第426話 自分の中に流れる血液
美作との思いがけない夜は、実際の時間経過よりも早く感じた。
怒涛の新事実や過去、そして決断。
冨岡にとってこれまで気軽だった異世界転移の一回一回が、重いものに変わってしまった。
毎回同じ時間に転移できるか、一種の賭けのようなものである。もしかすると『浦島太郎』になってしまうかもしれない。
そんなことを考えながら、冨岡は美作との話を終えて異世界に戻った。
鏡を通り、周囲の状況が変わっていないことに安堵し、アメリアたちが待つ学園予定地に向かう。
一人、夜道を歩きながら冨岡は美作との話を思い返した。
「俺の母親が、元々こっちの世界の住人だったとはなぁ」
ここまで冨岡はシャーナのことを『俺の母親』としか呼んでいない。名前どころか『母さん』や『ママ』なんて呼び方もしていなかった。
会ったことがないのだから当然、現実味や実感が湧かない。
それが事実であっても、冨岡にとっての真実とは違うのだ。けれど、別にシャーナは彼女の意思で冨岡から離れたわけではない。何か蟠りがあるわけでもなく、どこか気恥ずかしい気持ちになるのだった。
「そういえば、じいちゃんはこっちでなんて名前だったんだろう。美作さんと俺の母親が転移する前の時間がズレているのなら、じいちゃんも何十年前じゃないかもしれないしな。美作さんに聞いておけばよかった」
美作との会話で得た情報を整理するのに必死で、新しく何かを問いかけることができなかった冨岡。
つくづく会話とは、後になってこうしておけばよかった、と反省することの連続である。
それでも得たものは多く、大きい。
「でもまぁ、これから先は最小の動きで最大の利益を得なきゃならないな」
異世界転移に『時間のズレ』というリスクがあるのなら、これまでの如く気軽に多用するわけにはいかない。
少しでも異世界転移の回数を減らすべきだ。
差し当たって、美作には一週間以上分の食材や必要雑貨の買い付けを依頼しておいた。冷凍すればそれなりに保つだろう。そうすることで明日の仕入れは大変になるが、そこから先一週間は転移をしなくても済む。
ようやく学園と呼ぶべきか教会と呼ぶべきか悩む『我が家』が見えてきた頃、冨岡は自分がしなければならないかもしれないことを頭に浮かべた。
「シャーナ・ベルソード・・・・・・俺の母親がこの世界から消えて、まだ五年なんだよな。もしかすると、彼女の家族や痕跡は残っているかもしれない。シャーナ・ベルソードの家族は俺の親戚に当たるのか。なんか変な感じだけど、探せば見つかるのかな・・・・・・」
これまで冨岡にとっての家族は源次郎ただ一人だった。
けれど、もしかすると血のつながりが見つかるかもしれない。この機会を逃すと二度と会えないことも考えられる。
行動はするべき時にしなければ、その先後悔を抱え続ける。それは冨岡が少しずつ学んできたことだった。
居場所を守るために戦い続けたアメリアや、少しの行動で娘との絆を取り戻したキュルケース公爵。そんな人々を見てきた冨岡が、何もしないでいられるはずがなかった。
自分の中に流れる血液と向き合いながら、冨岡は長い長い夜を終える。
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