第489話 ハムレタスサンド
柔らかい豚肉を贅沢に使ったカツサンドには、芳醇なソースとマヨネーズが塗られている。脂と味の濃さでくどくならないよう、キャベツの千切りも挟んであった。
一口食べると甘みが一気に口の中で広がる。少し遅れて、ソースの香りとマヨネーズのコクが、フィーネの舌を喜ばせた。
「ん! 美味しい! トミオカさん、これ美味しいよ!」
素直に美味しさを表現するフィーネ。彼女の表情が一気に華やぐ。
シャキシャキとしたキャベツの音が、心地よく響いていた。
口の端についたソースは、フィーネがカツサンドに魅了されている証拠だろう。
アメリアは、元気いっぱいなフィーネの姿に頬を緩ませる。
「フィーネ、ソースがついてますよ。ほら、ここ」
口を拭われるフィーネの隣で、リオがタマゴサンドを頬張っていた。
黙々と食べるリオの目は、見たこともないほど開かれている。
少し硬めに茹でられた卵とマヨネーズ。そしてこちらの世界では貴重な胡椒。この組み合わせが美味しくないはずがない。柔らかなパンに挟むことで、料理として完成された逸品になるのだ。
「美味しい・・・・・・」
いつも通り、フィーネに比べれば静かなリオだが、彼の表情から美味しさは伝わってくる。
子どもたちが食べている様子を見ていたノノノカは、珍しく遠慮がちにハムレタスサンドへと手を伸ばした。
「それじゃあ、ワシはこの綺麗なやつを」
どうやらノノノカは、真っ白なパンに面食らっていたらしい。移動販売『ピース』のハンバーガーや、メルルズパンのことは知っていたはずだ。けれど彼女が実際に食べたことはない。
まじまじとハムレタスサンドを眺めたノノノカは、勢いよく齧り付く。
彼女の歯はふわっとした食感を通り抜け、シャキシャキに至った。かと思えば、薄くスライスされたハムの独特な噛み心地が彼女を驚かせた。何層にも重なった食材はそれぞれの食感を持ち、味を感じさせる前に完成度の高さを主張する。
みずみずしいレタス。旨味を閉じ込めたハム。三度目の登場マヨネーズ。どれも単体で美味しい食材だが、組み合わさることで何倍にも進化する。
「おお、美味い! なんじゃこれは。白いパンはこんなにも美味しいのか。それだけではない、酸味のあるソースが野菜と肉を包み、これ以上ないほど味を引き立たせておる。それに柔らかく、食べやすいのう。見るとそれほど手の込んだ料理ではないが、こんなにも美味いものなのか。悔しいのう」
感想を述べるノノノカ。彼女が最後に言った『悔しい』の意味がわからず、冨岡が聞き返す。
「悔しい、ですか?」
「長く生きてきたが、こんなに美味いものを食ったことはない。じゃが、子どもたちの反応を見る限り、これも美味しい料理じゃが、これよりも美味しいものがあるのじゃろう? そんなものを知らずに生きてきたことが悔しくての」
「大丈夫ですよ。これから先、もっと美味しいものを一緒に食べましょう。この件を乗り越えてから」
「ふっ、そうじゃの。ヒロヤたちがこの国を出なくてもいいよう、ワシもできる限り力を貸す。孫と美味いものを食いたいしの。ああ、曾孫の顔も見るためにも」
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