第491話 悪い報せ

 ノノノカがそう言った瞬間だった。

 いつだってタイミング良く起こるのは、不都合なことばかり。嘘だと叫びたくなるような間の悪さで、報せは飛び込んでくる。


「ノノノカ様!」


 これ以上ないほど慌てた様子で、髪の長い女性が学園の敷地内に入ってきた。

 金属製の防具を着用し、腰には剣を携えている。見た通り、おそらく彼女は兵士だ。

 女兵士は荒れた呼吸を整えもせずに、ノノノカの元へと走る。


「ノ、ノノノカ様! ご、ごほ、ご報告が」

「何じゃ、アリリシャ。騒々しいの。そんなに慌ててどうした・・・・・・などと白々しいことは言わん。何かあったのじゃな?」


 ノノノカは椅子から降り立つと、アリリシャと呼ばれた女兵士に歩み寄る。

 上下関係を示すように、アリリシャはベルソード家当主の足元で跪き、つむじを見せるような姿勢で報告を続けた。


「貧民街に国軍が・・・・・・数十名の国軍兵士が現れ、一斉摘発を始めました!」

「一斉摘発じゃと?」


 一気にノノノカの顔色が変わる。曇るというよりも暗雲が立ち込め、雷鳴を轟かせるような表情だ。

 更にアリリシャの報告は続く。


「国内の治安保全のためだ、と。その結果、反発した貧民街住民が暴動を起こし、乱闘に発展しています!」


 話を聞いていた冨岡は、貧民街で乱闘が起きているという事実だけを理解し、口を開いた。


「どういうことですか、ノノノカさん。貧民街で乱闘? ドロフとメレブは大丈夫なんでしょうか」

「・・・・・・このアリリシャは、貧民街周辺に待機させておいた者の一人じゃ。報告は今聞いた通り。これはまだ推測じゃが、王弟派は『全てをもみ消す一手』を打ってきおったのじゃろう」

「全てをもみ消す一手? それってまさか、貧民街ごとなかったことにするってことですか? そのための一斉摘発・・・・・・」


 冨岡は最悪の想定をする。

 王弟派にとって貧民街は、大切な隠れ蓑である。部外者に見られることのない本拠地を隠し、自由に情報を交換する場所。そこに王弟派の行動や思考を示す証拠が、いくらでもあるだろう。

 最大の武器であり弱点。そんな場所に『国軍』として踏み込んできた。

 まず考えるべきは、王弟派が国軍を動かせる立場にあるということ。


「王弟派が国軍を・・・・・・」


 ノノノカは小さく呟く。キュルケース公爵の拘束はあくまでも『法に則ったもの』だ。けれど、貧民街の一斉摘発は『法を自由に操った結果』である。


「よもや王弟派はそこまで権力を・・・・・・」


 思考するノノノカに対し、冨岡が再び声をかける。


「ノノノカさん、どういうことですか」

「王弟派が大きく動き始めたというわけじゃ。国軍すら自由に動かし、理由をでっち上げ、貧民街を潰そうとしておる。つまり、もはや隠れ蓑はいらんということ。隠れる必要はない、ということじゃ」

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