第370話 魔王とリュクセル

 美人すぎる魔法研究者という言葉に、懐かしさを感じる冨岡。それと同時に、流行は繰り返すものだし異世界にもそういった感性があってもおかしくはないな、と笑ってしまう。

 だが、冨岡が想定している人物はデリーザという研究者ではない。


「ちょっと気になる人ではありますけど、その人ではないですね。確か『魔王』とかって呼ばれていたとか」


 少しとぼけたふりをして、踏み込んでみる。

 するとノルマンは持っていたカップを机の上に置いて、眉間を掻いた。


「お前さん、臆さずにその名前を語るということは異邦人じゃな? この国の人間であれば、初対面の相手にその話はせん」


 そう言われた冨岡は、申し訳なさそうに聞き返す。


「そういうものですか?」


 冨岡が踏み込んでしまったことは、不用意と言わざるを得ない。もしも、ノルマンが魔王と敵対する立場にあった人間ならば、いい気はしないだろう。それどころか、魔王のことを調べていると吹聴され、冨岡の身が危うくなる可能性もある。

 魔王はこの国において大罪人とされているのだ。

 しかし、冨岡にとって幸運だったのは、その相手がノルマンだったこと。

 老爺は一呼吸置いてから、口を開く。


「確かにリュクセルには『魔王』と呼ばれ、恐れられた男がおった。凡人を置き去りにする知能と発想力、膨大な魔力を兼ね備えた男じゃったな。その名前を出してくるということは、ある程度知っておろう? その男が何をしたのか」

「本当に俺が知っているのは、ある程度でしかないです」

「こんな話を聞いても、面白くはないぞ?」


 ノルマンがふざけるように言う。

 忠告されても冨岡はこの好機を逃すわけにはいかなかった。リオの父親について迫ることができるかもしれない。

 

「無理にとは言いませんが、俺は聞きたいんです」

「ほっほっほ、これも何かの縁じゃ。爺の昔話を聞かせてやろう」


 十年ほど前、ノルマンは魔導機関リュクセルの幹部として在籍していたという。

 これは冨岡もすでに知っている話だが、元々リュクセルは『国民全員の生活水準向上のために魔法研究をしている』とされていた。

 しかし、真実は違う。出資したとある貴族様が、自らの利益のためだけに魔法を研究させていたのである。

 ノルマンはそれについて疑惑を抱きつつも、研究職に没頭していた、と言う。研究さえできれば、真実はどうでもいいと考えていた。

 

「研究者として、最高の環境を小さな疑惑では捨てられない。これはワシの弱さじゃな」


 悲しげに語るノルマン。

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