第390話 俺が

 冨岡はしたり顔で鞭の後の飴を口にする。


「俺が雇うよ。少なくとも人間扱いすると約束する。まぁ、ジルホークよりはね」

「は?」


 戸惑うドロフに、言葉を失うメレブ。メレブに関してはそもそも言葉を失っていたかもしれない。

 更にこのタイミングで鞭。


「あ、ちなみに断るなら牢獄行きで。別に俺はどっちでもいいよ。ただ、今は人手が欲しいんだ。腕っぷしと意思が強ければ言う事なしって感じで。悪い話じゃないとは思うけどどうする?」

「いや、は? だって俺はお前を殺そうと」

「殺されるのはごめんだけど、弟がいるんだろ? ちなみに賃金はこれくらいで、三食付! さぁ、決めろ。兄が牢獄に入れられ、残された弟がどうなるか、想像はできると思うけど」


 これが昨夜の結末である。


「って感じで、平和的にドロフたちはうちの従業員になりました」


 冨岡が説明すると、アメリアは苦笑いを浮かべた。


「どこが平和的なんです? それに、そんな契約で大丈夫なんでしょうか。余計に恨みを抱いて・・・・・・とか」


 アメリアの心配は尤もだ。しかし、その可能性は排除してある。

 冨岡は首を横に振った。


「それはないですね。なぁ、ドロフ」

「ええ、兄貴! 昨夜、兄貴に契約を持ちかけられた俺たちは、そのまま雇われるしかなかったんですよ。その時は隙を見て裏切ろうと思っていたくらいでさぁ。けれど兄貴は、俺たちにこの世のものとは思えないほど美味い飯をくれたんだ。弟に持ち帰る食料や栄養補給の薬まで。朝、目覚めてびっくりしました。あんなに元気な弟は見たことがない。ここで働いていれば、飢えることもないし安定した賃金ももらえるんです。それもジルホークの元で働いていた頃とは、比べられないほどの賃金を。しかも弟にも仕事をもらえるってことで! こんな状況を捨てるわけないじゃないですか」


 嬉しそうに話すドロフ。

 そこに冨岡は質問を追加した。


「まだ俺を襲うつもりある?」

「あるわけないじゃないですか! 兄貴がいなくなれば、食料や薬は手に入らなくなる。これはどんな金を積まれても手に入らないものでさぁ。つまり俺は、兄貴を守り続けなければならない。俺は、弟を守るためにも兄貴を守るんです。メレブもそうさ。メレブにも働けない病弱な母親がいる。兄貴がくれた『エイヨウザイ』ってやつで元気になりつつあるんです。俺たち二人は命懸けで兄貴のために働かせてもらいますよ。雑用だろうと護衛だろうとお任せください! トミオカ兄貴! アメリア姐さん! そんでレボルの旦那!」


 ドロフ、メレブの二人は厳つい風貌に似合わない、爽やかな瞳で強く頷く。

 アメリアは自分の呼ばれ方が気になったらしく「年上の方に姐さんと呼ばれるのは」と呟いていた。

 レボルも『旦那』という呼ばれ方は落ち着かないようで、苦笑する。

 兎にも角にも、冨岡は自分のために心血注いで働く腕っぷしに自信のある二人の従業員を手に入れたのだった。


「じゃあ、今日も移動販売『ピース』を開始しますか。ドロフとメレブはとりあえず、屋台の護衛と皿洗いでも覚えてもらおうかな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る