第485話 生活=任務

 貧民街は『都合よく』他の人間が入ることの出来ない場所。ノノノカはそれが偶然ではなく、フォビドゥン・ブックによって作られたものだという。

 謀をするためのアジト。悪事の巣穴のようなものを得るため、貧民が暮らせる場所を作った。それも自然発生した場所であるかのように。

 意図的に作られた貧民街には、続々と住処や仕事、未来を失った者が集まる。そして、疑心暗鬼と諦めの空気を充満させ、独特なコミュニティへと発展した。

 

「貧民街を作ったのは、フォビドゥン・ブック・・・・・・」


 冨岡はノノノカの言葉を繰り返した。噛み砕くように脳内でも何度か復唱し、言葉につなげる。


「そんなことって・・・・・・だって、貧民街が生まれたのは昨日今日じゃないですよね。何年も前、いや何十年も前から貧民街を支配していたっていうんですか?」


 問いかける冨岡に、ノノノカは首を横に振って答える。


「支配ではない。あくまで溶け込むためじゃ。意識的にそういった『息苦しい社会』を作り、仲間を装うための偽装にすぎん。王弟派の息がかかった者を最初から住ませておる。二代か三代に渡っての」

「ちょ、ちょっと待ってください。『王弟派』なんですよね? 王弟殿下が何歳なのかは知らないですけど、そんな昔からあったんですか?」

「王弟派とはあくまでも都合上の呼び名じゃ。そもそも奴らは、自分たちの立場を守るために生きておる『過激な保守派』じゃしの。この国を、王の陰に隠れ操るための組織だったんじゃろう。其奴らが王弟という操りやすい象徴を見つけたに過ぎんよ」


 正気の沙汰ではない。冨岡は素直にそう思った。

 何十年も前から、この国の中で自分たちと子孫の立場を守るため、策を巡らせ続けたこと。そしてそのために、仲間である何者かの家族を貧民街に潜入させ続けたこと。

 どれも生半可な話ではない。元々、飢えを知らぬような者が、貧民街で飢えながら生き続けるのだ。流石に死ぬようなことはしないだろうが、清潔であったり満足な食事をしている様子であったりすれば、すぐに怪しまれる。生活の全てを捧げた潜入任務だ。

 ノノノカの話を聞いた冨岡は、悍ましさを覚えながらも納得する。


「確かに、その方法なら王弟派の集会も怪しまれない。いや、たとえ怪しまれても、踏み込むことができないですね。誰の目にも触れない、地下教会ですか・・・・・・じゃあ、ドロフとメレブはそこを調べに?」

「いや、情報収集だけを指示した。移動販売『ピース』が貧民街である程度信頼されておるといっても、地下教会を調べようとすれば、王弟派の耳に入るじゃろうしな。地下教会の正確な場所と、出入りした人間の有無。その頻度や警備状況の情報を得てくるはずじゃ。全ては情報が揃ってから考えればよかろう。机上の空論では何も進まんしの」

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