第492話 泥沼からの一歩

 これまで情報を隠し続け、誰が所属しているのかすら不明だった王弟派。

 ノノノカの表情からは、王弟派の動きを深刻に捉えているという心情が、痛々しいほどに伝わってくる。

 さらに彼女は言葉を続ける。


「国軍を動かし、貧民街という一区画を摘発する。そのような行動は、貴族といえど簡単にできるような事ではない。国軍を動かすためには、必ず国王の承認が必要となる。最悪の可能性を考えるのならば、国王すら王弟派の手に落ちたかもしれんのう」


 それを聞いた冨岡は、頭の中に絶望の二文字が浮かんだ。

 現在、拘束されているキュルケース公爵を救うためには、彼を国王と謁見させる必要がある。元々キュルケース公爵は、国王と会い話をすることによって、この国の改善を進めようとしていた。

 まだ、キュルケース公爵と国王の謁見を取り付ける策すら見えていない状況。

 そんな中、国王が王弟派の手に落ちた、となれば最悪も最悪だ。


「国王様が王弟派の手に・・・・・・それって国王様が王弟派を認めたってことですか?」


 冨岡が問いかける。しかし、当然ながらそんなことはノノノカにもわからない。


「確定はできんがの。あくまで可能性の話しかできん。じゃが、少なくとも国王の権力や威光は、著しく弱まっておる。そうでなければ、国軍が貧民街の住民と揉めることはなかろう。国王は、貧民の生活を救う対策も考えておったからの」


 国王ならば、貧民街の住民を傷つける強引な一斉摘発は指示しない。彼女はそう言っていた。

 被害を顧みない一斉摘発は、王弟派の指示であるだろう、と。

 だとするなら、王弟派は国軍を動かせるほどの力を持っている。国王の意思に関係なく、承認を得るほどに。

 ノノノカは冨岡たちの精神状態を案じ言葉にしなかったが、王弟派の強引な動きから考えられる可能性がもう一つある。

 国王が王弟派の手に落ちた、という言葉の別の意味。すでに国王が殺されている可能性だ。

 冨岡たちを混乱させないよう、ノノノカはその可能性から話を逸らしていた。


「これからどうなってしまうのでしょうか・・・・・・」


 アメリアが、胸の奥を締め付けられているような表情で言う。目まぐるしく変わる状況に、頭も心もついていくので精一杯だ。

 なんにせよ、情報が足りず情報収集を行なっていた途中だった。そんな今、さらに理解不能なことが起き、誰も先を予想できない展開を迎える。

 重くなった空気をなんとかしようと、冨岡が口を開いた。


「と、とにかく、わからないことを考えても仕方ないですよね。王弟派と国王様の関係は、俺たちにどうすることもできないですから。でも、貧民街にいるはずのドロフとメレブを見捨てるわけにはいかない。ノノノカさん、こんなことをお願いするのは心苦しいのですが・・・・・・その」

「わかっておる、ヒロヤ。護衛を用意しよう。ここで待てと言っても聞かなそうな顔をしておるからの。元々、ドロフとメレブを貧民街に行かせたのはワシじゃ。出来る限りのことはしよう」

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