第425話 人生最大の決断
冨岡が『向こうの世界』で一時間過ごせば『こちらの世界』でも一時間が経過する。逆でもまた同じ。
それによって冨岡は、二つの世界は並行して時間が経過していると思っていた。
だが、世界の行き来が可能なのは冨岡だけである。これまでのデータは一切ない。
そしてシャーナと冨岡の転移タイミングがズレているということは、冨岡の転移にも時間のズレが生じる可能性がある。
突如として、アメリアやフィーネたちに会えなくなることが考えられるのだ。
そう考えた途端、冨岡は怖くて仕方なくなった。これまでの全てを失うかもしれない。
冨岡の言葉を聞いた美作は、冷静に頷く。
「そうか、アンタは向こうの世界で大切な関係を築いたんだな。異世界転移ってのは元々、全てを失い、新しいものを得る・・・・・・そういうもんだ。何もかも好転するわけじゃない。だが、これまで失わずに行えていたことにリスクが生まれれば、怖いものだろう。けれど現実として、どちらかの世界を選ぶなんて今のアンタにはできない。違うか?」
「・・・・・・はい。向こうの世界も大切ですし、生活の基盤は向こうにあります。けど、俺は日本の食材や技術に頼っている。今すぐに向こうの世界だけを選ぶのは・・・・・・」
美作の問いに答える冨岡。
それに対して美作は、虚を突かれたような表情を浮かべる。
「は・・・・・・ははっ、何だ、アンタの中で決まっているじゃないか」
「え? 俺の中で決まってるって?」
「アンタの言葉は、いずれ向こうの世界で生きていく前提じゃないか。こっちの世界にある未練は、技術や食糧だけ。そんな物質的なつながりだけが心残りって感じだったよ」
確かにそうだ、と冨岡は自覚する。
現状、向こうの世界で生きていくために、日本の物質に頼っている。だが、それさえクリアできれば、問題はない。自分はそんな話し方をしていたのだ。
そしてそれに気づいた時、冨岡は自身の中にあるもう一つの大切なものにも気づいた。
「そうか俺は・・・・・・」
「随分とスッキリした顔をしてるな、アンタ」
「ありがとうございます、美作さん。今夜、美作さんと話せたことで、モヤモヤしてたものが晴れたような気がします。俺にとって一番大切なものは何か。どうすれば後悔しないか」
「ただ思い出話をしただけだよ。決めたのはアンタだろ」
美作は言いながら鏡の前を離れる。自分の車がある方へと歩き出した。
冨岡がその背中を目で追いかけていると、突然美作が振り返り、短い言葉で問いかける。
「それで、何を決めたんだ?」
「俺にとって最優先すべきことです。俺は・・・・・・」
人生最大の決断。冨岡にとってその言葉は、大きな転機となる。
それを聞いた美作は嬉しそうに微笑んだ。
「源次郎さんが生きてたら、笑いながら背中を叩いただろうよ。俺にできることは協力してやるよ。特別料金でな」
「安くしてくれるんです?」
「割高に決まってんだろ。大変なことなんだから」
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