第433話 何用じゃ

 先ほど、向かい合う椅子の間にある机について壁であるという結論を出した冨岡だが、ノノノカを前にすると威圧感が机を貫いてくる。

 彼女の腰に携えられた細い剣が今にも襲いかかってそうだ。


「それで、何用じゃ?」


 ノノノカは偉そうに顎を向けて問いかける。

 おそらくこの態度が末端の人間にまで伝染しているのだろう。長身の鎧が横柄だったのも納得だ。

 冨岡はまだ戸惑いから逃れられず、首を傾げる。


「えっと、本当にベルソード家のご当主様ですか?」

「何だ、破滅願望でもあるのか? 言ったはずだ、子ども扱いをするな、と。ワシはこう見えてもお前の親より年齢を重ねておる。年齢だけではない、知識も経験もだ。お前が呑気な瞬きをしている間に、お前の皮を剥いで額に飾ることなど容易い。試してみるか?」


 横柄なだけではなく、物騒な物言いをする幼女だ。

 間違いなく威圧感は本物なのだが、どうしてもその見た目に引っ張られてしまう。どこからどう見ても、幼い女の子だ。ノノノカの言葉が間違っているとしか思えない。

 しかし、これ以上疑問を呈しようものなら、本当に剣を抜きそうでもある。

 冨岡は戸惑いを飲み込み、頭を下げた。


「す、すみません」

「それで良い。子どもは素直なのが一番じゃ」


 冨岡の謝罪を受け入れたノノノカは、これまでの険しい表情が嘘だったかのように笑みを浮かべる。

 こんなことを言うとまた怒り始めるだろうが、見た目年齢に相応しい表情だ。

 

「さて改めて聞くとするかの。公爵家の紹介状を持ってきたようだが、何用じゃ? いや、まずは名を名乗れ」


 ノノノカにそう言われた冨岡は、機嫌を損ねないよう指示に従う。


「冨岡と申します」

「そうか、トミオカ。それでトミオカは公爵家の使いではなかろう。公爵家がわざわざ冒険者を雇うようなことはせん。えっと何じゃったかな」


 冨岡の名前を聞いたノノノカは、服のポケットから丸められた羊皮紙を取り出し、面倒そうな顔で読み始めた。

 さっと読み終えると、彼女はそれを机の上に投げ捨ててから小さく頷く。


「ふむ、トミオカ・・・・・・移動販売『ピース』という屋台を二つ経営しておるのか。元々『白の創世』が所有していた教会を改装し、新たな施設にしようとしている。公爵家はお前の支援者というわけか。突然この街に現れた国籍不明の異邦人・・・・・・ほう、ベルソードの情報網を持っても調べきれぬ過去を持っておるか。まるで違う世界から湧いてきたかのようじゃの」


 一気に自分の情報を言葉にされ、冨岡は硬直してしまう。

 自分から明かしてもないことが、当たり前のように知られている。それはベルソード家の力を見せつけるようだった。

 冨岡が何も答えられずにいると、ノノノカは鼻で笑ってから話を続けた。


「そう怯えんでも良い。冒険者たちをまとめ上げるためには、情報収集は不可欠でな。調べるべきことを調べておるだけじゃ。その気になれば、道端の足跡が誰のものかすらわかる。それだけじゃよ」

「充分怖いですけど・・・・・・」

「その上で改めて聞こう。国籍不明の異邦人トミオカよ。屋台二つしか持たぬお前がベルソードに何用じゃ」

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