第356話 普通の男

 これはヴォロンタの名前を外で出さないように、という軽い忠告でもあった。貴族社会に疎い冨岡が外で意図せず漏らす可能性もある。そのための言葉だ。

 それを理解した上で、冨岡はヴェルヴェルディに右手を差し出す。


「初めまして、ヴェルヴェルディさん。冨岡と申します。キュルケース公爵様には身に余る扱いをして頂いておりまして、今回ヴェルヴェルディさんとの時間を用意してもらえたのも、そういうわけなんです。いきなりですみません」


 冨岡の言葉を聞いたヴェルヴェルディは右手にしていた白い手袋を外し、そのまま差し出した。

 握手を交わしながら、彼は微笑む。


「ヴェルヴェルディと申します。気軽にヴェルとお呼びください」


 どこか色気のある低い声。男の冨岡からしても魅力的な声だった。

 さらにヴェルヴェルディは続ける。


「お会いできて光栄ですよ。ローズお嬢様の口からよく聞く『トミー』様にお会いできたのですから。なるほど、これは・・・・・・精悍・・・・・・利発・・・・・・強靭・・・・・・あの、思っていたよりも、その普通ですね」

 

 様々な褒め言葉を選択肢として挙げ、頭の中で否定し、最終的に出てきた言葉が普通。

 冨岡自身わかっていたことだが、真っ向から言われると苦笑しか出てこない。


「は、ははっ・・・・・・」


 乾いた笑いを浮かべる冨岡をフォローするように、腕を組んだローズが口を挟む。


「何を言っているの、ヴェル先生。トミーはほら、こんなにもセイカンでリハツでキョウジンじゃない!」


 絶対に意味を理解していないだろうな、と一瞬で分かった。

 けれどそんな彼女の優しさが痛くて、冨岡の笑いはさらに湿度を失う。

 ヴェルヴェルディはそれが可笑しかったのか、クスクスと笑うと言葉を続けた。


「これは失礼。褒め言葉のつもりだったんですよ。能あるドラゴンは爪も息も潜める、と言いますからね。見た目で主張するわけではなく、その功績のみで語られるトミオカ様の凄さを実感していたところです。それにしてもローズお嬢様は、大人の階段を少しずつ昇られているということですね。大変喜ばしい。トミオカ様もどうかお気を悪くなされませんように。悪意はありませんので。いやはや握った手から、その行動力と決意が感じてくるようです」

「凡人なのは知ってますから、大丈夫ですよ。凡人の俺がどこまで大きなことを成し遂げられるのか。それは、人との出会いや絆にかかっています。今日は、その絆を一つ増やせれば、と思いこうしてヴェルさんをご紹介いただいたんですよ」

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