第434話 ドラゴン程度

 ノノノカに問いかけられた冨岡は、喉の奥で言葉を組み立てる。

 どこから説明すればいいだろうか。自分にはベルソードの血が流れているかもしれない、と言い始めれば真っ向から警戒心をぶつけられるだろう。

 そもそも自分自身もベルソード家の血筋であると確証があるわけではない。

 冨岡とベルソードを繋ぐもの。それはシャーナだ。

 少なくともシャーナが冨岡の母親であることは間違いない。

 まずはシャーナの話からするべきだろう。


「あの」


 冨岡がそう話し始めると、部屋の外で爆発音のようなものが響いた。

 花火が開いた後、バラバラと石か何かが崩れる感じの音である。


「え?」


 言葉を遮られた冨岡が扉に視線をやると、ノノノカは盛大な舌打ちをする。


「チッ、行儀の悪い獣が入ってきたようだな。ウチの駄犬共は何をしておる。自分の家も守れんような駄犬にはキツい灸が必要じゃな」


 ノノノカはそう言いながら組んでいた足を解き、ソファの前に立ち上がる。座っている状態と背丈は変わらない。

 何が起きたのかわからず、冨岡が視線を右往左往していると勢いよく扉が開く。入ってきたのは先ほどと同じ長身の鎧だった。


「ノノノカ様!」


 鎧がノノノカの名前を呼ぶと、彼女は不機嫌そうながらも短く言葉を返す。


「状況は? 無駄を省き正しく伝えよ」

「は、はい! 正門が半壊。只今、警備兵五人が相手をしております」

「正しく伝えよ、と言ったはずだ。相手の名前は? まぁ、聞かなくても想像はつく。ガルーダ・ヴォノルドか」

「はい!」


 ノノノカはその名前を確認すると、面倒そうに腰の剣に手を伸ばした。


「現場に戻り、警備兵に伝えよ。各自、怪我をせぬよう距離を取りながら上手くこの部屋へと誘導するのじゃ。施設などいくら壊れても良い。最優先はそれぞれの身の安全と、この部屋への誘導。良いな?」

「かしこまりました!」


 命令を受けた鎧は、即座に反転して立ち去る。

 今の会話から冨岡が得た情報は『何者かがベルソード家を襲いにきた』ということ。話のテンポが早すぎて『その何者かがこの部屋に来る』と理解したのは、鎧が立ち去った後だった。


「え、え? この部屋に誘導って、ここで戦うんですか?」


 冨岡が疑問を言葉にすると、ノノノカは不敵な笑みを浮かべる。


「そうじゃ。お前が相手をするか?」

「な、何を言って」

「冗談じゃ。ガルーダの目的はワシじゃろうからな」

「目的? ここは冒険者ギルドを束ねる家ですよね。そんな場所でその当主を襲うなんて一体・・・・・・」


 言ってしまえば冒険者ギルドは、国の武力の半分を担っている。国が持つ軍と双璧を成す存在だ。そんな冒険者ギルドのトップにいるノノノカを襲いにくる、など正気の沙汰ではない。

 どんな相手か、と思案する冨岡にノノノカが語りかける。


「人間は知らぬことを恐れる。知らぬことは恐怖を増大させ、心を占領するものじゃ。心配せんでも、ガルーダはただの冒険者じゃよ。だが、この国でも三本の指に入る実力者ではある」

「冒険者がベルソード家を襲いに?」

「簡単な話だ。ワシがガルーダを追放する命令を出した。それを不満に思ったヤツはワシを襲いに来た。簡単で単純で短絡的な話じゃな」


 そんな話をしている内に、外の音は近づいてくる。金属音や破壊音が連続し、その衝撃は扉越しでも伝わってきた。

 

「トミオカ、怪我をしたくなければ部屋の隅で小さくなっておれ」

「で、でも相手は相当強い冒険者なんですよね。ノノノカさん一人で戦うんですか?」

「商人のお前に何ができる? 確かにガルーダは強い。そうじゃな、単身でドラゴンを相手にすることは可能じゃろう」

「ド、ドラゴンに匹敵する人間? 化け物じゃないですか!」


 魔物に詳しくない冨岡でも、ドラゴンくらい知っている。最強種の代表格だ。普通の人間が勝てる相手ではない。

 そんなドラゴンに匹敵し得るガルーダと幼女にしか見えないノノノカが戦う。その画を想像し、冨岡は背筋が寒くなった。

 しかし、ノノノカは嬉しそうに口角を上げる。


「だから問題ないんじゃ。ワシは『ドラゴン程度では相手にならん』よ」

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