第367話 ノルマンの家

 そう言って笑うブルーノの表情は、春の陽だまりのように暖かく穏やかで、優しい父親のそれだった。

 安心と地図を得た冨岡はそのままノルマンの元に戻る。

 どうやらこの老爺は黙って待っていることができないらしく、近くにあった木に登ろうと腕を伸ばしていた。


「ちょ、ちょっとノルマンさん、何してるんですか」

「ほっほっほ、木の上から見れば家がわかるかと思ってな」


 冨岡の言葉に対し、それが当然であるかのように答えるノルマン。

 木とは言っても、教会の敷地内に植えられている木だ。街を見渡せるほどの高さはない。どこまで本気なのだろうか。


「見えるわけないでしょうが。というか危ないのでやめてください。地図をもらってきましたから、案内しますよ」

「そうかそうか、感謝するぞ若いの。さぁ、行こうか」


 ノルマンは木に背中を向けて、そのまま歩き出す。

 冨岡が地図を見て想定している逆方向に。


「どこいくんですか、ノルマンさん。こっちですよ。裏口から出るんです」

「なんじゃ、早く言ってくれ」

「道がわからないから迷子になったんじゃないですか。ほら、行きますよ」

「ほっほっほ」


 そのままノルマンの言っていた旧街道三丁目西筋に向かう二人。だが、その途中、ノルマンはあらゆる場所で、様々な理由で寄り道をしようとした。


「こっちだった気がするのう」

「美味い飯の匂いがする」

「こっちにな、いい風が吹く丘がある」

「あの雲に見覚えがあるぞ」

「行きつけの酒場があるんじゃ、寄っていこう」


 その度冨岡はノルマンの名前を呼んで先導した。老爺は寄り道を断られるとなぜか寂しそうな表情を浮かべる。

 目的地は家であるはずだ。家に帰り着くというのに、そのような表情を浮かべていることに冨岡は違和感を覚える。

 それでもなんとか旧街道三丁目の西筋に辿り着いたところで、ノルマンが民家を指差した。


「ここじゃここじゃ、ワシの家だ」


 周囲の景色に溶け込む特徴のない家。どこも破損はしていないのだが、清掃がされていないのか、誰も住んでいないと言われれば納得するほどの外観だった。


「ここが・・・・・・じゃあ、俺はこれで失礼しますね」


 冨岡が足を止める。するとノルマンは冨岡の腕を掴んで、家の方に引っ張った。


「何を言っておるか。茶くらい出す、寄っていってくれ。案内してもらったんじゃからな」

「どうか気になさらず。俺がやりたくてしたことですから」


 ノルマンの誘いを断ろうとした冨岡だったが、言葉の途中で彼の家が気になってしまう。

 ノルマンは婆さんのスープが、という話をしていた。しかし、家の中から人の気配は感じない。掃除が行き届いていない家、寂しそうな老爺、感じない人の気配、徘徊癖とも取れるノルマンの行動。

 そこで冨岡は一つの可能性を頭に浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る