第395話 過去、不精算

 真っ当に生きていこうと決心したドロフ。自分が真っ直ぐになったことで、これまでどれほど歪んでいたのか、心底理解したらしい。

 過去の行いを全て精算することなど、できないのかもしれない。他人を傷つけた後に謝ったと

して、傷つけた事実は消えない。

 罪を償っても、罪を犯した事実はついてまわる。

 過去は変えられない。過去の行いは消せない。それでも、未来と今は変えることができる。

 ドロフがそこまで考えていたのかはわからないが、本能的に今必要なものが誠意であると理解したのだ。

 小さな体で自然のままに凛と咲く薄紅色のように、まっすぐ嘘のない生き方をしなければならない。心に残っている蟠りを抱えたままでは駄目だ、と思っての行動である。


「随分と顔に似合わない可愛いことをしますね、ドロフ」


 見ていたレボルが笑う。

 冨岡も釣られて笑いそうだったが、それよりもアメリアの反応が気になった。

 だが、冨岡の不安もよそにアメリアは口元を押さえて微笑んでいる。


「あれ、アメリアさん、意外と・・・・・・?」


 ドロフに対しての苦手意識がこんなすぐに消えるとは思えない。

 不思議そうに首を傾げる冨岡に、レボルが語りかけた。


「意外ですか?」

「え、だって、ドロフに対して不安そうな顔を・・・・・・」

「トミオカさん、基本的に柔軟な考えを持っているし、洞察力もあるはずなんですがアメリアさんのことになると鈍感になりますね」


 レボルにそう言われた冨岡は、唇を尖らせる。


「そうですか? じゃあ、アメリアさんがしていた不安そうな顔は一体」

「ははっ、アメリアさんの中心は常に子どもたちですよ。ドロフに対して警戒していたのは、自分のためではありません。これまでの行いから考え、子どもたちの側にいて安全かどうか・・・・・・そう考えていたのでしょう。アメリアさんが借金をしてまで教会を守っていたのは、フィーネちゃんのためだったんですよね。つまり、ドロフがフィーネちゃんに誠心誠意謝罪し、自分が考えられる最大の愛情表現をしたことで、その不安は消えた。そういうことですよ」


 あくまでレボルの推測だ。けれど、そう考えれば全て納得がいく。

 ドロフに対しての居心地の悪い不安は、フィーネの笑顔で一気に消えた。劇的な何かがあったわけではない。ただ、フィーネがいつも通り笑顔だっただけだ。その笑顔を守ることのできるようになりたいと、ドロフが心から思うようになっただけだ。

 ただそれだけの話である。

 フィーネに『どこか痛いのか』と問いかけられたドロフは、首を横に振った。


「いや、どこも痛くないんだ。俺がしてきたことが、許せなくなってしまったんだよ」

「じゃあ、フィーネが許してあげる。ドロフおじちゃんはいい人だよ」

「フィーネちゃん・・・・・・」


 ドロフはこれまで生きてきて、こんなに優しい言葉をかけられたことなどない。花のような優しさに、心を打たれていた。

 このままでは泣き出しかねない、と思った冨岡は屋台の中から声をかける。


「おーい、ドロフ。帰ってきたならカウンターの掃除をしてくれ!」

「へい、兄貴!」

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