第394話 小さな花

 真っ直ぐに屋台の中に入るかと思えば、昼時が過ぎ客が少なくなったカウンターの前で足を止める。


「ドロフ・・・・・・どうしたんだろ」


 冨岡が心配そうに呟く。調理組も一旦仕事が少なくなり、調理道具の洗浄を行っている途中。レボルだけがその呟きを聞いていた。


「何か深刻そうな顔をしていますね。どうしたんでしょう。迷子になって届けられなかったとか、途中でハンバーガーを食べてしまったとか」


 茶化すようにレボルが言う。

 冨岡はフライパンの洗剤を水で流しながら苦笑した。


「流石にそんなことはないでしょう。何か言いたげな顔って感じですよ」

「カウンターから少し離れた外・・・・・・ちょうどフィーネちゃんやリオくんがいる場所でしょうか」


 レボルの言葉通り、行列を捌いていたフィーネたちが休憩している場所で立ち止まっている。

 その様子を見ていたのは冨岡とレボルだけではない。アメリアの不安そうな横顔も視界に入った。

 子どもたちを心から思っているからこその不安。ドロフの印象がそんな顔をさせているのだろう。

 ドロフはその場で膝をついて、子どもたちに目線を合わせた。


「あ、あの!」


 裏返りそうな声は、何かを決心した緊張を感じさせる。少なくとも何か『行動』に出ることは間違いない。

 しかし、ドロフの異変など気にせず、いつも通り明るいフィーネの声が聞こえた。


「ドロフのおじちゃん! なぁに? フィーネに用事?」

「あ、ああ、ちょっといいかな?」


 妙な緊張感が走る。アメリアはカウンターの中から、いつでも動けるように体に力を入れていた。

 同じようにレボルは持っていた野菜を置いて、視線をドロフに固定させる。

 冨岡はその空気を感じ取り、レボルに微笑みかけた。


「大丈夫ですよ、レボルさん。ほら、ドロフの右手」


 そう言われたレボルは納得したように、表情を緩めた。

 ドロフの右手に握られていたもの。それは一輪の花。薄紅色の小さな花である。

 彼は慣れない様子でフィーネに花を差し出した。


「俺、こういうの慣れていないから、要らなかったら捨ててくれていい。配達からの帰り道、この花を見つけてフィーネちゃんみたいだな、と思ったんだ。小さくて可愛くて・・・・・・よかったら貰ってくれないかな」

「わぁ、かわいいお花! 貰っていいの?」

「あ、ああ、こんなものしかあげられなくてごめんね、だけど」

「フィーネ嬉しいよ! すごく嬉しい。ありがと、ドロフおじちゃん!」


 フィーネの表情は一切の曇りがなく、言葉が本心からであることが充分に伝わってくる。

 受け取ってもらったドロフは照れくさそうに俯いた。


「本当にいい子だな、フィーネちゃんは。俺・・・・・・ごめんな。俺が壊しかけたものは、こんなにも小さくて尊いものなんだって、この花を見てようやく気付いた。俺、どうしようもない馬鹿だ」

「どうしたの、ドロフおじちゃん。どこか痛いの? 苦しいの?」

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