第366話 またお人好し

「あ、ブルーノさん。ちょっといいですか?」


 作業全体を確認しながら、図面らしき羊皮紙と見比べているブルーノに冨岡が声をかける。

 するとブルーノは、図面を畳んで脇に挟み、冨岡に歩み寄った。


「トミオカさん。どうしたんですか? もしかしてアレックスに何か・・・・・・」


 アレックスはブルーノの息子である。そんなアレックスのおかげでブルーノは冨岡との絆を得たと言っていい。

 過去、様々な悲しみを背負って荒れていたブルーノはそんなアレックスを蔑ろにしていたのだが、これほどまでに気に掛けるようになったのは大きな変化だろう。

 冨岡は両手と一緒に首を振る。


「いえ、アレックスはアメリアさんたちと一緒に屋台にいると思います。そうじゃなくて聞きたいことがあって」

「聞きたいこと? 工事のことなら、親方に聞いてもらうのが一番だと」

「工事のことでもないんです。というか、責任者を任されるようになったんですね」


 ブルーノがミルコの工房に入ってからまだ日は浅い。職人が半人前になるのに五年、一人前になるのに十年。一流になるためには一生かかると言われている世界で、すぐに責任者を任されているブルーノはやはり職人として優秀なのだろう。

 元々、林業工房を持っていたとはいえ、個人の能力が高いのは間違いない。

 ブルーノは照れくさそうに鼻の頭を掻く。


「親方がそう育ててくれてるんです。俺はもう若くない。これからのことを考えれば、大切なのは人を使って仕事をすることだって。ありがたい話ですよ。あ、もちろん全てトミオカさんのおかげですけど」

「ははっ、俺じゃなくてアレックスですよ」


 冨岡も照れ臭くなり、そう答えてからすぐに話を変える。


「って話はそれじゃなくて、道を聞きたかったんですよ」

「道? どこのですか?」

「旧街道三丁目の西筋ってわかりますか? ちょっと人を送り届けたくて」

「ああ、わかりますよ。書くものがあれば簡単な地図かけるんですけど」


 ブルーノの言葉を聞いた冨岡は、慌ててポケットからボールペンとメモ帳を取り出した。それに書くよう言って、ブルーノの作業を待つ。


「これは便利なものですね。これがあればもっと図面も描きやすくなる。というかトミオカさん、またお人よししてるんですか? 人を送り届けるって」

「まぁ、そんなとこです」

「トミオカさんらしいし、俺もそれに救われましたけどね。トミオカさんももっと人を頼ってくださいよ」

「こうして頼ってるじゃないですか」

「足りないって話です。極論、トミオカさんのためなら命を捨てろと言われてもいいくらいです。俺も多分、親方も。まぁ、アレックスを残して死ねないって気持ちは強いですけどね」

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