく冒険者デビューした新人が、魔物を前にすると怯えたネズミのように硬直し、恐怖に心をへし折られる。よくある話だ。
戦ったことのない人間にとって『戦い』は、一種のファンタジーである。もちろん、戦場に赴く前の意思も偽りではない。けれど、戦場に近づくにつれ、まざまざと感じ始める現実味は、そうなってみないと理解できないものだ。
先ほどの言葉は、まともな戦闘経験のない冨岡が怯えるのも無理はない、と考えたレボルの優しさである。
しかし冨岡は、奥歯を噛み締めて首を横に振った。
「大丈夫です。想像していたよりも激しい音に驚いただけで、怯えてはいませんよ。いや、怯えてるのかもしれないですけど、何よりも怖いのは仲間の危機に何もできないことです。レボルさんには悪いですけど、付き合ってもらいますよ。戦場まで」
「それは何よりも心強いお言葉です。戦場までとはいわず、どこまでもお付き合いしますよ」
冨岡とレボルが信頼と決意を再確認していると、先頭を走っていたアリリシャが声をかけてきた。
「お二人とも、貧民街はすぐそこです。一度行動を確認いたしましょうか?」
勢いだけで飛び出してきたが、貧民街に入ってからのことを何も考えてはいなかった。正確には、考えることはできなかった。国軍と貧民街の住民が入り乱れる戦場では、刻一刻と状況が変わる。事前に立てた作戦など役に立たない。
それは今も同じだ。
レボルが剣を撫でながら言う。
「行動は一つですよ。ドロフとメレブを連れて帰る、それだけです。私やアリリシャさんがすべきことは、トミオカさんの壁を全て打ち崩す。剣を抜いてでも」
物騒な物言いだが、レボルの目は本気だった。アリリシャとしても、冨岡たちに従うようノノノカに言われている。『敵を殺せ』と言われれば、彼女は躊躇いなく殺すだろう。
「承知しました」
「承知しましたって、ちょっと、二人とも殺すのは無しです!」
慌てて冨岡は言葉を挟んだ。レボルとアリリシャは、剣から手を離すことなく頷く。
「できる限り」
「可能な限り」
二人揃って、完全に受け入れたわけではないらしい。何よりも優先すべきものが『冨岡の命』だからだ。
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