第355話 お菓子を食べればいいじゃない

 冨岡の何とも言えない表情を見たローズは腕を組んで、頬を膨らませた。


「レディが何度も聞き直すってことは、求めている答えと違うって気付けないものかしら?」


 この子は難しいことを言う、と冨岡は関心すらした。この年齢でこれだけの話をできるのは頭の良さでしかないのだろう。

 そこで冨岡はとある質問を思いついた。

 若干のいたずら心に動かされ、そのまま会話を続ける。


「あの、ローズ。そういえばローズに聞いてみたいことがあるんでした」

「あら、やっぱり私に話があるんじゃない。仕方ないわね、特別に答えてあげるわ」


 冨岡の興味が自分に向いたことで、やけにご機嫌なローズ。

 この質問は、わがままなお姫様と話せる機会を得た時、多くの人が抱くものだろう。


「お腹が空いた時、パンがなければどうしますか?」


 冨岡が元いた世界の人間ならば、何を問いかけているのかすぐにわかる。しかし、異世界においてこのネタがわかる者などいない。何も知らないわがままなお姫様にこの質問をすれば、どのような答えが返ってくるのか、興味のままに冨岡は問いかけた。

 するとローズは、何でそんな質問するのだろう、と言わんばかりの顔で首を傾げる。


「それって私はパンが食べたいのよね?」

「え、ええ、そうじゃないでしょうか」

「なら、パンを食べるわ」


 さも当たり前のことのように言い切るローズ。

 しかし、前提条件を提示したはずだ。


「パンがなければ、って話ですよ、ローズ」

「何言ってるのよ、トミー。私が食べたいのはパンなんでしょう? なら他のものを食べてお腹を膨らませても意味ないわ。パンがなければパンを買えばいいし、売り切れているのなら作ればいいのよ」


 そりゃそうだ、と冨岡は反省する。

 あの言葉を引き出すには、あの状況が必要だ。けれど全てを説明するのは大変すぎるので、ここで話題を切り上げる。


「そうですよね、ありがとうございます、参考になりました」


 冨岡がそう言うと、ローズは満足げに微笑んだ。


「ならよかったわ」


 すると、そんな二人の会話を聞いていた家庭教師が、低く優しい声でクスクスと笑う。

 冨岡が彼に視線送ると、口元を手で押さえて軽く頭を下げた。


「おや、これは失礼いたしました。ローズお嬢様が随分を懐かれているようでしたので、珍しいと思いまして。私、ヴェルヴェルディと申します。以後お見知り置きを」


 丁寧な挨拶に妙な緊張を覚えながら、冨岡も頭を下げる。


「冨岡と申します。えっと・・・・・・」


 何を話そうか、と思いながら冨岡は背後に立っているダルクに目を向けた。

 視線を受けたダルクは軽く頷いてから口を開く。


「彼がヴォロンタ家の末裔、ヴェルヴェルディ・ヴォロンタでございますよ。ただし、ヴォロンタの名を外で出すことはありませんが」

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